好きな母、キライな母。

たまきみさえ

ー2018年晩夏から2019夏まで

母のすべてが詰まったお城。#1

その日、私は一人きりで、主のいない母のマンションの部屋に入り、室内を見回しながら思い切り泣いていた。


もうすぐ、この小さくてささやかな母のお城がなくなるんだ——。


そう思ったら、次から次へと涙があふれて止まらなくなった。


この部屋を月に2回くらい訪問して、バタバタと家事や母の世話などをしていたけれど、じっくりと室内を眺めるようなことなどなかった。いや、もうずいぶん前から同じ風景過ぎて、目には入っても細部が見えていなかったと言った方が当たっているかもしれない。


もう誰も読まない本の詰まった本棚。

誰も使わない古い食器や茶器を飾ってあるサイドボード。

何年も電源を入れていないカセットデッキ。

だんだん使われなくなっていった調理道具ののった台所の棚。

開きっ放しでホコリをかぶった仏壇。


自分にとってもまた、思い出深い物がチラホラ。

そこにあるのが当たり前で、そこにしか置き場所がないかのように、何年もの間、化石のように収まっていた物たちだ。


ハンガーラックにかかったたくさんの洋服。娘たちが着なくなって譲った服も混ざっている。

それらのどれもこれもまた、よく見ればホコリをかぶっている。


そういえば、下着やブラウスは娘二人が交代で訪問した時に着替えさせるけれど、その上に着るものは、一度着るとよっぽど季節が変わらない限りずっと同じのを着続けるようになっていた。


あんなにおしゃれな母だったのに。

タンスの中には、売るほどたくさんのカーディガンやセーターが入っているのに。


母は、認知症だ。


私の人生で、一番長くかかわって来た人、”母”について、今あらためて思うことを綴ってみたい。

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