第88話 商人が現れた!

 菓子パン2つを平らげた派手な服の男は、前に出た俺をジロリと眺めた。


「…被り物はいつもまとっているのかね?」


 はっ!

 そうだった。

 いや、被ってたって良いじゃないか。


「ええ、まぁ」


「異国の方か?」


「ええ、リール村で世話になってます」


 男は首をかしげると、「そんな村があったかな」という顔をする。


 知名度が低いのは小さな村なので仕方あるまい。


「この菓子は日持ちするかね?」


 俺は製造年月日と消費期限を思い出す。中にクリームが入っているので長持ちはしない。


「およそ3日ですね」


「むむむ!短いな」


「まぁ涼しければもう少しは持ちますけど」


「ほうほう!早馬な《はやうま》ら都市の近くまで届けられるな」


 男は目をつぶって天を仰いだ。アゴに手を当てて何やら考えている。


「うむ、うむ…うむむ、よし!」


 男はカッと目を見開くと、大声で叫んだ。


「この菓子、買った!!」




 場が静まる。


 しーん。



 その静けさを破ったのは俺である。


「いくつお買い上げですか?」


 男はズルッとコケた。


「全部だ全部!あるもの全て買い上げる!」


 えー!?


 と、思ったのは俺だけではなかった。


 菓子パンを楽しみにしていた町のお嬢さん達が一斉に抗議の声を上げたのだ。


「ええい、騒ぐでない!…店主殿、残りは幾つだ?」


 今日は前回より多い80個を用意した。残りはおよそ40個というところだ。


「40程です」


「それを頂きたい!」


「ちょ、ちょっと待ってください。他にも買いたい人がいるようなので、そうですね、10個ではどうですか?」


 男は信じられないとばかりに目を丸くする。


「たった10個では話にならん…のですぞ?そこをなんとか!」


 あれ?

 態度が変わってきた?


「ではでは、1つ小銅貨6枚で買い上げますぞ。いかがでございましょう?」


 ほほう。

 そうきたか。



 つづく

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