第10話 体育祭とふたりの花嫁

 学園は二大まつりとなる体育祭と文化祭を同時期に行うことでも有名である。一日目が体育祭。連休を挟み二日目が文化祭となっている。

 夏の大型連休を控えた前日と連休終了後に行われる。そのことから、数週間前から準備をする必要がある。

 生徒会全面バックアップのこの二大まつりは、当然のようにあさひも手伝うことになっている。まして、新設された秘書という役職自体そのものが役員全体の秘書的な位置づけのため、学園のイベントにはつつがなく参加する必要が出てくる。

 それは、部活ごとにヘルプが入るということもあり、いずみとの時間が次第に無くなっていく……

「あさひさん。今日は……」

「すみません。体育祭の準備であやのさんに呼ばれてまして……」

……数日後……

「あさひさん……」

「ごめんなさい……」

 体育祭が始まるまでは、体育祭の大まかな進行を任されているあやののサポートをすることになっていることで、あさひといる時間がどんどん減ってしまっているいずみ。

 当然、いずみも手伝うことがあるが、あさひが話す相手はあやのが主でいすみがサポートや最終決定などを任されている。

 屋上で互いにあさひが好きであることを認識した後。イベントごとで時間が作れないことは、想像していたがここまで辛いものとは思ってもみなかった。それまでのイベントごとであれば、忙しさもありあっという間に時間が過ぎてしまい、そんなことはなかったが、あさひに恋心を抱いてからというもの、あさひがそこにいるだけで幸せな感情を抱くようになっていた……

 そんな矢先に訪れた体育祭の準備によって、会えない時間が二人の距離を遠ざける。幸か不幸か、いずみとの間に開いた距離に比例して、あやのとの距離が縮まっていく……

「あやのさん。ここはどうするんですか?」

「そこはね、こうすると楽にできるわよ。」

「なるほど……」

 屋上での会話で、自分が身を引くことを決心したあやの。決心した『はず』のあやのは、直近に開催される体育祭の準備のために、あさひと行動を共にすることが多くなってくる。それは、一度。諦めたはずの恋心を容赦なく刺激する。

 触れようとすれば、すぐに手が届くその距離に、好意を抱いたあさひが自分の右腕としてサポートしてくれることで、あやのの仕舞ったはずの想いが傷口のように疼きだす。

 それまで、風紀委員も兼ねているあやのにとって、『恋』そのものからも無縁に近く、生徒たちの憧れの的のような存在だった。そのことから、自分から告白ということは皆無に等しく、ほとんどがあやのに憧れを抱いた生徒からの告白が多かった。

 特に、これからの体育祭の時期は多く、後輩生徒からの『自分すごいんだぞ』アピールの応酬な時期に突入する。それは、風紀委員という役職も相まって『高嶺の花』としても見られやすいこともあり、あやのの異性に対しての印象を下げる結果となっていた。

 そんな中での、あさひとの出会いだった。それまでに感じたことのない感情に、これが『恋』であることに気が付くのは、さほど時間がかからなかった。自然と目で追いかけてしまうことや、同じ同性とは違う『異性』という存在は、あやのにとって大きな変化を与えていた。

『……あさひちゃんは、いずみねぇの好きな人……』

 屋上での会話の後、あやのの中ではそう決めていた『はず』の気持ちがひそかに疼き始める。それにあわせて、体育祭も迫ってきたことでよりあさひとの距離が近づいていく……

『……体育祭の間だけ……間だけなら……』

 あやのの右腕として体育祭を手伝うことになっているあやのとあさひは、まるで社長と秘書と言わんばかりに、常に一緒にいることになる。

 その距離の近さから、否応なしに仕舞い込んだはずの恋心を刺激し始める……

『でも。だめ。あさひちゃんは、いずみねぇの好きな人。』

 体育祭の準備は、夜遅くまで続くこともまれでなおかつ、同じ白百合荘に帰宅することになるため、朝から夜まで比較的一緒にいることが多くなってくる。当然、必要な備品や買い出しが必要になれば、一緒に行動することも多くなってくる。

 あさひとの同じ時間を共有していくことで、屋上でいずみと約束したときの気持ちにゆらぎが見え始める。そして、改めてあやの自身があさひの事を『好き』であることを、思い知らされることになってしまった。

『……私。あさひちゃんの事。好きなんだ……』

 手伝ってくれた最初こそ、純粋にうれしかったあやのだったが、いずみのために諦めたはずの意中の相手が、あやののサポートとして右腕を務めあげてくれている。そのほかにも、些細な変化すら敏感に気が付くあさひは、やさしくあやのを気遣ってくれることで、感情が揺さぶられてしまう……

 体育祭終了までの数日間続くこととなるこの状態は、あやのに対して試練の数日でもあった。

「明日もよろしくね。」

「はい。」

 いつものように、あやのとあさひが自室に戻る。一日の疲れを眠って取るあさひとあやの。そんなあやのは次第に寝付けなくなっていく……

『……あの部屋、昔私が使ってたのよね……あ……何考えてるの?私……』

 白百合荘へとあさひが越してくる前は、あさひの部屋をあやのが使っていた。あやのが使用していたものは、すべて移動はしていたが長い間見慣れた壁紙などはそのままで、あさひが使っていた。

 見慣れた昔の自分の部屋であさひが寝ていることを想像してしまっているあやのは、思わずあの時、好奇心のあまりに取ってしまった行動を思い出す……

『……あの時。わたし。忍び込んでいたずらしたのよね……あさひちゃんに……』

 今ほどの恋愛感情というものに気が付いていなかったあやのは、今考えるととてつもなく恥ずかしいことをしていたことに、今更ながらに気が付くあやのだった。

 そんなあさひとの些細な想いですら、思い出す必要のないことまで、思い出してしまうあやのだった。

『……眠れない……』

 その想いは、体育祭が近づくにつれて募り続け、疲れも抜けない時期が続いてしまう……そうして、いつしか体育祭の当日となった。

「あやの、本番だけど……大丈夫?」

「大丈夫よ。これくらい。それに、今日が本番なのに休んでられるわけないでしょ。」

 普段にもまして、学園の体育祭の主催ということもあり、責任感の強いあやのは精いっぱい体育祭をこなそうとする。その姿を、心配そうに眺めるいすみ。

「張り切るのはいいけど……」

「分ってる。それじゃぁ、あさひちゃん。いこ。」

「はい。それでは……」

 体育祭をあやのが取り仕切るのは、前にもあったことだったが今回の体育祭に臨むあやのは、前にもまして不安を残す印象を持ったいずみは、一緒に出発するあさひを呼び止めて口添えをした。

「あさひちゃん。ちょっといい?」

「はい。なんでしょう……」

 玄関先で出発しようとしていたあさひを引き留め、いずみの気になっていた点をあさひへと伝えた。

「あやの。張り切ってるのはわかるけど、具合悪そうだから、何かあったらサポートしてあげて……」

「えっ!そんなにですか?」

「いや、あくまでもそんな気がする……って程度だけどね。」

「なるほど。わかりました。何かあったら……」

「よろしくね。何もないに越したことはないけど……」

「ですね。用心しておきます。」

「あさひちゃん。なにしてるの~?」

「は~い。今、行きます。」

「それでは、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。学園でね。」

「はい。」

 学園へと見送る形になるいずみの杞憂は、現実になってしまうことになる。イベントごとでしっかりとこなそうと張り切るのは、いつものあやのと同じだったが今回に関しては、プラスαで別の要因が加わっていた。

『……あさひちゃんに言い所見せないと……』

 体育祭の筆頭責任者として、立派に勤め上げる姿をあさひに見せたいという想いもプラスされてしまっていることで、いつにもまして気負ってしまっていた。そして、そのことが今までにはないプレッシャーを、無意識に自分にかけてしまっていた。

 そんなプレッシャーは、否応なしにあやのの体を襲っていく……。それは、順調に体育祭が過ぎていき、一通りの工程が無事に終了。体育祭で使用した備品の片付けをしていた時に起きてしまう。

 それは、一通り役員たちを帰宅させて、控え所にはあやのとあさひしか残っていないときに起きた。体育祭がひとしきり終わりゆっくりしたことで、一気に緊張の糸がほどけた。

「あさひちゃん。そろそろ……」

「ですね。お疲れ様です。あやのさん。」

どさっ!

 あさひによりかかる形で、倒れこむことになったあやのは、必然的にあさひを押し倒す形になる。

「あやのさん!?」

「う~ん……」

 呼吸はしっかりとはしているものの、あさひの胸に抱かれる形になっているあやのは、薄い意識の中で夢を見ていた……

『……あれ?あたし、体育祭が終わって……。あ、あさひちゃん?』

 そこにいたあさひは、いつものように女の子の恰好をしていたのだが、いつもとはどこか違った格好をしていた。そして、周囲がはっきりしてくるとそこは、教会だった。

「えっ?教会?どういうこと?」

「あ、あやのさん。何をあわててるんですか?」

「なにって、慌てるでしょ。この状況。」

「ふたりの『結婚式』なのに……」

「けっ!結婚!?」

「あやのさんが、『ウェディングドレス同士で式をしたい!』っていうから、こんな格好してるんじゃないですか。」

「ええっ。た、たしかに……似合ってるけど……」

「相変わらず、ほめるのだけはうまいんですから……。ほら、式が始まりますよ」

 神父がごく普通に結婚式の内容を読み上げていく……。そして、式はふたりの花嫁の誓いの口づけへと進んでいく……

 華奢な体で、可愛らしいウェディングドレスのあさひと、モデルスタイルでカタログ化のような見た目のあやののウェディングドレスという、不思議な光景のふたりの誓いのキス。

「やっぱり、ぼくよりもあやのさんのほうが、ドレスにあってますよ。きっと……」

 ふたりにしか聞こえないような些細な声のその言葉は、顔が近くにあるからこそ聞こえる声。そして、互いの口が近づいていく……

『……あたし、あさひちゃんと結婚……』

 そう思った瞬間。あやのを呼ぶ声がどこからか聞こえてくる。それは、とても聞きなれた声で、あやのを呼び戻そうとする。すると……、それまではっきりとしていた周囲の光景がうっすらとぼやけていく……次の瞬間。

「あやの!しっかり。しっかりして!」

「う~ん。あ、あれ。いすみねぇ。ここは……」

「ここは、学校の役員の控室よ。あなたが倒れたって、あさひちゃんから電話があって……」

「えっ?あたし、倒れたの?」

「自覚無いんですか?」

「自覚あるもないも、急に立っていられなくなって……そこから……」

 意識がようやく戻ったあやのは、あさひに抱きかかえられる形になっていた。そのことから、意識を失っている間のあやのはあさひに関する夢を見ていた……

「大丈夫?あやの……」

「う、うん。単純に疲れただけだと思う……」

「あさひちゃんも、ありがとう。」

「そうよ。あさひちゃんが電話してくれなきゃ、私たち駆け付けれなかったんだから。感謝して。」

「あ、ありがと……」

 返事もそこそこに起き上がったあやのの姿を見たあさひは、ほっと胸をなでおろした。いずみの予想通りにあやのが倒れてしまい、正直。驚いてしまっていた。

『……さすが、姉妹だなぁ~。些細な変化に気が付くなんて……』

 大丈夫そうに起き上がったあやのは、夢の内容を思い出していた……ふたりで着ていたウェディングドレス。教会で祝福されながら上げる挙式……

『あたし……あんなこと、期待してるの?恥ずかしい……』

 意識の無かった時の夢とはいえ、結婚式の夢を見るというよほどあさひの事を想ってしまっていることで、夢の中だけでも願いを叶えようとしていた。

 ゆっくりと立ち上がり帰宅の途につき、白百合荘へと変える道中。あさひはそばにいてずっとあやのの心配をしていた。

「本当に、大丈夫ですか?あやのさん。」

「大丈夫よ。そんなに心配しなくても……」

「でも……」

 今回の出来事で、一段とあさひとあやのの距離が縮んだイベントとなったことには変わりなかった。そして、学園は長期休みへと突入していく……

 一方。いずみにも変化が訪れていた。それは、あまりにも会えない時期が続いてしまったことによる、理性のブレーカーが破損してしまったのか、ほかの人には見せられない方法での「欲求発散」をしてしまっていた。

 白百合荘の大家として、洗濯物の管理も行っているいずみは、姉妹たちの洗濯物のほかにも、あさひの洗濯物も洗ってあげていたりする。一日の洗濯物の山の中にあさひの洗濯ものがある場合、いずみはすこしだけテンションが上がる……それは……


ゴクリ!


 周囲をキョロキョロと「不審者」のように確認すると、洗濯物の中からあさひの私服を取り出すと、顔に押し当てる……。そして……


すぅ~。はぁ~。


 大家にあるまじき行為なのは理解「は」していたが、目の前に好意を持っている人の私服が無造作に置かれいるのを見ると、思わず手を伸ばしてしまう……そうして、顔をうずめて呼吸をするだけで、その人に包まれているような感覚に襲われる……

 この魅力にいずみはどっぷりとハマってしまっていた。より距離が開くことで心にぽっかりと隙間が空いてしまっていることで、その隙間を埋めるために「いけない!」と想いつつも、体が欲してしまっていた。今のいずみにとって「あさひの洗濯前の私服」は、疲れた日常を癒す変態チックなオアシスと化してしまっていた。

『……大家がこんなことしちゃぁ。ダメよね……でも……』

 一度始めてしまった心の隙間を埋めるための行為は、いつしか、取り返しの付かないものになっていく………

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