第312話 気がついてしまいましたか!


 今や戦場には黒狼の姿はなく、ほとんどが浄化されて気絶しているか、巨大熊に踏みつぶされていた。


 残るはコイツだけなのだ。


 小山のように大きく、立ち上がれば二階建ての屋根にも届きそうな大きさの巨大熊。その頭部は硬い鱗に覆われ、口からはくらい色の炎を吐き出す化け物。体の中に黒い霧を宿して、フォリアを滅ぼさんと向かってくる魔物。


 いま、目の前にそいつが現れ、結界に大きな炎の塊をぶつけて来た。


「わあっ!」


 近くにいた騎士達が炎を避けようと結界から外に出た。


 こうなると戦場全体を覆うフォリアの結界は無駄に大きいのではないだろうか。


「フォリア、結界を縮小できないか?」


『——無理だ。銀をり所に作られた結界だぞ。そもそも魔物の身体から逃げ出す黒い霧を逃さぬために張った物だ。それに——』


 フォリアは悔しそうに続けた。


『今の私ではこまやかな魔力操作ができそうにない』


「わかった。そのまま結界を支えていてくれ」


 俺はユリウスを探した。


「ユリウス!」


 彼もこちらへ駆けてくるところだった。ちょうどジークさんの前で顔を突き合わせる。


「ユリウス、手伝ってくれ」


「何を今更いまさら……なんでも言え」


 本当に今更だ。

 今頃になって、彼になんでも言える信頼感を持つなんて。なんでもっと早く気づかなかったんだろう。


「奴の鱗の無い部分は、前と同じように銀の武器が効くだろうか?」


「わからん。見た目は変わっていないから可能性は高い」


「前に黒狼を倒した時に使ったテグス——切れにくい糸がある。それで足止めしたいんだ」


 一度使った物だが、カリンの小屋に置いてある。ユリウスはうなずいた。


「よかろう、試してみよう」


 俺は丘を駆け上がって、カリンの小屋に入って、テグスをとって来た。小屋の外に出ると、そこにカリンが立っていた。


「あ……」


 俺を手伝うために追ってきたらしかった。たが、その顔はいつものカリンじゃないみたいだった。


 彼女は俺を追って丘を登り、そこに俺の部屋が無いことに気が付いたのだ。


「ヒロキ……これは、どういうことなのですか?」


 強張った表情。

 泣きそうな、でも強い覚悟のあるその顔に、俺は嘘をつきたくないと思った。



 つづく

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