第6話 驚異の徘徊

そうして着替え終わると先に出て行ったアメルに続いて自分も部屋を出た。



廊下にはいくつもの部屋のドアがあって、


この宿屋の大きさが伺える。


すぐ横の開いている窓からは人の声がして


窓から景色を見ると


まさに人と建造物と活気に溢れる故郷とは反対の都会であることが分かった。



何か自分の知る空気とは違う匂いがして、


冒険心をくすぐった。


どんな街なのか実際に練り歩いてみたい



そんな興奮に後ろから近付いてくる足音に気付かなかった



「おい、お供2号」



背中を小突かれて振り返るとアメルがいた。


トンガリ帽子を被って彼女の背丈を超える杖を携えているのを見ると、


まさに魔法使いって感じだ。



それで余計に身体が小さいのが目立つが



「何を上から目線でジロジロと......姉さまがお呼びだ、来い」



不愛想に言われて彼女の後に続く。


これから関わり合うことになるのなら少しでも仲良くしなくては、と


質問を挟む。



「君はアイリスと――」


「勇者様と言え! 気軽にお前が名を呼んで良い相手ではない!」


「......じゃあ、何でその勇者様をお姉さん呼ばわりしてるの?」



それにはトンガリ帽子が下がった。


何かいけないことを聞いたか



「そ、それは勇者様自身が呼ぶならお姉ちゃんと呼べ、と言われたから......


 仕方なくだ」



妥協案で姉さまになったのか


アイリスも勇者である、という境遇に慣れていないから


弟子を妹のように思っているのかもしれない。



「言っておくが!


 アタシはほんの少し背が低いだけで、歳は変わらないのだからな!」



俺にも年下扱いされたくない故の牽制か


顔を赤らめて怒った。


その姿こそ自分の妹を思い出した



それでほっこりして仲良くやっていけそうだな、と


安心した一方で


本当に自分の妹のことが心配になってきた。



それに父も母も......皆、無事だろうか



すっかり2階の客室から受付や待合スペースのある1階に下りるころには


俺の気分は落ち込んでいた。



「姉さま、連れてきましたよ」



その言葉に顔を上げると前方のテーブルに座っていたアイリスが見えて、


彼女が振り向いた。



「ああ、ありがとう。


 あとついでで悪いですが、3人分の朝食を買ってきて貰えませんか?」



そのテーブル付近でピタッと止まったアメルに続いて自分も止まると、


目の前の彼女が振り向いて


嫌な顔を向けて来た。



きっと、何でコイツの分も買ってこなきゃいけないんだよ


といった気持ちで顔を引きつらせて俺を睨んでいるのだろう。



「お金はあとで渡します。


 彼と二人にしてくれませんか?」


「はい......」



目を細めて最後まで俺に敵意を向けながら宿屋の出口にアメルは向かった。


そうしてアイリスに目の前の椅子に座る事を促されるがままに座った



「おはようございます。


 昨日は眠れましたか?」



にこやかに聞かれて



「は、はい」



へこへこと頷いた。


目線をテーブルの上に向けるとそこには赤い丸や文字が書かれた


大きな地図が広げられていた。



「見て分かりますか?」



俺の視線を察して問われる。



「う~ん......世界地図、ですか?」



彼女は頷いた。



「そうです。


 それに今書き記されているのは私が感じた気配と街の人の情報から集めた、


 貴方と同じである

 アンデッドになってしまっていた人がいると思われる地域です」



自分が第一号であった人探しのための地図であることが分かった。



「まず、我々がいる大陸・ラシアーユで


 目撃情報とまだ観測出来る気配で一番近い所に向かいます」



指さされたのはこの世界の4大陸で一番大きな大陸だ。


今自分たちはここにいて、その周辺から勇者は人を探す......



その話に何もおかしいことは無いような気がするというのに、


何か違和感がある。



それが電流でも走ったかのように気付いてハッとした。



「え、えっと......今ここがラシアーユって言いました?」


「はい、そうです」



淡々と話す彼女を前に俺は叫びそうになった。



何故なら


俺の故郷の村はラシアーユとは真反対の大陸に位置しているからだ。



つまり、



俺はこの数年でこの世界の


半分以上の距離を徒歩で彷徨い、


いつのまに反対側の大陸まで来てしまっていたのだった。

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