第11話 白百合島と専属メイド

 長期休暇の初日。白百合荘のメンバーは空港へと集まっていた。いずみたちの両親から、別荘での療養を勧められたいずみたちは、みんなで常夏の孤島にある別荘へと旅行することにしていた。

「どこにいくんですか?いずみさん」

「うちの家で所有する島なんだけどね。」

「名前は……」

「えぇ。白百合島。」

「やっぱり……」

 あさひが越してきて数か月。次第にネーミングに関して共通性が見えてきていた。白百合の多く自生していたことに由来していたこともあり、地名のあちらこちらに白百合の名前が入っていたりする。

 そのほかにも、いずみ・あやの・みやびの三姉妹の親は白百合草が好きで、よく寮にも飾っていることが多かった。しかし、両親が仕事の関係で海外をメインで活動するようになり、もともとの自宅を改装する形で白百合荘にすることで寮という形をとっていた。その形になってからは三姉妹の趣味に合わせほかの花も飾ることがあった。

 そして、これからいずみたちが行くことになる島も、海外に活動拠点を移した両親が別荘とプライベートビーチ購入した島で、立派なペンションと数日間は過ごせるだけの食糧も一通りそろっている。両親も使うことはあるが、今年は両親が使わないからといずみたち白百合荘のメンバーが、親睦会を兼ねて利用することになった。

 ネイミングライツの権利を利用して、島の名前すら変えてしまうという両親だったが、その実、ほとんどが接待用としての別荘という位置づけとなっていた。

「白百合島へは、いくつか乗り換えがいるからね。結構、かかると想うからバテないでね。」

「そんなに遠いんですか?」

「それはもう。移動だけで半日は過ぎるからね……」

「えぇ~」

「でも、心配しなくてもいいわよ。貸し切りの島だから……」

 そこまで言い肩を組んだあやのは、耳元でひそひそと話し始める。

「……女の子の恰好しなくてもいいわよ……」

「あっ……」

 あさひが男であることがばれてしまってはいけない場所というのが、主に学園周辺だけのことで、学園から離れた常夏の島であれば女装する必要性がなくなってくる。

 まして、これから行くことになる白百合島は、両親の派遣した管理人のほかはほとんどが元々いる地元の人か、いずみと同じ家系の人物しか利用していない。つまり、白百合島へと移動してしまえば、そこからは男の格好をしても咎められることがない。

 あさひにとっては、白百合学園への入学以来の女装からの解放で、あやのからその話を聞いた時から、それまでよりも島への気持ちがより高鳴った。

「では、さっそく。いきましょう!」

「ははは。あさひちゃん、わかりやすい!」

「あやねぇ。あさひさんに、何か話したんですか?」

「いや、あっちに行けば分るよ。」

 それから、いすみたち一行は両親が用意したプライベートジェットで一路、赤道近くにある白百合島へとひとっ飛びする。道中の航路は、病弱だった都会暮らしの頃のあさひが、カタログでしか見たことがなかった想いを馳せたあの光景が、ガラスの向こう側に広がっている…………

 白百合島へと向かうその道中。数時間の移動となる飛行機の中でも、興奮冷めやらないあさひは、一睡もせず目的地までずっと起きて目を輝かせていた。

 あさひの容姿は華奢で少女のような容姿ということもあり、より子供っぽさが際立っていた。それにも増して幼少期のあさひが経験できなかったことを今、まとめて経験できる環境が揃っていることで、より興奮度が強食出ていた。それに合わせて、いずみ・あやの・みやびたちと一緒に旅行するということで、日頃の世話になっている三人への恩返しをしなければとも想っていた。

「あれ?手荷物検査とかは?」

「えっ?」

 あさひの知識の中では、飛行機での移動をすることで別の国へとなるため、税関などを通過するために手荷物検査などがあることを覚えていた。しかし、白百合島へ降りたってから、飛行場のローターリーに出るまで検査ということを一度も受けていなかった。

「あぁ。顔パスよ。」

「顔パス……」

 太平洋のど真ん中にある周囲数キロと小さい島ながら、プライベートビーチも完備し洋上コテージも完備しているこの白百合島のほとんどは、いずみたちの両親の別荘であるため位置関係からすると、海外にあたる場所であっても実質的には、治外法権と化してしまっていた。

 そのことに驚いていると、目の前に大きな白塗りのバンが現れた。とても重厚そうなつくりのその車は、軍用の車を彷彿とさせる面構えをしていた。

 運転してきた人が扉を開けると、重厚感と高級感を兼ね備えたいかにも「高級車」といった印象を受ける車から降りてきたのは、メイド服を着た女性だった。ただ……

「ララ。またあなたは、そんな格好して運転して……」

「仕方ないじゃないですか、このほうが運転しやすいんですから。」

「ねぇさんは、筆頭メイドなのに、威厳も何もないんだから……」

「ミラも来てたのね。」

「はい。お嬢さま。」

「お嬢様!?」

 メイドというだけでも珍しく、あさひにとっては初めて見るメイドの姿に驚くと同時に、おつきのメイドがいずみたちを「お嬢様」と呼んでいることだった。確かに、学園でも生徒会長をしていたり、風紀委員をやっていたりと学園の重要な役職に就いていることが多い。

 みやびも図書委員を1年から任されていることから、それなりの役職に就いていることを考えると、確かにいずみ・あやの・みやびの三姉妹は、確かにお嬢様だった。

「いずみさんたちって、お嬢様だったんですね。」

「そうよ。普段は生徒会長やそれぞれの役員として活動してたりするけどね。」

「な~にぃ。お嬢様って聞いて、気負っちゃった?あさひちゃん。」

「そ、そんなことは。ないですが……」

 体育祭の終了後のアクシデントの時に見た夢の影響か、あやのの思考の中にあの光景がたまによぎることもあった。姉妹ということもありいずみもあやのの微妙な変化に気が付き始めていた。

 そんな三姉妹とのあさひの話しぶりを見ていたララとミラの姉妹は、あさひの姿を興味津々で近寄ってきた。

「あなたが、あさひさんですか。本当に女の子にしか見えませんね。」

「ほんと。この見た目で、男の子とか反則級じゃないの?」

 まじまじと見るララとミラは、キスでもしそうなくらいの至近距離であさひを興味深く観察していた。

「ははは……。そんなに近くで見られても……」

「あ。ごめんなさいね。純粋に好奇心からなのよ。許してね。」

「は、はい。」

 一応の謝罪を述べたミラとは違い、姉のララはあさひの頭の先から太もも、足先までペタペタと触っていて、「ほほぅ」とうなりを上げつつあさひの顎を人差し指で押さえながら考え込んでいた。

『………しっかり手入れされた足回りと、腰の細さ………』

『………手入れされた腕とその細さ、それに。肌もきれい………』

 ここまでの道中、着替えるタイミングの無かったあさひは、当然のように白百合荘を出発した時と同じ同じ「女の子」の恰好をしていた。当然、ララやミラと出会った時も女装ををした女の子の状態のあさひだった。そんな姿のあさひのチェックをある程度終えた二人。そのうちのララは最終確認として、怪しげな表情であさひの傍へと寄ってきた……

「ちゃんと手入れされているようで、何よりです……」

「だねぇ~あとは……」

「えっ?」

 白百合島の筆頭メイドのららが、あさひの前へと寄ってくると、目の前からすっと消えたかと思うと、下から大きな風が吹いた感じがしたあさひがら確認すると、きれいにスカートがめくれあがっていた。

「あひゃっ!」

 慌ててスカートを隠すと、何やら納得した様子のララと、反比例してあきれ顔をしたミラの表情がそこにあった。

「はぁ。ララ、あなたって人は、お客様なのに……」

「うん。しっかりと『男の子』だね。」

「男の子ですよ!ぼくは。」

「こんなに、『女の子』してるのに、『ボクっ子』とは、なんとも……」

「そんなことを言ってていいの?ララ。」

「ん?何?ミラ。あっ……」

「ごめんなさいね。あさひさん。不躾な姉で……」

「い、いえ。」


ゴチーン!


 車に乗る前に、いすみからララへの鉄拳が振り下ろされたことは言うまでもなく、車に乗ってからはしばらくその話題で話が盛り上がった。

「ごめんなさいね。あさひさん。運転や作法に関しては、右に出る者はいないんだけど、何せ、興味が斜め上のほうへ向かっちゃってて、何というか……」

「あやのさんみたい?」

「そうそう。って、あさひさんもそう思った?」

「えぇ。趣味嗜好が似通っているような気がして……」

「えぇっ?わたし、そんなに顔に出てる?」

「でてますよ?。体育祭の時はそんな感じはありませんでしたが、それ以外は……」

「そんなぁ~」

 白百合島の海岸線の近くにあるコテージに向かう道中。車内では、ララとあやのの性格や好みが、あまりにも酷似していることに驚くあさひと冷ややかな目で見るいずみの姿が、実に滑稽だった。

「あさひさんは、本当に男の子なんですか?」

「えっ!あたりまえじゃないですか。さっき確認したでしょう。どうしたんですか?急に?ミラさん。」

「いやね。あまりにもかわいくてね。ここまで、完璧なままでの女の子というのも、なかなかいませんからね。まぁ。『完璧すぎる』という一面もありますが……」

「こんな見た目で、男の子っていうんですから、これがほんとの意味での『男の娘』ですね。」

「は、はぁ。」

 ララと同様に妹のミラも相当の曲者で、姉妹ともども生粋の日本ファンでそのほとんどの知識がアニメや同人誌の類だった。その極端な知識の仕入れ具合からか、自分の興味のある分野のみの知識が膨大になってしまっていた。

 ミラは俗にいうところの『男の娘萌え』というやつだった。その影響か、コテージに就くまでの間は、普段の男としての恰好に着替えることができないために女装をしていたこともあり、道中の車内であさひの横に座り抱き着いたりと、ハイエナのような勢いであさひを狙っていた。

『……獣に狙われる草食動物の気分が分った気がする……』

 それからほどなくして、ここはホテルじゃないかと見間違うほどに立派なコテージの入り口へと横づけされた。そして、当然のように入口にはほかのメイド姿の使用人たちが出迎えをしていた。

『……おぉ。お出迎えだ………』

 空港に到着して以来。驚きっぱなしのあさひは、ここ一番の驚き様だった。アニメやコミックでお嬢様の代名詞という、専属メイドのお出迎え。それが目の前に広がっているのだから驚くのも当たり前でだった。

 各部屋に番号が振られ、高級ホテルに匹敵するような内装になっていて、一部屋がかなりの広さを誇っていた。あさひにもゲスト部屋が割り振られた。

 そして、ここの風習なのか、いずみ・あやの・みやびにそれぞれ専属メイドが付くことになっていた。

「今回は、あなたなのね。よろしく。」

「はい、いずみ様。よろしくお願いします。」

「今度は、あんたね。」

「あやの様。よろしくお願いします。」

「程よく、よろしく。」

「みやび様。よろしくお願いします。」

 各々が、それぞれのメイドを連れて部屋に向かう。その流れのまま自分も渡された鍵に就いた部屋へと向かおうとすると……

「あさひさん。どちらへ?」

「えっ?部屋に行こうかと……」

「あさひさんにも、メイドが付きますよ?」

「いや。目の周りのことくらい、自分で……」

「そうはいきません。それでは、私どものたつ手がありません。いずみ様のお連れ様なのですから、立派な来賓待遇となります。」

 平均的にいずみ・あやの・みやびにはふたり前後の使用人が随伴しているが、あさひにも使用人が随伴するようで……

「ここは、私が随伴します。」

「えっ?、ミラさんが?」

「そこは、私が……」

「ララさんも?」

 筆頭使用人と副の字はつくものの使用人のトップに連なるふたりが、あさひの随伴を申し出ていた。あさひにとっては、折角のリフレッシュも兼ねた場所で使用人に随伴されたのでは、落ち着かないというもの。かといって、『断る』という選択肢もないらしく、いずみやあやの、みやびのようにふたりが付くという訳ではなく、どちらか一人のようだった。

 ふたりがあさひを取りあっていると、中央の踊り場のような場所から聞きなれた声がふたりを注意した。

「こら!ララもミラも、取り合わない!ミラに任せるっていてたよね。ララ。」

「は、はい。しかし……」

「はぁ。わかったわ。あとでちゃんと引き合わせるから。」

「わかりました。そうします。」

 いずみの一言で、ようやく収拾を経たあさひを取りあう二人の言い合いは、ミラが専属になることで、一応の決着となった。

「えっと。身の回りの世話って……」

「それはもう……」

「えっ!」

 白百合島のコテージへきて早々に、身の危険を感じ始めるあさひだった。

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