冤罪デイサービス

さとうたいち

警察官とツミ


 「はい、お待ちどう」


今日は目玉焼きか。これがまたうまいんだ。醤油をかけるか、塩をかけるか。それともソースか。いや、


「すいませーん」


「はいよー」


「これにかけるおすすめってなんかありますか?」


「あー、それならね。ポン酢をかけるといいよ。」

 

ポン酢、、新しい。よし。いただきます。パクッ、、うん、うまい。モグモグ、モグモグ。ごちそうさまでした。「っておい!孤独のグル○か!

おい、石子よ。朝から何をやらされてんだよ。おい。」


「やーねー、こっちのほうが楽しいでしょ?あなたも楽しそうだし。」


「まあな、ありがとな。いつも。」


「何よー、急に。あっ、ネクタイずれてるわよ。ほいほいっと。」


「おっ、ありがと。いいや、蝶々結びすなよ。ネクタイに春おとずれたんか。」


「ふふふ、今年のツッコミも豊作ねー。」


「ツッコミを褒められてもな。仕事で褒められるように今日もがんばってくるわ。」


「うん、頑張ってね。私が褒めてあげるから大丈夫よ。」


「そうだな」

 

俺の仕事はそこらの仕事とはちと違う。褒められることは、ほぼない。やりがいはあるけど。



「じゃ、行ってきまーす。」


「行ってらっしゃい」


いつものようにドアを開ける。ガチャッ


「おぁっ!?おあおうおあいあーう!」


歯磨きをしている警察がなんか言ってる。玄関で。しかもちょっと驚いてる。


「え、どゆこと!?え?え!」


波のようにドアを閉める。ガチャン


「どしたの!ツミくん!」


心配した妻・石子が駆け寄ってくる。


「いや、え?わ、わかんない。今日なんかあったっけ?」


「ふふ、今日は私の誕生日よ。」


なんか予想してる答えとちがったけど、とんでもないことを忘れていた。誕生日じゃん。だからか、だから今日の朝は孤独のグルメだったんだ。いや、それは関係ないか。誕生日を忘れるなんてクソ男だ。そう、自分を戒めつ、、今はそれより!


「いや!ちがう!ちがくないけど!警察が玄関に歯磨きして立ってる!意味わかんない!こわい!」


「え?なにそれ?」


勝手にドアが開く。ガチャッ

歯ブラシを外した警察官が言う。


「洗面所とぅかっていいでふか?ついでに署までご同行願えまふか?」


「いや逆じゃない?ついで逆じゃない?いやえ?なんですか?」


まるで実家みたいに上がってくる警察官。


「ちょおい、上がるなよ人んちだぞ。」


「どうぞー」


「なんで案内すんだよ石子。」


ガラガラガラーぺっ


「あーおいしかった」


「何がだよ!食べ終わった後に言え!」


「おぉー、旦那さんツッコミ出身ですか?」


「いいえー、独学ですー」


「なんの話してるんだよ」


「あっ、」


何かを思いついたように警察官が言う。


「うん、よし。現行犯逮捕。」


「えっ?」


「奥さん、現行犯逮捕しますんで。」


「あ、はい。どうぞよろしくお願いします。」


「よくできた奥さんですね」


「できてないだろ!いやてか現行犯なの?なんで?」


めちゃめちゃお辞儀をしてる石子を背に、変な警察官に連れていかれる。

マンションから出ると目の前に車が止まっている。


「はい、乗って」


言われるがままに乗ろうとする前にマンションを振り返った。石子はマンションから出てきていて、駐輪場の横でめちゃめちゃお辞儀をしていた。


「よくできた奥さんですね」


「できてないだろ!」


「はい、乗って」


結構定番になりつつあったツッコミを軽くスルーされながら車に乗る。


「あのー、なんで現行犯なの?なんで?」


「なんでもくそもないだろ!あ、そこ左です。

あ、はいそこです。」


「てかなんでタクシーなの?ふつうパトカーだよね?」


流れていく景色をまるで星空を見ているような顔で警察官は言う。


「免許・・・はく奪されたんだよ。」


「いややべーな。星空顔で言うもんじゃねーよ。はく奪はやべー。警察で。それよりも他の警察の人に運転させるという発想がなかったほうがやべー。」


あ、そういう手があったかという顔をする警察官。あれ、ここじゃねという顔をする警察官。


「あ、ああ!あ!ここです!運転手さん!」


「そんな焦らなくても止まってくれるよバカ」


「バカ?誰に言ってんだよおい」


「お客さん、仲いいですね。」


「「仲よくねぇわ!」」


「なんだこれ!演出か!だれかの演出か!」


「お客さん、ツッコミ出身ですか?」


「いやいや、違うんですよ。この人、独学なんですって。」


「なんの話してんだよ」


「さ、ついたぞ。運転手さん、ありがとうございました。」


「2400円になります。」


「はっ!」


ホワイトよりも白く、青より青く、青白い顔をする警察官。


「あ、あんたまさか。財布もってねーのか?」


「ふっ。持ってますぅ。はい。2400円。」


「なんだそれ、イタズラ好きかよ。」


「トリックオアトリート」


「セルフトリックじゃねーか」


「あはは、なんだか2年くらいやってる漫才コンビみたいですねお客さん。」


「2年かよ」


なんやかんや言いながら、タクシーを降りる。


「ありがとうございましたー」


「さ、ついたぞ。あと、お前ため口やめろ。」


「え?」


ツミは動揺のあまり、めっちゃため口きいてたことに気が付いた。


「あ、すいません」


「いやまあいいけど。あれでしょ。まだ俺のこと警察って信じてないでしょ?」


「はい。こわいっす。正直。なんで言われるがままについてきたのか謎っす。」


「うん、なんか言わなきゃよかったわ。2年目の漫才コンビに戻りたいわ。」


と言いながら、ツミの顔に警察手帳を押し付ける。


「うぅ、この紋所、目に入らんわ!なにしてんだよ!」


「ありがとうございます。」


「なにがだよ!」


「ため口やめろ。」


「あ、すんません」


ツッコミスイッチが入るとため口になることに気が付いた。


「さ、行くぞ。ゆっくり話聞かせてもらうからな。」


「俺、ほんとになんもしてないっすよ。」


「はいはい、みんなそう言います。」


先生みたいなことを言いながら、警察署のドアを開ける警察官。中は、まるで市役所。市役所より市役所。


「おれ、書類もってくるから、あそこのとこ入って座っとけ」


と言い、すみっこの喫煙所みたいなところを指さす警察官。


「あ、はい。」


パソコンを打つ音がする道を抜け、喫煙所に入ると刑事ドラマに出てくる取調室をそのまま持ってきたような椅子やテーブルが並んでいる。


「はぁ、なんもしてないのになー。強いて言えば、帰り道にゆらゆら歩いてちょっとだけ人ん家入ったやつかな。いやそんなことでつかまるか!おい!」


溜まり溜まったツッコミを独り言で発散する。気づけば、警察官が目の前にいた。


「え、こわ」


「あ、すんません。ツッコミ溜まりが発生してたもんで」


「なんだそれ。まあいい、とりあえず座って」


パイプ椅子を引き、座る。警察官も同様に、バケツを引き、座る。


「いや、トトロ捕まえたんか!なんでバケツなんだよ!」


「はい、ありがとうございます。」


「なんなんすか」


「溜まってるときいたんで。いや、そんなことよりな。」


神妙な顔をする警察官。


「あのー、うん。なぜ捕まったかのこと、というか、あのー、ね」


「取り調べ下手か!」


「おい!なわけないだろ!おい!」


「すいません。」


「はい、では取り調べを始めたいと思います。」


「いや、授業みたいになった!」


「う、うるさいなもう!」


あまりツッコミすぎると進まないと思ったツミはしばらく黙ると決めた。


「あれ、原口きてねーのか。ツミなんか聞いてる?」


「いや学校か!もう、進めてください!」


もう喋ってしまった。


「おお、ごめん。普通に怒られるとは。」


「それでなんで俺は捕まったんですか?」


「ふっ、しらじらしいな。自分がやったこと

も覚えてねーのか。あのな、お前がやったのは・・・ひき逃げだよ!赤信号で突っ込んで横断歩道を渡ろうとしていた中学二年生の女の子をひき、そのまま逃げた。ひかれた女の子は運よく避けれて、右足骨折。全治三か月。

酒でものんでたか?」


「いや、あの、まったく身に覚えがないんですけど」


「あ?まだしらきるか?こっちはな、決定的証拠もってんだよ。はい、これな」

そう言うと警察官は、一枚の写真を机に叩き付けた。


「これな、事故現場の近くのガソリンスタンドに設置してある、防犯カメラに写ってたんだわ。それで、鑑定にな、分析してもらったわけ。うん、お前の顔と一緒。」


「え、いやでもこれ。江の島の写真ですよ?」


写真にはそれはそれは綺麗な江の島が写っている。


「え?あ、あ!うわ!だまされた!おいー、またやられたよ。」


罪を逃れたい犯人よりもしらじらしくしらじらしい警察官。その行動にちょっと引くツミ。

食べたくても食べられない激辛料理。どうなる新大久保。


「なんだそのナレーション!ストーリー忘れるだろ!」


「ナレーションもツッコまれたかったんだな。」


「しみじみすんなよ!」


バン!


流れを戻すように警察官はまた、一枚の写真を机にたたきつけた。


「はい、これね。証拠の写真。」


そこには明らかに自分の顔ではない顔がドアップで映し出されている。諭すように警察官がつぶやく。


「お前の顔だな。もう、言い逃れはできねーぞ。お前がやったんだろ?」


悲しげな月を見るような顔でツミは言う。


「僕がやりました。」


「なんで逃げた?人間をひいて、わからないわけがないよな?」


「捕まったら、仕事を、仕事をクビになると思って…」


バン!


手に怒りを込め、警察官が机を叩く。


「あと一歩で死ぬとこだったんだぞ!人生のおまけみたいな仕事より、そこにある命だろ!

考えろ!今、様々なところで生きている人は、生きてほしい人なんだよ!生きてほしい命なんだよ!考えろ。考えて、考えを改めろ。」


警察官に圧倒され、ツミの目には涙があふれていた。


「すいませんでした。」




時刻は正午。でもなぜかそこには、太陽が沈む音がした。




警察官が怒りの表情から、笑顔に変わる。


「いやー、ありがとうございました。ちょっと途中までどうなるかなーて思ったんですけど、最後、めっちゃ気持ちよかったです。ありがとうございました。」


ツミも涙から、笑顔に変わる。


「こちらこそ、ありがとうございました。ヨモギさんの演技に圧倒されて自然に涙出ましたよ。すごかったです。」


「いやいや、そんなことないですよ。では、これ」


ヨモギがツミに封筒を渡す。


「ありがとうございます。えっと、十一万三千円、きっかりいただきます。では、ありがとうございました。」


「ありがとうございました。またお願いします。」


ツミは、喫煙所からでて、キーボード音を背にしながら、市役所から立ち去った。


ヨモギが深々とお辞儀をしている。

ヨモギは警察官ではなく、市役所の職員である。だから、パトカーではなくタクシーだったり、写真が用意できてなかったりしたのだ。つまり、ツミは空想上の冤罪をかけられていたのだ。




社会は思い通りにいかないことだらけである。

月九のような、木十のような、日曜劇場のようなドラマみたいにはいかない。でも、人生で一度は、憧れのドラマのようなキムタクのようなことをやりたい。そう思う。


そんな人たちを救うのが、ツミ。


そう、それが、冤罪デイサービスである。


                                    完

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冤罪デイサービス さとうたいち @taichigorgo0822

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