第50話 共犯同盟
パクパク、ゴクゴク。
パクパク、ゴクゴク。
あー美味しかった。(ケーキが)
あー美味しかった。(紅茶が)
食べて飲んだら、少し元気になった。
とりあえず、会社の機密情報は漏れなかったんだから、良しとしよう。最悪な事態は防げたと思うんだ。
「ジローさん、落ち着いたみたいね、良かった」
サキは嬉しそうに少し微笑んだ。
「サキさんの笑顔って素敵だなー」
……と心の中で言うつもりが、つい口から出てしまった。ジローは自分が口走った言葉に、ドキリとした。
「ありがとうございます、ジローさん。お世辞でも嬉しいです。私、腐女子だから、男の人に声をかけてもらった事無いんです」
サキは少しはにかみながら、嬉しそうに答える。
「兄が喋っていた様に、私達の両親は事故で亡くなってしまいました。車のフロント側が大破する事で、私がいた後部座席はほぼ無傷だったという話しもしましたよね」
背筋をピンとして、真剣な面持ちで話を続ける。
「兄は、自分が研究室に篭りっきりだったから、両親の事故が起きたのだと思っています。その点で兄は自分を随分と責めたようです。それだけでなく、私が生き残れたのが、両親の犠牲があったからだと信じているのです」
過去を思い返すように目を閉じる。
「確かに、事故直後は私も両親の死が『私のせい』のように考えていた時期もありました」
そこで、目を開けてジローを正面から見つめる。
「しかし、いつまでもその事を引きずっていても、逆に犠牲になった両親に申し訳ない、と思うようになったのです。私が頑張って生きなければ、天国にいるであろう両親も悲しむに違いないと考えるようになりました」
ジローを見つめていた目を、お兄さんが籠っている部屋のトビラに向ける。
「しかし、兄は自分がその現場に居られなかった事を、今でもずっと悔やんでいるようです。そして、私もずーっと両親の事を後悔していると思っているのです」
視線をトビラから自分の手に戻す。
「そのためだと思うのですけど、兄は私のことを異常な程大事にしてくれています。そのために、私には男の人を近づけさせないようにして来ました」
サキさんの視線が定まらない事が気がかりだ。何か考えてるんだな。
「それに私も、結局は色々あって仮想世界のゲームに逃げ込んでいてばかりでした。でも、『銃の世界』で人間味のあるバーテンダーさんと知り合いになれてから、少しずつ変わって来たような気がするのです」
サキさんは喉が渇いたのか、カップを口に持っていくが飲んでいない。紅茶をジッと見つめている。
「学校でも、同じ趣味の人以外のクラスメートとも少しづつですが会話出来るようになって来たのです。相手は変えられないけど、自分は変わる事が出来る、って言うじゃないですか。だんだんと、その事が実感として分かるようになって来たのです」
やっと一口だけ紅茶を口にする。僕はサキさんの話に耳を傾け続ける。
「他の仮想世界のゲームには居ない、人間味の溢れるNPCと会話したいから、私は『銃の世界』に夢中になっていたのです」
そして、また僕の顔をジッと見る。僕はビックリして視線を逸らす。
「でも、今回のトラブルで助けに来た人と会話した時に、懐かしい暖かさを感じる事ができたのです」
そこで、サキさんは何故か、ふっ、と笑う。
「だからこそ、ジローさんの仮想端末を使ってログアウトする時に、あなたのパーソナル情報を盗み見してしまったんですね、きっと」
イキナリ立ち上がって、僕をじっと見る。
「本当に……ごめんなさい」
そう言いながら、サキさんはまた頭を深々と下げた。それと同時に彼女の髪の毛から爽やかな香りが漂って来た。
「良いんです。僕のパーソナル情報ぐらい何でもないです」
僕は何故か軽やかな気持ちで答える。
「ただ、サキさんの想像通り、NPCの中に人間が入っている時がある、と言うことがバレたら、仮想世界のゲームが大混乱するので、絶対に、絶対にー、秘密にして下さいね」
僕は口に手を当てて、喋らないで、ポーズをサキさんに向かってする。
「はい、私の心とアバターを救ってくださった命の恩人を裏切れるわけ無いですよ。これからも、ずっと仲良くして下さいね。これからは、共犯同盟ですね」
サキさんは、そう言いながら、ニッコリと微笑んだ。
うわー、ヤバイ、ヤバイ。すんごく、可愛いー。どうしよう、興奮しちゃう。だけど、隣には、怖いセブンシスターズのお兄さんがいるんだ!
落ち着け、僕!
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