第59話 残虐なる力

「ア アレ グベハッ!!」


刹那、奴の痛覚と吐血と自身の認識のが追いつかなかった

それほどまでに一瞬の止めだった。


辺りに怪物の腹部の損壊があったような跡はない、

それでも確かにポッカリと空いた敵の腹からはじわじわと体液が染み出してきた


「アア!! アアアァァ!!!」


化け物がもがき苦しみ始めた。


それを笑うような残酷な声が聞こえる


誰の声だ...?


先ほどからしてる変な呼吸は何だ......?



まさか俺の身体なのか?


「グアッ ヨ ヨクモッ!!」


完全に決着は着いたと思って脱力しきった状態にして、

足掻きの一撃は高々と振り上げてからのハンマーのように叩きつけられた。


受け身も何も無い


ノーガードで喰らったならば頭蓋が割れた音がしても仕方がない


だが鳴った不気味な骨の軋む音は奴の腕からした


「ウ ウギャアァァッ!!」


丸太のような腕を押さえて退くところを俺の身体は逃さない。

ひびが入った奴の腕を容赦なく左腕が捕えた


そして


もう片方の腕で頭上を払いのけるような動作をすると

左腕が掴んでいた感覚が消えた



ゆっくりと視線は奴の肩に向く


身体の神経が自分の意識下にあれば目をひん剥いて吐き気もしたことだろう


だが今は口角が上がるのみだった



相手の肩からはコンコンと湧き出る泉源のように体液が吹きだしていた

人間のものとは色が違うが明らかに血液だ。


出血量が尋常でないのは巨体だからではない


俺が、いや俺の身体が奴の腕をどこかに吹き飛ばしたからだ



「ヒィアアァァ!!!」


先ほどから聞こえる悲鳴は甲高いものになり、

気分が悪くなるようなものだ


これではどちらが悪か分からない


あまりにも残忍だ、

ここまでする必要はまるで無かったのに


しかしここまでやってしまっては殺すしか、

楽にしてやるしかない



そんな目的意識を体はどう歪んで解釈したか


【今に叫べなくしてやる】



軽く足が地を蹴った、

目の前には哀れな怪物の喉元


そこに容赦なく拳を叩きこむ

殴った感触の先に何かが砕けるものを感じた



今度は体ごと飛ぶことは無く

バタリと背中から地面に着いた。


そのまま倒れ込んだ巨体の胸元を足場にして降り立った


先ほどまでの頑丈の身体はもう見る影も無く、

俺の身体が乗っただけで口から苦しそうに血混じりの咳が出た


「ヤ ヤメ......」


潰れた喉で懸命に命乞いする声が擦れて聞こえる。

身体は抜けていく血液によって衰弱し震えている


それとも無意識の身体が見下すような感情の無い眼光に怯えているのか


しかしまだ飽き足らず

手を握りしめる力が更に入って、

憤怒の感情が胸中に溢れる


同じように命乞いをする人間をどれだけ殺したのか、

薄汚い人外には惨い死がお似合いだ


まるでコイツにやった行いには正当性があるかのような考えに

理性が侵食されていきそうだ......!



そんな時だった


「ウィン~!!」


ぼやけて反響する人の声が、

仲間の声が自分の名を呼んでいるという認識が一気に自分を体に引き戻した


けれどまだ事は済んでいない


どころかこの状況は見られるのはまずい



そんな考えが残虐にして素早い手際を生んだ


首元に横からめり込ませるような高速の蹴りは

ギロチンのように太い首をズバッと斬り落とすと遠くに放り投げる


そして着地から振り返りざまに残った胴体を引っ掴むと

仲間の声のした方向とは出来るだけ離れた方向に、また放り投げた



「大丈夫ですか!?」


駆け寄って来て抱き着いて来るかのような勢いで自分に倒れ掛かって来る

アイリスを抱きとめることは叶わなかった


「敵はどこに? とても凄惨な戦いであることを音で知って

 急いでこっちの敵を何とかして来たのですがっ」


額に汗をかいて心底心配な彼女の言うことが頭に残らない。



「まったく、相変わらず勝手なんだから......」


後から来たアメルの安堵した表情に上手く笑いかけて応えることも出来なかった



なんせ、いくら外身は何も無かったように取り繕えても


その手はしっかりと殺した相手の血で濡れていたから

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