第53話 サキさんと一緒

 サキさんの「私ジローさんと結婚します」発言の後、僕がそれを肯定してしまったので、お兄さんとしては、もうどうしょうもない、と言う感じになった。


 僕としては、お兄さんは命の恩人みたいな感じだから、あまり悲しませたくない。

 三人がビミョーな状況になってしまったので、僕が一番気まずい感じだ。


 ここは、お呼ばれした僕が率先してボケをかますしか無いな。そう思った僕は……


「あ! そういえば、このケーキ美味しいですよね? 実はこれを買った時に、お店の中のパーラーで二個も食べちゃったんです。テヘッ」


 でも、僕のボケのお陰で、その場はますます白々としてしまった。


 ―――


「プッ、ウフフッ!」


 突然サキさんが笑い出した。

 お、僕のボケが効いたか、と思ったら、サキさんは突然僕の口元に手を伸ばして来た。

 え、イキナリ僕の口にキス? サキさん駄目だよ、お兄さんの前では……と思ったら、サキさんは持っているペーパータオルで僕の口元に付いているケーキのクリームを拭いてくれた。


「ジローさん、本当にケーキが好きなのね。口元にクリームのお弁当をつけてるなんて。ウフフ」


「あははは!」


 お兄さんが突然笑って言った。


「分かったよ、分かった。もう、好きにしてくれ。こんなにイチャイチャされたら僕だって、引くしかないだろう」


 お兄さん、笑い過ぎて少し涙目になっている。


「今度はジロー君と妹と二人で、そのケーキ屋さんに行っておいで。もう、僕の出番は一切無さそうだ。ところで、もうそろそろ、夕飯の時間になるけど、ジロー君は一緒に食べて行くかい?」


「イエ、今日はそんな予定ではなかったので、夜は会社の同僚と約束があるんです。

 今日はこれでおいとまします。また、後日改めてお伺いしますので」


「そうかい、先約があるのか。分かった。無理に引き止めるのも悪いからね。今度は、ジロー君のご両親と一緒に来てくれるのかな?」


「はあ、その時は事前に連絡致しますので」


「分かったよ、ジロー君。次に会える時を楽しみにしていますよ」


 お兄さんは、サキさんの方に向き直る。


「愛! ジロー君をエントランスまで送ってあげなさい。僕は、夕飯の支度でもするから」


 そういうと、お兄さんはキッチンの方に消えていった。サキさんは、僕を連れて玄関まで行きドアを開けた。僕がマンションの廊下に出ると、トビラを閉めて鍵をかける。


 そう言えば、サキさんの後ろ姿って初めて見るんだ。仮想世界では、バーから出て行く後ろ姿を何度となく見て来たけど、リアル世界の後ろ姿を見たのはこれが最初だな。


 薄いブルーのワンピースでワンポイントが入ったシンプルな服装だった。長めの髪は後ろで軽く止めている。

 サキさんは、僕が自分の後ろ姿を見つめている気配を感じたのか、後ろを振り向いて言った。


「ジローさん、どうしたの? 私の後ろ姿をジロジロ見て……服に何か付いてるのかしら? そもそも、外に出る予定では無かったから、随分とラフな格好でごめんなさい。こんど外に行く時は、もう少しチャンとするから。あ、でも今日はジローさんと会うから、室内着と言っても、チャンと気を使っているんですよ」


 サキはそう言いながら自分の服装をジローに見せるように、ふわりとジャンプする。


「普段は最もラフな格好なの。多分ジローさんが見たら卒倒しちゃうかも」


「え、えー! それは見たいかも」僕は、心の中で叫んだ。


「あ! 今、変な事想像したでしょ? ジローさん、直ぐに顔に出るんだもの」


 サキさんは僕の顔を覗き込んで突っ込む。

 え? 僕って顔に出るのか! ヤバイ、気をつけよう。


 二人で並んで、外廊下を歩いてエレベーターに向かう。最初に来た時に、エレベーターを降りてサキさんの家に向かう時とは違うドキドキがするのが分かる。そのまま、二人でエレベーターに乗ってエントランスに向かう。


「これで、兄も自分の道を歩んでくれるかしら?」


 マンションのエントランスまで僕を送ってくれたサキさんが独り言のように呟いた。


「お兄さん、かなりショックを受けてたようだけど、大丈夫かなあ。僕は兄弟いないから、妹離れとか、兄離れって実感が無いけど。お兄さんにとっては、それに加えて、サキさんを育ててきたと言う思いがあるから、今回の件は、子離れのショックも含まれているんだろうね。でも、兄と妹は最後はお互いに別の家族を持って離れて行くのだから、早いうちに妹離れとか子離れのチャンスが来たと思うべきなんだろうね」


 僕も、独り言の様に喋りながらサキさんに答えた。


「ジローさん、今日は本当に有難うございました。私の話にもキチンと合わせて下さって、感謝します。チョット、ショッキング過ぎたかもしれませんが、さっきの発言は、冗談ではありませんからね。それだけは、信じてくださいね」


 そこで一度言葉を止めて、僕をジッと見る。


「次回の約束は、後でメールしますね。それでは、ジローさんお休みなさい」


 ニコリと笑って手を小さく振る。


「お休みなさい、サキさん」


 僕は、彼女と挨拶を交わしてから、マンションを出た。

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