短編

あまぎ(sab)

自由な神様


なにもかも億劫になっていた。


「人間なんてみんないなくなってしまえ」


なんの根拠も理由もない、ただの独り言だった。誰にでもあるような、誰にでも言えるような、ただの吐露。

それを聞いていた神様が、なんの根拠も理由もなく「じゃあ叶えてあげるよ!」と明るい声で云った。


外に出てみると、街はすっからかんだった。

静かにゆれるブランコ。

ベランダの手すりから転がったであろう火の点ったままの煙草。

コトコトなり続ける鍋。

みんなみんないなくなって、街には僕一人だった。


ふと退屈だな、と思ったら、地面にどさどさと大量の漫画とゲームなんかが落ちてきた。どれも最新作の面白いものばかりだった。


ふとお腹が空いたな、と思ったらキッチンで物音がして、見に行くと机にできたでの夕食が並んでいた。僕の好きなものばかりだった。


しばらく暮らして、お気に入りのアイスを食べながら呆然とこんなことを考え出した。

なんで僕の願いだけ叶えてくれたんだろう。

僕以外だって皆思ったことあるだろうに。

僕以外にもこの世界のどこかで一人暮らしてる人がいるのかな。

部屋の天井から明るい声が答える。


「いいや、君以外に誰もいないよ!」


へえ、と僕はそっけなく呟く。

下に目線を戻すと溶けたアイスが服に染みを作っていた。

じゃあ死んだらどうするんだろう。

神様はにっこりと笑って答える。


「君は死ぬことはないよ!歳をとることもないし、実際は飢えて死ぬことも怪我をして痛いをみることもない。ずっとここで自由に暮らすんだ!素晴らしいだろう?」


僕は呆然とした。

一人になった自由よりも、ただただ「どうして僕が」の言葉で頭が一杯になった。

なんで僕の願いを叶えたんだろう。

僕以外だって皆思ったことあるだろうに。

僕以外だって、みんな自由に生きたいって思っただろうに。

僕以外だって………

みんな、死にたくも、苦しみたくも、ないだろうに。

僕は泣き叫んだ。

泣きながら、台所から包丁を持ってきて首に押し当てた。




「おやおや、ずいぶん汚したね」

……床に散らばった血を睨み付けながら、持っていた包丁を空へ放り投げた。

何度も何度も刺した傷は一瞬にしてふさがってしまった。痛みなんて少しもなく、おもちゃの積み木のように転々と落ちていた肉片も、さらさらと蒸発して消えてしまった。

僕は天井に向かって力一杯叫んだ。


「もういやだ」

「ここにはなにもない」

「人の声も、美味しいご飯も、甘いお菓子も、面白いゲームも、僕の好きなものは何もない」

「ここには"僕"さえいない」

「もういやだ」


神様は笑った。

「そりゃそうさ。ここには君と僕しかいない。だって君の願いを叶えたんじゃないもの。あはは!やっぱり人間の子供はおもしろいなあ!こんなことで泣いてくれるなんて、もっと早く遊べばよかった!」

神様は満足したように、姿を表した。


ボロボロの服にぼさぼさの髪、僕とそう年の変わらない男の子のようだった。

僕は床に転がっている包丁を握ると、勢いよく神様の胸に突き刺した。

一瞬驚いたような顔をしてから、にっこりと神様は笑った。


「よかった。君はまだ置いていかないんだね」

安心したように、神様は姿を消した。



どこかでスーツを着た若者が街を歩いていた。

なにもかも億劫になっていた。

「人間なんてみんないなくなってしまえ」

なんの根拠も理由もない、ただの独り言だった。誰にでもあるような、誰にでも言えるような、ただの吐露。

それを聞いていた神様が、なんの根拠も理由もなく「じゃあ叶えてあげるよ」と、今度はいつものしわがれた声で笑った。

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