第9話 人工知能の限界

 定食屋さんて、色々な人がいて面白いよね。人間観察にはもってこいかな。ただし、若干偏った人間関係になっちゃいそう。

 だって、若い女性が皆無なんだもん。ひと昔前は、確かにガテン系とか言ったブルーカラーの労働者は男性が多かったんだけどさ。今は若い女の人もお仕事にしている人が多くて、おしゃれな安全靴やカラフルな作業着もあるんだよね。


 牛丼屋さんや一人焼き肉屋さんには、女性も出入りしているようだけど、さすがにここの定食屋さんはアクが強い人は多いかなあ。類は友を呼ぶ、って感じかな?


 さてと、定食を食べてお腹も満たされて、やっと落ち着いたよ。これから溜まった洗濯物を片付けて、見損なって溜まっているビデオを見て……


 あ、そうだ、まだ自己紹介がまだだったね。僕はジロー、漢字で書くと『次郎』なんだけど僕の会社の人は誰も『じろう』とは呼んでくれないんだよね。なんでか『ジロー』って呼ばれちゃうんだよね。


 僕の会社は仮想現実(V.R.)や拡張現実(A.R.)のシステムを運用管理しているんだ。親会社は、仮想現実や拡張現実を実現するためのマン・マシン・インターフェイスのデバイス開発といったハードウェアだけでなく、仮想現実や拡張現実を使ったゲームといったソフトウェアも開発しているんだよ。

  有名な某バーチャルMMOゲームのように、天才学者が一人で開発なんて普通はありえないんだよね。

 学生時代に見学しに行ったことがあるけど、大きな建物のワンフロアー全体に数百人のプログラマがガシガシとプログラムを書いているのは壮観な感じだったよ。


 僕はその会社の子会社で、実際の運用を監視している部門にいるんだ。一応細かい内容は秘匿義務があるので言えないんだけど、ゲームの運用でバグが発生していないかや、隠れキャラになってゲーム参加者をモニタしたり、場合によってはヤラレ役になったりしているんだよ。


 そんなの、人口知能にやらせたら良いだろう? とか言う人がいると思うけど、実際にはそんなに簡単ではないんだよ。

 なんか、色々なラノベで仮想現実のプレイヤー以外の勝手に動くキャラ(ノン・プレイヤー・キャラ、略してNPC)として位置付けられていて、彼らはゲーム空間を管理しているAIが操作しているという設定になっているけどね。


 基本的な問題として、人口知能(AI)は完璧すぎるんだよ。


 例えば、プログラムで乱数を作るとするでしょ? 普通は乱数を作る時にはシード(種)として初期値を与えるんだよ。そうするとプログラムは乱数を生成してくれるんだけど、初期値が同じだと100回目に生成される乱数は何回プログラムを実行しても同じになるって知ってた? 

 乱数って、言葉の意味通りまったくランダムな値というわけではなくて、100万個といった多数の数字を並べた時に、出て来る数字が均等に現れるということなんだ。

 プログラムはその法則に則って、初期値から必要な値を計算しているだけなんだよ。


 だから、ゲームの中のキャラをAIに任せると、対応するアクションが一律同じになってしまうんだよ。だってAIから見たらそれが最も効率的な動きだからね。

 もちろん相手の動きに応じて対応方法はほぼ無限にあるけど、その無限の対応から最も効率的な動きをするのがAIのプログラミングなんだ。


 もしも君が仮想現実のゲームに参加して、毎回毎回まったく同じ動きをするキャラクターなんか出てきたら、もう見ていたくないでしょう?

 確かに、それが怪物キャラで自分にとって倒すべき相手なら、毎回毎回同じ動作をしてくれれば簡単に倒せるけど、それって既にゲームとは言えないよね?


 だから、実は僕たちメンテナンスチームのメンバーがこっそり入れ替わって操作をしている場合もあるんだよ。人間の動きには不確定要素が大きいから、その時には『このゲームは難しい』って結構話題になって多くのプレイヤーが倒しに来たりするんだよ。


 なんか、現実世界の着ぐるみみたいだけど、ほんとの話だよ。ここだけの話だけどね。


 それに、ゲームのバグ報告があっても、それが本当にバグなのか? それともプレイヤーの狂言なのか? を判断するのも僕たちの仕事なんだ。プレイヤーの動きに対して対応すべき動きが間違っているかどうかはAIプログラム自分自身では当然判断出来ないからね。

 一応『複数のAIによる多数決』処理による運営システムとかパンフレットでは歌っているけど。実際のところ優秀なAIほど全て同じ結果を出すので多数決の意味が無くて、完全一致になっちゃうんだよ。


 逆に答えが一致しないAIにはバグが入っているという事と同じなんだよ。だって、プログラムされた想定外の動きをするという事だからね、それはAIとは言えないよ。

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