第263話 クロウ飛ぶ!


 丘をドーム状に包んでいる結界は、真上までは高さがある。大柄なダズンでも、さすがに届かない。


 村の方にも、残ったもう一羽が再び襲いかかる。


「……」


「ヒロキ?」


「弓を使う」


 俺はそう言って、普通の矢をつがえて弓を構えた。銀の矢ではない事にカリンは安心したらしかった。


「大丈夫。俺、弓は下手だから」


 羽にでも当たってくれればいい。そう願いながら弓を引き絞る。


 真っ直ぐ狙うだけ——。


 俺は右手を離した。


 矢は真っ直ぐに飛び——黒鷲のお腹にぶすりと刺さった。


「ちょ、ちょっとヒロキ!」


「わあ!そんなつもりじゃ……」


 期せずして大当たりしてしまった。黒鷲はさすがに体当たりを止め、その大きな翼をばたつかせた。退くつもりなのだろう、後ろへと飛びすさった。


 引き返してくれるなら——と、思った矢先、カシラの声が響いた。


『下がるんじゃねェ!結界に戻れ!』


 黒鷲の身体から濃い色の黒い霧が湧き上がり、その身体に巻き付いた。黒い霧にねじられるような体勢で黒鷲がよろよろと丘の結界に戻って来ようとした。


 矢に射られて、黒鷲の本体は反射的に逃げようとしたのだろう。それを無理矢理、黒い霧が押しとどめたに違いない。


「やめろよ!嫌がっているじゃないか!」


 俺の叫びに、カシラは下卑げびた笑いを浮かべた。


『嫌がろうが、死のうが、代わりはいくらでもいるんだ。構わないさ』


 何を言ってるんだ?

 死んでも構わないって?


『結界が無ければお前らにだって宿る事が出来るんだ。クヒャヒャヒャ!楽しみだな!』


「……動物も、人も、居なくなればお前だって存在しなくなるんだぞ!」


『知るものか!我の邪魔をする彼奴あいつが悪いのさ!少なくともこの地は我の物にするぞ。あの女に加担した事を悔やむがいい!』


 そう言って右手を動かした。その動きに操られるように、矢が刺さったままの黒鷲は再び結界の上に降りて来た。


 グワァアアア——!


 結界の雷撃に苦しむ黒鷲。


「やめて!やめて!」


 カリンが悲鳴を上げる。その声に反応したのか、仲間のそばにいたクロウが飛び立った。


「クロウ!無理だ!」


 鴉と巨大化した黒鷲とではウエイトに差がありすぎる。それでもクロウはカリンの思いを受けて、飛び立ったのだ。


 狭い丘の上、クロウは真っ直ぐに黒鷲へ向かっていく。


 ぶつかる!


 と、思った瞬間、クロウのクチバシにきらめくものがあった。それを確かめる前に、クロウと黒鷲がすれ違う——。


「なんだあれ?」


 すれ違った後、黒鷲の身体がぐらりとゆれ、結界の形に沿って落ちて来る。


「ダズン、鷲を抑えてくれ!カリンは水を!」


 俺は落下地点に駆け寄ると、黒鷲に飛び乗った。


 デカい!怖い!


 ダズンの助けで、なんとか押さえつける。カリンが水を注いで、例のごとく浄化する。


 そうやって黒い霧が抜けた大鷲を、とりあえず結界の中に転がしておく。


「それにしても……クロウは何をしたんだ?」


「わかりません。あっ、戻って来ましたよ!」


 陽が落ちて暗い為か、ヨロヨロと頼りなく飛んで来た。そのクチバシに何かくわえている。


 俺達の足元に降りると、クロウはそれをぺっと口から落とした。


 それは——作業台の上にあった銀の矢だった。




 つづく

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