第313話 たとえここにいられなくても!


「カリンは、さっきの俺とフォリアの話を聞いてなかったか?」


 カリンは首を横に振って否定した。

 聞いてなかったらしい。


「……ぼんやりと、ヒロキとフォリア様がお話ししているのは覚えています。でも、覚えているのはその光景だけです」


 そうか。以前もそうだったな。


「カリン、フォリアは魔力が残り少なくなって——」


 俺は手短に、魔力が切れるとフォリアが長い眠りについてしまうと説明した。


「俺の部屋はフォリアの魔力をたくさん貯めてて、それを使うことにしたんだ」


「待って下さい!それなら私の命を使えばいいはずです。私はすでに女神様にこの命を捧げた身です。なぜ、ヒロキの部屋を……」


 俺は話をらしたくて仕方なかった。それを言うのが怖かったからだ。俺の部屋が消えたその先の事を、カリンに話したくなかったのだ。


 でも、ごまかさない。

 話を逸らさない。


「俺は、君に生きてて欲しいんだ」





 金髪の少女は、俺の腕にすがり付いてきた。俺の胸に、頭を押し付けるようにして声を振り絞る。


「あの部屋が消えたと言う事は、ヒロキは……」


「……うん。ここにはいられない」


 カリンは俺の腕の中で泣いた。


「ごめんなさい……!私のせいで……」


「誰のせいでもないよ。本当だ。それに俺はカリンに感謝しかない」


 そういえば、自分でカリンにお礼を言うチャンスが巡ってきたわけだ。戦いが終わるまで、会えないかと思っていたから、これは偶然にせよいい機会だった。


「直接言えて良かった。カリン、ありがとうな。たくさん助けてもらった」


「私……私の方こそどれくらい助けられたのか……」


 ずっとこのままでいたかった。

 このまま、こうしてカリンを腕の中に包んでいたかった。きっとそんなふうに思えたこの瞬間は、一瞬だけど永遠なんだろう。


 俺はそっとカリンの腕をほどいた。


「行ってくるよ」


 カリンは涙でぐしょぐしょの顔で俺を見上げる。


「はい、ヒロキ」


 その空色の瞳を、俺はきっと一生忘れない。





「遅いぞ」


 丘を降りるとユリウスにそう言われた。なんとなく気付かれている気もするが、それについて突っ込んでくる様子は無い。


 俺はテグスを見せた。


素手すでで握ると危ないから、手甲を使ってくれ」


「お前はどうする?」


「こっち側を持つ」


 俺はリールの方を見せる。彼はうなずいて了承する。議論している時間も無いからありがたい。


「狙うのはどこだ?」


「後脚。うろこがないから」


「わかった」


 それだけの言葉を交わすと、俺達は結界の前に立つ。


「行くぞ!」


 俺達は同時に叫ぶと、巨大熊の待つ結界へ飛び込んだ。




 つづく

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