第15話 ヤバイヤバイヤバイ

「ぐすっ……ぐすっ……」


「……なんで泣いているんですか……月見里先輩」


「聞いてくれるか」


「いえ、全然聞きたくないんですけど……あっ! 服を掴まないでください! 聞きます! 聞きますから、離してください!」


 ここまで心配させたならば、俺も言いたくないが、言わねばならない。

 失意の先輩をまるで腫れ物に触るかのように放置し、というか一時間くらいほったらかしにされ、最後本気で泣きかけたが、かがみんがそこまで俺を心配するのならば言うしかあるまい。


「でな、かがみん」


「かがみん言わないでください」


 脳内呼称で呼んだら、注意された。いつか受け入れてほしいものである。


「男としての尊厳を失った男を、女性はどのように見るんだ?」


「はい? 意味がわからないんですが」


「これは各務原がおとこの中のおとこと見込んで言うのだが」


「あの、まず私はれっきとした女性ですが、巫山戯たことを言ってるとふっ飛ばしますよ」


「いや、男の気持ちもわかるという意味なだけだから他意はない」

 

「目線が胸の部分にいってました」


 それは被害妄想だ。

 かがみんの胸はBカップ以上であると、俺はちゃんと知っている。なさそうであって、脱ぐと凄いと一部の界隈で評判だ。直に見たことはないので、是非見たいと思う。無論、知的好奇心からだ。ちまたでは、Bカップは普通か貧乳かで判断が分かれるという。人によって意見はバラバラで統一されていない。俺もまたどっちになるかは決めかねている。

 百聞は一見にしかずの言葉通り、実際に見ないと判断できないだろう。

 つまり、学術的探究心を満たすためにかがみんの胸を見たいのである。


 インドアな後輩をプールに連れて行くにはどうすればいいのだろうか。勿論、これは普段運動をしない後輩を案じた先輩の気配りであり、かがみんの裸体を見るのは無理だから、せめて水着姿で我慢しようという感情ではなかったり。しかし、水着にパットがあるって本当なのかな。ビキニでも自然にかさ増しできるの? 信じられないんだけど、現代の科学技術ってそこまで進化しているの?


 ……ゴホン。

 脱線してしまった。胸がどうこうじゃない。

 かがみんに相談したいことがある。

 いや――――

 

「エロゲーを秘かにプレイするかがみんだからこそ相談できる話だ」


「なっ!!」


 かがみんが席を飛び上がって驚いた。それはまるで猫が毛を逆立てて驚く様子に似ていた。

 本人はバレていないと思っていたのだろうが、甘い。先輩はなんでもお見通しだ。というか、セーブデーターにセーブした瞬間の日時が表示されるので、ゲームをセーブしたらモロバレだ。

 バレていないと思っている方がおかしいんじゃないかな、かな!


「ぐぬぅぅぅぅ!!」


 俺がそう言って優しく諭してあげると、感謝の意味からか顔を真っ赤にさせて睨んできた。

 あの、自爆したのはかがみんの自業自得なんですけど。


「そもそもっ! なんで、PCにエロゲーが入っているんですかっ! 不潔ですっ!!」


 これがPCに入っているエロゲーを全クリアーした人の台詞ですか!

 十時間以上の時間をかけてバッドエンドも網羅して、CGもフルコンプした人の台詞ですか!!


「まぁ、悪戯心からかな。入れておけば、各務原がやるかなって。まさか本当にやるとは思わなかったけど。面白かっただろ?」


「うぐぅ……月見里先輩の悪逆非道な罠に引っかかってしまいましたっ……」


 文芸部の部活動は原則学校がある日は毎日あるのだが、特定の曜日だけ俺のいない日、かがみんだけの日がある。

 これは漫画やアニメにしても、ゲームにしても一人だけでプレイする方が捗る場合があるからという理由。自宅では娯楽が制限されているのだから、たまには一人で羽を伸ばせる環境が必要だろうという配慮だ。かがみんが入部した当初は今ほど懐いてはなかったし。

 まぁ、ちょっとした悪戯心からちょっとエッチなものをPCに仕込んでいたのだが。プレイ時間が短くても、楽しめる良作を仕込んでおきました。


「でも、あれですっ! 先輩のような性欲を解消しようという穢れた思いからじゃなくっ! 痴的? ち、てき ……そう! 知的好奇心からですっ! 男もすなるエロゲーといふものを女の私もしてみるとするかーという学術的探究心からなのです!」


「ふむ、学術的探究心か」


 どこかで聞いたことがある単語だ。

 それを言われたらおいそれと否定するわけにもいかない。


「そうです! 見聞を広めるためにも一度やってみようと思ったのです!」


 かがみんはいけると思ったのか、語気を強める。

 だが、


「それで一つでは飽き足らず、PCにあるエロゲーを全部クリアーしちゃったわけですか」


「それを言うのは卑怯ですよぉぉぉぉぉ!!」


 その一言で耐え忍んできたかがみんの心が決壊した。

 えぐえぐと泣きながら机に突っ伏しはじめた。十中八九泣き真似だろうが、なんだか悪いことしているみたいだ。確かにエロゲ初心者でも抵抗なくプレイできるゲームを選んだし、かがみんの好きそうなストーリーを中心に選んだのも俺だが。これはかがみんが楽しんでプレイできるようにと善意の心でやっただけだ。


「うぅ……月見里先輩はサドですっ! すごくサドですっ! ここまで可愛い後輩を辱めて何が望みなんですかっ! うぇぇぇぇん!!」


「あ、かがみんがやったシリーズの新作がもうすぐ出るけど、やる?」


「先輩はクズですけど、最低のクズではないって信じてましたっ!」


 褒めているようで貶しているよね、それ?

 あと、やはり泣き真似でした。面を上げたかがみんの顔に泣き跡なんてなかった。


「で、本題なんだが……」


「はい……」


 かなり脱線したが、相談したいことがあるのは本当だ。むやみやたらと、かがみんを辱めるためにエロゲー履歴を暴露したわけではない。


「女性にとって、その……男の……機能がない? 人はどのように映るんだ?」


「はい? ちょっと抽象的でわかりませんが。機能ってなんです?」


「つまり……」


「つまり?」


 これは俺にとっても恥を告白するようなもので。話をするのも勇気がいる。


「牙の抜けた狼やたてがみを失ったライオンは、異性から見たらどのように映るかという話だ」


「あの、具体的なようで全然具体的な話になってませんよね?」


「察しが悪いぞ」


「まさかの非難!?」


「こう、先輩のピンチを察して、尊厳を守るように優しく気遣って、それでいて良い対処法を教えてくれるのが各務原の役目だろう?」


「すごい無茶ぶりが来ましたよ!? あの迂遠な婉曲表現でどう察しろと」


「実はEDになった」


「豪送球が飛んできました!!」


 ああああ。

 恥ずかしい。言うんじゃなかった。なんで俺はかがみんに男の恥を暴露してしまったのだろう。脳内の悪魔や天使はよくやったと俺を褒めるが、全然嬉しくない。コイツラを消す方法を知りたい。


「もうちょっとボカしていってください。ちょっといきなり下ネタを言われるとなんと言っていいか……」


宦官かんがんの人の恋ってどう思う? あれって女性に求婚されても、その、夜の……行為? できないんだぜ?」


 宦官というのは、去勢された男性で主に宮廷に仕える役人の人達のことだ。男性の象徴を切り落とされようが人間だもの。恋だってするだろう。


「今更ボカしても意味ないですよ! それに、なに純情気取ってるんですかっ!」


 理不尽な!?

 穢れのない清純な体が売りなのに、純情じゃないとはこれいかに。


「婉曲に言っても、かがみん怒りそうだったし」


「まさかそんなこと言われるとは思いませんよ!! そんな話、男子の中だけで済ませてくださいっ!」


「クラスの仲がいい男子達に話したら、無言で涙ながらに抱きしめられた」


「うわぁ……キモチワルイ」


 ひでぇ!

 そりゃ、絵面的にはちょっとアレな、近寄りたくない感じだけど、中身は美しい友情なんだぞ! 友を想って涙を流すなんてなかなかないだろ!


「俺が怪我しても「え、月見里はこれからそういうキャラでいくの?」とか「天罰だ」とか「それって税金だよね? 乙藤先生や朝比奈さんとイチャイチャした分の」とか、「そもそも月見里って字、読みにくくない?」とか言って、ほとんど心配してくれなかったのに、勃たなくなったと話したときは馬鹿にもせず、親身になって心配してくれたんぞ!」


「普段、月見里先輩がクラスでどういう扱いなのか非常に気になるのですが……」


 普通です。

 いてもいなくても変わらない空気のような存在感で生きております。


「で、医者にも話したんだ」


「あ、病院行ったんですね。なら、私に話をする必要ないんじゃないですか」


「専門外って言われた」


「えぇぇぇぇぇ!!」


「整形外科はそういうものじゃないって」


「どこに行ってるんですかっ!!??」


 いや、帰宅途中に肘を見てもらったおじさんがいたから、相談しただけなんだけどね。

 解決できない代わりにタクシーに乗せられ病院まで案内された。あと断ったが、治療費も全額出してくれると言われた。

 男の友情はときに年齢や立場さえをも容易に乗り越える。


「まぁ、専門のクリニックに連れて行ってもらったんだが」


「はぁ」


「ストレスなどの心理的原因なものだから、治るかどうかは本人次第と言われた。治すにはストレスのない生活をって」


 お医者さんには成人男性の約十%は機能不全に該当するものだと言われた。特別俺がおかしいわけではない。誰にだって起こりうることなんだと励ましてもらった。

 原因としては加齢や病気からくる身体的原因と、ストレスなどの心理的原因の二つに分かれるという。俺は後者の可能性が高いと診断された。


「言われても困る解決法ですよね、それ。具体的な要素がないというか」


 環境を変えろってことだろうが、言われてすぐ変えられるほど楽なものではない。人間関係にしても仕事にしても学業にしても、ストレスなくできたらと思うのだが、そんなことできればやっている。できないからストレスがたまるのだ。


「ぐっすり寝て、栄養あるもの食べたら治るのでは、とか言われた。睡眠時間は十分取ってますってツッコミたかった。得るものはなく、お金だけ払って帰った」


 一応薬とか貰ったけど、効いてないんだよなぁ。

 まぁ、効かないだろうなと自分でも思っていたから落胆とかはないが。


「ご愁傷様です」


「性欲だけはあるんだけど、勃たないんだ! これがマジで困る!」


「セクハラ! セクハラですよ、それ!!」


 俺も誤解していたのだが、EDは性的興奮をしなくなるということだと思っていたが、実は違う。勃たなくなることをED(勃起不全)と呼ぶらしい。もうちょっと正しく言えば、十分な勃起を得られない、または勃起を維持できない状態をEDと呼ぶ。俺は前者。脳が興奮状態でも体が反応してくれないんだ。


「恥ずかしいのはこっちも同じなんだ。我慢してくれ」


「いえ、その……私が我慢しなくちゃいけない理由がわからないのですが」


「かがみんの透けブラいいなぁ、エロいなぁって思っても反応してくれないんだぞ!」


「セクハラァァァッ!! 完璧にセクハラですよね、それっ!」


「ところで、なんで女子ってブラとか透けてても気にしないの?」


 夏になると、男にしても女にしても白いワイシャツで過ごすのだが、普通にブラが透けていたりする。気にする人は薄いカーディガンやキャミソールなどを着ている。透けないようにしている人もいるのだが、女性の中の数割は透けたまま過ごしている。

 男としては見ても問題にならないかと困るものだったりする。色だけではなく、柄まで見えるときがあるからなぁ。見ていたら犯罪をおかしているかのような気分になる。見せブラとかあるらしいけど、そんな感じなの?


「よいしょっと」


「あぁぁ!!」


 なぜか、かがみんが上着を着始めた。暑いんだから、上着取ろうよ? ワイシャツの白い清楚さが、かがみんに似合っているんだぜ?

 

「さてと……」


「あの、謝るから距離を取らないでほしいのですが……」


 ちょっと、暴走しただけじゃな……はい、俺が悪かったです。ごめんなさい。え? 帰りにタピオカドリンク? はい、おごらさせていただきます。


「で、月見里先輩は何を言いたいんです? まさか、自分の性を暴露して興奮を得ようと?」


 俺の熱意ある説得で無事かがみんの怒りは鎮火した。したが、胡乱げな視線で俺を見ているのでまだ誤解が燻っているようだ。


「いや、その域まではまだ達してない……」


「まだって言わないでくださいよっ! どこに行こうとしてるんですか! 変態街道まっしぐらじゃないですかっ!?」


 冗談だ。

 かがみんがジョークを言うから、乗ってみただけだ。


「その……前、各務原が恋人になってくれるって言ってたよな」


「その話、盛り返します!?」


 かがみんが信じられないものを見るような目つきで俺を凝視してくるが、俺も馬鹿ではない。かがみんが言いたいことも十分わかっている。

 だが、俺の考えを聞いたら一考の余地があると認めてくれるだろう。


「触れるのが駄目なら各務原が自主的に服を脱いでくれればオッケーなことに気がついた」


「アウトですよ!!」


「ええっ!!??」


「なに、驚いてるんですか! 考える間もなくアウトでしょう」


「全裸じゃなく、下着だけでいいから!」


 ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックというのを知っているだろうか。

 交渉術の一つで譲歩的要請法とも呼ばれる。依頼や交渉の際、最初に難度の高い欲求を出して相手に一旦その案を拒否させて、それから先程の欲求より難度の低いものをだす手法だ。

 人は誰かの欲求を拒否すると、断ってしまったと罪悪感を感じることがある。この後ろめたさを利用して、こちらの最も望ましい要求を承諾するよう相手を導く。これを使えば、かがみんもうんと頷くはず……。


「いえ、譲歩したようで全然譲歩してないですからね? 断固拒否します」


「下着は黒の妖艶なものが好みだけど、一周まわってかぼちゃパンツもありな気がしてきた。エロさはではなく、健全路線でいこう。これなら、かがみんもニッコリ……」


「しませんよ!! 譲歩どこか要求水準高まってますからね!? 変態です! ここに変態がいます!!」


 ちっ。

 交渉術だけで問題を解決できたら、戦争なんてないものな。諦めるとしよう。


「で、話を変えて、テストが明けたら、各務原が俺の部屋に来るって話だけど」


「話変えてます!? 今の話の流れからして、すごく行きたくないんですけど!?」


「大丈夫だ。問題ない」


「いえ、月見里先輩が問題なくても、私が……」


「考えてみろ。俺は男性機能を失って安全。各務原も安心。襲われる心配がないからな」


「……それはそうですが」


 ちょろい。

 人間勃たなくても危険がある。それをかがみんはわかっていない。 


「もし万が一、勃つことができれば、あとは流れでお願いします」


 立ち合いは強くあたっていいから、後は自然な流れでいこう!


「やっぱり危険じゃないですかっ! 絶対連れ込んで何かする気でしょう!?」


「ということで、お願いできないかなってえへへ」


「可愛い子ぶってますけど、かなりゲスな提案ですからね! クズです! 最低のクズですっ、この人っ!」


 かがみんが俺の方を指差しながら怒る。その指をした先、俺の後ろに時計があるのだが、振り返ると時計の短針が六の数字に近づいてきているのが見えた。どうやら思ったより長時間話をしていたみたいだ。


「さてと、かがみんを弄って遊んでたら下校時間だ。帰るかー」


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


 その後、めちゃくちゃ怒られました。

 タピオカドリンクもちゃんと奢りました。はい、反省しております。まぁ、いたずらにかがみんをセクハラしたかったわけではない。ちゃんとした理由もある。

 頭上に見える数字の意味。この数字がなんなのか、なぜ振動するのかという理由を知りたかった。かがみんを下ネタでセクハラしている最中、ずっとかがみんの数字は振動中だった。振動に強弱はあれど、地震が起こったかのように数字が震えていた。数字の意味はまだ考察中だが、なぜ振動するのかはそのお陰でわかってきた。 

 そして、かがみんに男の危険性について少しは教えられたと思う。どんな男だろうと男の家に入るのは危険があると。

 

 だが、それでもかがみんは俺の家に遊びに来ることを撤回しなかった。これは俺が信頼されているのか、かがみんの警戒心が足りないのか。


「月見里せんぱーい。そのイチゴミルクタピオカほしーなー。一口ほしーなー」


 さっきまでの剣幕はどこへやら。無邪気な顔で一口頂戴とせがむかがみんを見て思う。

 せめて、この笑顔を裏切らないようにしなければなぁと。


 ……まぁ、俺が言っても全然信用ない話ではあるが。

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