第十話=時来たり、勇者出でたり。サイド_ゆうしゃ
エリハイア王国―ハイム暦36年魔月主日―
長い一日がやっと終わって、私は客として王宮に居る。一応私も国を救った者の一人だと思っていたが、どうも兵士達より評価が低いって姫様に言われていた。挙句に「クリアちゃんの面に免じて、アンタをしばらく王宮に居座させる。」と言われた。私、結構頑張ったと思うけどな……まぁしょうがない、努力が足りなかったってことだけだ。
そして今、私は来客用の寝室に居る。外は明るくて、日差しが目を射してちょっとだけ痛みを感じる。
「ゆうしゃ様、起きられておりますか?」
「あぁ、大丈夫。」
門外から使用人の声が届いて、私は軽くそれを返した。ちょうどさっき起きたばかりだ。
昨日の戦いは予想以上に激しかったようで、体中が筋肉痛で痛むが、まぁ大丈夫。
着替えて、顔を洗って歯磨きもしたら、私は外へ出た。初めての王宮で多少ワクワクしますが、それよりも恐れが一杯。
廊下へ出ると、まだ修復されていないところが多数見られる。そしてビシビシそこらを直している兵士達を見て、私は一人ひとりに声を掛け、励ました。「こんな朝から、本当にお疲れ様です。」とか、「あ、傷は大丈夫でしたか?」とか、「お友達のことは心中お察しします。」とか……
朝っぱらから仕事に繰り出される人や、重症を負いながらも仕事に取り込む人や、戦闘で親友を亡くしてしまった人や、家族の安否に気にかかるけれど仕事をされている人や……兵士達もさまざま居ます。本当、私とは差が大きすぎた。
私は、そんなに強くないのは知っている。
重傷を受けてもなお仕事しろ!と言われたらさすがに私は反発する。
親友を亡くしてしまったのにも関わらずに仕事しろ!と言われても反発してしまいそう。
さらに家族がまだ生きているかどうかのことに気にしているときにも仕事と言われたら……
改めて、本当にこの人たちのことは信頼できると思いました。
「師匠、起きていますか?」
コンコンと扉を叩く。目の前は師匠の部屋。師匠は相変わらず寝坊しているだろうか、なかなか返事が返ってこない。
「師匠?」
コンコンと、また二回。そしたら中から大きな音が響いてきた。なにやら物が倒れたような音でした。
師匠が、襲われた!?と、反射的に思い、扉に向けて剣を射して、無理やりこじ開けた。
「ひぃい!!」
と、扉を開いたらそこにはまたもや命乞いをしている師匠が居る。
あれ?この前、似たようなことがあったような……でも今はそれを気にしている暇はないみたい。
「し、師匠!?す、すみません!」
急いで剣を納めて、師匠に侘びを申し入れた。すると、師匠はまた「怖かったよおおおお」と泣きはしゃいだ。
「よしよし、もう怖くないよー。」
頭を撫でながら適当に和らいだら師匠は泣き止み、私から身を離してくれた。何故かちょっとだけ残念な気がした。
もちろん、師匠はそれだけでは元に戻れないため、私は師匠を食堂に連れて行こうと思った。
「んじゃ、一緒に食堂へ行きましょうか。」
「う、ぐすん。うん!」
歯磨きと顔洗いはすでに使用人がさせただろうし、このまま食堂へ行くか。
師匠は私に手を伸ばして、繋いで歩きたいみたいだ。まったく、もういい年なのに私に連れて行ってほしいとは……まぁ、師匠をポンコツ化させてしまったのは今回も私だから、文句は言えないか。
「はいはい。」
と、私も手を出して、繋いだ。しかし、本当は人に見られたくないのに、どうしてだが段々と抵抗がなくなっている。
食堂へ来た。朝食の時間なので、料理人はすでに料理を用意してある。とりあえずパンを一つ取って師匠に食べさせた。
「はむはむ……もぐもぐ……」
咀嚼音を出しながら、師匠はパンを食べた。そんなに美味いのか?と思いながら、私も一つ手に取った。
「ひゃあー美味い!久しぶりだわ、こういうの!」
「もぐもぐ……うん、美味いですね。」
師匠は久しぶりだけど、私にとっては初めてだ。さすが王族御用の料理人が作ったもの、質が全然違う。
もしよければぜひ作り方を伺いたいくらいだ。
「おい、ゆ……まぁどうでもいいか。雑魚。」
「あ、はい。どうしましたか、姫様。」
やがて私はついに姫様が私に対しての呼び方に疑問を感じなくなってしまった。
姫様も食堂に入ってきた。その後にはやはりラルフ君が居る。
「誰が勝手に食っていいっつったんだ?」
「え、ダメでしたか?」
「……」
しかしその顔は怒りに満ちている。え?私、ダメなことやってしまったの?客でしょ、私と師匠は。
「まぁ、いい。クリアの面に免じてアンタを許そう。だが次はない。」
「あっ、はい。申し訳ございませんでした。」
どうして姫様に怒られなければならないのは分からないが、とりあえず謝った。これが劣根性ってやつかな?
「俺は姫だ、だから王宮も俺の家。俺の家の中にあるものなら全部俺のもの。二度と勝手にするなよ。」
「は、はい!申し訳ございませんでした!」
なんと傲慢な考え方……しかし、姫様ならそう思って居てもおかしくないし、仕方ないか。現に、姫様は幼いころからずっと兄たちに虐げられたと言われていたし、そのせいでグレたのだろう。だから、恨むなら王子達を恨めばいいんだろう。
しかし、その王子達は戦から逃げ、今は城外に居る。もうすぐ帰ってくるそうだが、まったくなんて卑劣な輩どもだ……いかんいかん、そんな事考えてはならない。反逆罪になってしまう。
「と、ところで。私になにか御用ですか?」
「あぁ、そうだった。ジジィが呼んでいる。会いに行け。」
「え、国王陛下ですか!」
「そうだよ、だから早く行け。話しはこれだけだ。」
私に伝えただけでなく、今度は師匠にも目をやった。
「クリアちゃんのことも、探していたらしい。」
「陛下が?珍しいわね、アタシなんかを探すとは。」
そして急に声を下げて、小さな声で言った「いつも父さんばかりなのに」って。なんのことでしょうか。
「で、では。行って参ります。」
「あぁ。」
「行って来るね。終わったら遊びましょ!」
私と師匠はそれぞれ姫様に言葉を飛ばしてから食堂を去った。出るとき姫様の横を切った。そしてあのとき目にした姫様の悲しげな表情は、深く心に刻印を刻した。どうかしたのだろうか。
師匠と共に、王様の前に跪いている。
「そなた、名はゆうしゃと申したな。」
「はい、そうでございます。」
「……ふむ、では、ゆうしゃ。」
「はっ!」
「余からの命令だ。」
頭を深く下げて、私は静かに王様からの命令を待ち。
「神を、殺せ。」
そしてその命令で、心は激しく動揺した。
「か、神?だ、誰のことでしょうか。」
「……」
神?託宣を下していたあの方のこと?でもあの方は私に姫様を殺すように命じた。ま、まさか……!!
神様はエリハイアと深い因縁を持っているのか!?
「その神と呼ばれている存在を、そなたも知っているはずだ。」
「え、え!?も、申し訳ございませんが、わ、私は……!」
「ならば名前を教えてやろう。かの者の名前はーー!!」
「もうやめて!」
王様から名前を言われる前に、師匠が何故か立ち上がった。
「彼のことを責めないで!彼はただ、世界平和を……!!」
「その『世界平和』とやらのせいでエリハイアも、ハーモスもめちゃくちゃだ!彼の暴行はこれ以上見て見ぬふりをしてはならぬ!」
「もう!ならば、アタシは……!!」
力を凝縮して、師匠は陛下に向けて……!!
「師匠!」
身を挺して、師匠の前に立ちふさがり王様を護ろうとした。
「少し、頭を冷やしてきます。」
そんな私を見て、師匠は失望した目で私を見つめて言って、謁見の間を去った。
「申し訳ございません、うちの師匠がご無礼をしてしまいました。どうか、私に罰を。」
「はぁ……」
と、ため息をついて、王様は頭を横に振った。
「やはり変わらぬか。よい、分かっていた事だ。」
「いいえ、そうは参りません!いくら王様と師匠が知人だとしてもあのような態度はないと思われます。ですが、それは私がちゃんと彼女を抑えなかったせいであるため、どうか。」
師匠に懲罰を下さないように必死に弁護をした。しかし、返ってくる返事は残酷だ。
「良いと言った。彼女も、おぬしも責めぬ。」
「……はい、分かりました。」
できれば今すぐに罰を下して欲しかった。後から罰せられてしまったらそれこそ最悪だ。けど、王様はいいって言った。ならば、これでいいのだろう。
後から罰せられてしまわないように、神様に祈らないと。
「本題に戻す。神を、殺してくれるだろうな。」
「……それが正義であれば。」
「安心せよ、彼を殺すことこそが真の正義である。」
彼?神様は女性の姿をしていたけど?……まぁ、今はそれどころではないか。
「神の名は、『アマドリ=スー』だ。引き受けてくれるかね」
「……私にできれば、必ず。」
「では、期待しておるぞ。もう下がっていいぞ。」
「はっ!」
アマドリ=スー。
人からは光明魔王と呼ばれている。
種族は人族(ヒューマン)であるにも拘らず、魔族の王と名乗る男性。正直言って彼のことは魔王と呼んでいいのだろうか。
彼の民は人族(ヒューマン)も、魔族(デモン)も、獣人(ビースト)も、霊族(エルフ)も、さまざまな種族が居る。
種族の隔たりがないから、彼が作った国「スカイランド」こそが楽園とも言われている。
けれど、いくら自分の民に優しくても、他国の民なら迷いなく殺すし、近頃はさらにその傾向が強くなり、隣国への侵略も始めているそうだ。幸い、エリハイアはそこからかなりの距離があるため、まだ影響は及ばないが……しかし、さっき王様が言っていた。
彼のせいでエリハイアも、ハーモスもめちゃくちゃだと。それは一体なんのことでしょうか。
そして、まさか師匠は彼に従っているとは……いや、それはないかもしれないが、何故か師匠は彼を殺すことに反対している。
彼は自国の民にはとことん優しいみたいだが、自国民でない存在にはとことん厳しい。なのに……どうしてだ?
「まぁ考えてもしょうがないか。」
そう思った私は、師匠を探し始めた。師匠に聞けば、きっと分かることだから。
城を少し回ってはいたが、なかなか師匠を見つけられない。一体、どこへ行ってしまったのでしょう……そう思いながら、私は庭園の噴水に座った。ここで少し休憩を取ろうと思って。
「……ッ!」
すると、小さな泣き声を聞こえた。
「師匠?」
その声は師匠の声だと、私はすぐに分かった。声を辿って、私は庭園の隅っこで師匠を見つけた。
「ぐすん……あっ。」
「ど、どうしたんですか?」
師匠と目が合うと、師匠はすぐに泣きやんだ。
「なんでもない。」
「そ、そんなことはないでしょ?どうして泣いていたの?」
「そんなこと……!!」
と、急に止まり、少ししたらまた言い始めた。
「ゆうしゃ君は、誰にも言わないって約束してくれる?」
「なんのことをでしょうか。」
「これから言うこと。してくれるなら教えてあげる。」
「……分かりました、約束しましょう。」
何を話してくれるのかは分からないけど、今は師匠に約束しよう。
「実は、アマドリ様は、悪い人ではないの。」
「ならば、どうして王様は私たちに彼を殺して欲しいと?」
「分からない。でも、アマドリ様は本当に、ただ世界に平和になってほしいだけです!」
力強く説得しようとしては居るけれど、実際、彼はどんな人なのかは私には分からない。ただ噂を聞いただけで彼を悪だと認定するのもどうだろうとはおもうけど、彼に関する悪い噂が多すぎる。
でも、師匠は、彼は悪い人ではないと言っている。
彼はただ、世界平和を望んでいるだけ。
正直言って、私には分からない。どっちが正義なのか、どっちが正しいのか。でも、私は師匠を信じよう。
「分かりました。」
「……!本当か!信じてくれるのか!」
「当たり前じゃないですか、貴女は師匠ですよ?」
「うん、うん!ありがとう、ありがとうゆうしゃ君!」
喜びすぎて、師匠に手を引っ張られ、力いっぱい上下に振られている。ちょっとだけ痛いけど、それでも師匠の好きにさせる。
王様の悪い噂もあるし。数はさほど多くないけど、それはきっと言論弾圧のせいだろう。実際、国外から来た人たちの口からでしか聞こえないし。
だが、王様は私にアマドリを殺すように命じた。そして私も承諾した。ならばやらないわけには行かない。かといって、師匠の話をなかったことにしてやるわけにもいかない。
自分の目で確かめる。どっちが本当の悪を。
自分の耳で確かめる。どっちが本当の邪を。
すべては、ゆうしゃの名に懸けて。
翌日、私と師匠はアマドリを探すたびに出ようとしていたが、その前に姫様が私たちを留めた。なんともハーモスへの護衛として一緒に来て欲しいとか。
まぁ、王様からの了承も得たし、大丈夫だろう。それに、姫様も私たちと同じく、アマドリを殺すと命令された。一国の姫たるもの、そんなことしてはならないと王様は思っていたのだろうか?まぁ、きっと何か裏があるはずだから、私に心配する筋合いはないか。
姫様とラルフ君、そして師匠。四人で旅に出る前に、私達は先に郊外に立つ私と師匠の小屋へ行った。荷物をまとめたら、私達は正式に旅に出た。
それは、光明魔王アマドリを倒す旅。
(つづく)
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