第60話 己への畏怖

「それでね、アタシが今度は更にド派手な魔法をぶちかましてやったのよ!

 どんなのか知りたい~?」


「うん......」


結局俺が無事にここいらの縄張りの長をやっつけた、

といった感じになっているが

そんな軽いものでは断じてない。


アメルは華麗にその手下共からアイリスを守りながら

戦い抜いた武勇伝を語るのに熱くなっている。

幸い、俺が空返事であることも気付いていないようだ


ただ自身が延々とループして脳内で思い出すのは

極悪非道な戦闘、内から溢れ出した気持ちが悪くなるほどの止めどない力、

敵の命乞い...そして自分は遂に殺める、ということをしてしまったこと。


幾度となく見殺しにしたり、実際この手で殺せるような場面があった中で

その選択はしないようにしてきた


それは相手が人間だった、

ということもあるが当然他の生物であれば殺しても問題ないなどの

割り切った考えは俺には出来ない。


そう思っていたはずなのに......



人外を相手にした途端に剥きだしになる闘争心は何なのだろうか


前々から気にしないようにはしていたが、

今一度自分の身体について危機感にも近い疑問が浮かぶ


空白の数年間に一体何があってここまでの力を手に入れたのか、

果たして己から手にしたものなのか


本当にどうしようもない状況こそ俺の意志など介在していない


いつも得体の知れないエネルギーを持ったこの身体が何とかしてくれているだけ。

本当の自分は目の前で繰り広げられていることを深層意識で傍観しているに過ぎない


乗っ取られて勝手に暴走する身体から自身の魂だけは逃げ出せずに

視界だけを共有して付き合わされている


おかげで現在戻って来てくれた身体に違和感を覚える上に、

手には拭いきれない嫌な感触が残っている。


いくらでも返り血などは消せても

未だに全身から罪の意識が消えることは一生無いようような気がして......

吐き気すらしなくなった


足の先から冷たくなるように力が抜け、

溜め息と共に風邪でもひいたかのようにゾクゾクと寒気がする。


「更に続いて――」


「アメル」



アイリスが突如として意気揚々な自慢話を遮ったことに関心が外に向いた


「はい、何ですか?」


「提案なんですが、この近くにそこまで強い敵性反応もありませんし

 人の気配も私たち以外には感じられないので、

 手分けしてラッテさんを探しませんか?」


彼女の申し出は主にアメルを説得するような口ぶりに思えた


「見つけたり息詰まったりした場合はそこで待機していてくれれば

 私が合流しにいくので、アメルにはあっちの方角をお願いできますか?」


それでいて何度か自分と目線が合った気がする。

そして気付いた、内密に俺と話したいことがあるのだと


「で、でもアタシは姉さまと――」


「貴女は私のお守をしながらでは十分に力を発揮出来ていないと...

 師匠として思います。

 一度単独行動の機会をと思ったのですが、要らない気遣いでしたか...?」


その言葉は一番弟子には効果覿面であった。


「わ、分かりました!

 思いっきりやってみます!」


やる気に満ちたアメルはズンズンと恐れず密林の中を進んでいった


その後ろ姿を見送ると小さく一息ついて眉をひそめた顔をアイリスがこちらに向けた。

久しぶりにそんな表情もまた美しい、と感じた


「やっぱり私は小狡いですね......

 彼女の気持ちを知って丸め込むように指示を出すなんて」


「い、いえ...」


「ちょっと話しませんか?

 ああ、ラッテさんの気配はアメルの向かった方にいると思うので

 それは安心してください」


小さく頷くと

アイリスに手を差し出された。


これを流石に断ることも出来ず、

止むを得ず比較的穢れていない左手で彼女の手に軽く触れた



よく出来ました、とばかりに彼女は微笑んで

自分の手をしっかりと引いていく。


まるで自分が罪悪感に囚われて手を引っ込めていたのを察しているかのようだった

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