メタル・ゴリラ・リバイブ

AI with 清水麻太郎

第1話 メタル・ゴリラ復活

「ウホッウホホホホホホ!!」


 メタル・ゴリラは唐突に思う様ドラミングしたい衝動に逆らうことができず、叫びつつ飛び起きると自身の胸を力一杯連打した。


 がんがんがんがんがん!


 力強いビートとともに重く強靭な内圧を感じさせる金属音が響き渡る。メタル・ゴリラは思わず自分の胸を見た。そこにあるのは重厚でメタリックな輝きを持つメタルなゴリラの胸そのものであった。もちろん自身のメタル毛皮以外は一糸まとわぬ裸であったが、メタル・ゴリラはゴリラなので羞恥心をさほど感じなくてすんだ。ゴリラは特別な事情がない限りだいたい裸だ。


「ウホ! ウホホホホホホ!」


 メタル・ゴリラは警戒しながら周囲を見渡した。どうやらそこは無機質な倉庫か飛行機の格納庫のような広い閉鎖空間のようである。周囲からは強烈で持続的な人工灯の照射がメタル・ゴリラになされている。しかも空中から直接浴びせられているようだ。メタルゴリラが動くたびに微調整され常に顔にライトが当たる仕組みのようだ、いかなる新技術か、とにかく眩しかった。


「ウッホー……ウホホホホホホ!」


 メタル・ゴリラが自身のメタルボディが更なる輝きを増すことに耐えきれずにすばやいゴリラウォークで駆け出した! この照明の顔面集中照射を避け、一刻も早くゴリラケージの中の四隅で背を向けて寝るゴリラのように真の闇の中で横になりたかったのだ! メタル・ゴリラは神経質なのでまぶしいと寝れない。


 ばいん!!


「ウホッ!」


 しかしメタル・ゴリラはものの十メートルも走らない内に見えざる壁にぶつかり、揉んどり打ってゴリラローリング状態で跳ね返され転がってしまった。転がっている間も執拗に顔面だけにライトが位置を調整されて照射され続ける。地獄か。


「ウホ!? ウホホホ?」


 恐る恐るメタル・ゴリラは見えない壁の近くにゴリラウォークで歩み寄ると太くて硬いメタル指で空中を触ってみた。確かに見えないが壁がある。しかもぐるりと正四面体状にメタル・ゴリラを囲むように壁は続いているようだ。


「ウッホー……ウホ! ウホ!」



 メタル・ゴリラは自身が閉じ込められていることを悟ると、凶暴なゴリラ性をおさえきれず、思う通りにいかずイラついた零歳児のように見えない壁に向かって原始的なハンマーパンチを繰り出した!


 ばいん! ばいん!


 だが雪見障子の下部に張られている硝子のように脆い素材ではない! 本来なら九十七式中戦車の装甲を貫通するはずのメタル・ゴリラのゴリラパンチはとてつもなく強いが同時に弾性を持つ謎の見えない壁に跳ね返された。


「ウホー! ウホウホウホウホ!」


 メタル・ゴリラはイラついて必死にドラミングを繰り返えすことしかできない。このままでは繊細なゴリラの心がストレスに耐えきれずに、寿命が縮まってしまうだろう! その時、メタル・ゴリラの顔面だけに向かって当てられる強烈なライトの間から、しわがれているがはっきりと芯のある声が聞こえた。


「メタル・ゴリラよ、甦ったか」


「誰だ! うほっ!?」


 メタル・ゴリラは謎の人物の声以上に自分の声に驚いた。人間の標準的日本人ようにはっきりと発語することができる。


「それはスーパーメタル・ゴリラガラス……RPG7の直撃に耐え、現在世界中のスマホのガラスとかに使われておる……といってもお前にはわからんか……」


「あーるぴーじーせぶん? すまほ? なんだそれは! 語感からすると欧州の兵器か? 貴様何者だ!?」


 メタル・ゴリラはとっさに叫んでから自身の語った内容に驚いた。自身はいったい何をいっているのだ!? 欧州? 欧州戦争はメタル・ゴリラが幼い頃終わったのだった。今の敵は誰だったか……A国か、チュー国かコメ国か。まさかロッ国か!?


「まて、お前は生き返ったばかり。ケージの中で慌てるゴリラのようにナイーブになって混乱するなメタル・ゴリラ。どのみち、お前には多くのことを説明せねばならん、落ち着きなさい、驚くのはそれからでも遅くはない」


「メタル・ゴリラ……」


 メタル・ゴリラは己がメタル・ゴリラと呼ばれた事に困惑した。確かにメタル・ゴリラはメタルなゴリラである。自身の肉体と精神はメタルでゴリラのそれである、そこに違和感はない。だが、本来は自分は……


「それともまだこう呼んだ方がいいかな? 陸軍戦局打破生体兵器開発技官、合金剛特務少佐、三十二歳……独身!」


 メタル・ゴリラは謎の人物の言ったその名前を聞くと、メタル胸筋の奥底に眠る魂に電撃が走るような感覚を覚えた! 合金剛。そうだ、自分が三十二年間呼ばれてきた名前。三十二年間ワイフを持てなかったからワイフには呼ばれなかった名前。それが、自分の名前だ。名前だった。己の真の名前である。その名前のまま、三十二年独身!


「お、思い出した……俺は、コメ国との戦局悪化にともない……来るべき本土防衛の最終生体兵器を開発していた……ゴリラの強靭な肉体と、人間の柔軟な思考を持つ生物、さらに肉体を総板金化することで銃弾や爆撃に耐えうる無敵の回天生物兵器……」


「そうだ、そして貴官は自らその実験体第一〇伍号に志願した。秘匿作戦名トウゴー。覚えておるか?」


 心なしか軍人のような威厳のある響きで謎の人物は言った。


「ト、トウゴー……覚えている……そう呼ばれていた……おれは、トウゴー、独身の、実験体一〇伍号」


 メタル・ゴリラは自分の真名よりも気が付いたら独身の事実の方がショックだった。


「トウゴーは成功した。貴様ははじめて我が軍が、いや全人類がなし得なかった独身の鋼鉄猿人、メタル・ゴリラとなったのだ」


「なんだと!?」


 謎の人物は派手苦しいライトの逆光の中でそう興奮して言った。声からすると恐らく高齢であろうがそのシルエットは熱に浮かされたように伸び上がり、生き生きと拳を握りしめているのがわかる。片手には杖が握られている。


「ああ……俺は、やはり自らを改造したのか」


 メタル・ゴリラはその影を見ながら徐々に様々なことを思い出していた。


「まだ人間の頃が懐かしいか? 貴様は見事合金剛としての三十二年間の独身生活ごと人生を終えた。メタル・ゴリラとして生まれ変わったのだよ」


「ふっ……すると俺は今や三十二歳独身の鋼鉄のゴリラか」


 俺はニヒルなイケメンゴリラのように口の端を持ち上げて笑った。メタル・ゴリラは皇国と一億の民を守るためならば配偶者がいないどころか天涯孤独な自分の人生など捧げてもいいに決まっていた。そこに後悔はなかった。


「おおっと、つい貴様の懐かしい顔を見て忘れていたぞ。お前は、もう三十二歳独身ではない。あれから七十五年たった、故にお前は……百七歳独身だ」


「なに!?」


 これにはさすがのメタル・ゴリラも驚いた。まさか、そんな時間が経過していたとは。


「もはや……昭和の御代ですらない。今はレイワの時代だ」


「れ、レイワ!? まさか陛下が身罷られたのか!? 75年もたてば仕方ないか‥‥‥いや、そんな……しかし、それでも日本は無事続いていると!? つまり戦争に勝ったのだな!?」


 メタル・ゴリラは少ない会話の情報から肝心のコメ国との戦争と日本の行方を類推した。改造された自分が寝たか死んだかで七十五年たっていたのはいい、しかしよく考えればこの目の前の人物も日本人だ。レイワの御代になったということならば、日本は少なくともコメ国に滅ぼされず七十五年間平和だったということだ。昭和を平和のまま終え、平和のままレイワになったということだ。


「それにしてもレイワってどう書くのだ?」


 レイワ……メタル・ゴリラとしては昭和の次はまさか同じ語感で元号が続くとは思わなかった。レイワ……平和みたいなアクセントが正しいのか? それとも昭和的に言えばいいのか? 霊? 麗? ワッてなんだ? 和か稚か? もしかして輪かな?


「少なくとも、平和のまま昭和を終えて平和のままレイワになったのだな」


「いや、昭和は平和に終わったが平和のままヘイセイに入り平和のままヘイセイを終え、平和のままレイワになったのだ」


 謎の人物は舌を噛みそうな長台詞をすらすら言った。


「ヘイセイ? まてまてまて、昭和は平和に終わったのはわかったが、その次の平和な時代はヘイセイか?」


 なんだ、日本結構じゃないか。平和なのはメタル・ゴリラのような軍人として本望だとメタル・ゴリラは思った。


「だが、ヘイセイって何だ。平和の平か? 幣みたいな字か? セイは正しいの正か?」


「平和の平に、成功の成るだ」


「なるほどいい字だ……平成か」


 平成。平和な時代にふさわしい元号だと思った。


「ちなみに昭和は六十四年まで続いた。それからが平成だ」


「うほっ!」


 メタル・ゴリラは喜んだ。そんなに長く続いたのか、昭和は。メタル・ゴリラが改造された時からざっと四十年は日本は発展していた事になる。


「そして平成は去年終わった。今がレイワだ。ちなみにレイワは律令のリョウに平和の和だ。本来なら、令月の令というのだが、お前は万葉集などよく読むまい」


「どちらにしろ令和はわかった。令和まで平和なら戦争は無事終わったということか」


「メタル・ゴリラよ、お前にはこれから色々伝えるべき事がある。この令和の世になぜお前がよみがえってしまったのかを含めてな」


 もったいつけて謎の人物が強烈な逆光の中から出てきた。メタル・ゴリラは顔に当たるライトを直接見続けたために、目に謎の人物のシルエットが焼き付いてしまい影送り状態でよく見えなかった。


「そのライトを消してくれ」


 メタル・ゴリラの目が限界までしょぼしょぼしていた。


「おお、これは済まなかった。メタル・ゴリラよ。演出を兼ねてすべてのライトをスマートドローンにのせてシェイクしつつお前の顔面に当てていたのだ、許せ」


 謎の人物が空中に向かって手を振ると魔法のようにライトが弱まった。


「おい、日本語を話せ……何を言っているかさっぱりだ」


「お前の寝ている間に日本語だけでは説明できないことがこの世にたくさん起きたのだ」


「貴様は……いや貴方は、驚いた……麻黄大将……なのでありますか?」


 目がなれてきたメタル・ゴリラの目の前に現れたのは、メタル・ゴリラの直属の上官、麻黄大将だった。


「そうだ。懐かしいな、合金少佐、いやメタル・ゴリラよ。まずは復活おめでとう」


 麻黄は皺の中で目を細めるとそう言った。
















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