02 春の始まり

「さぁすが若いだけあって こりゃ、日本の未来も明るいわい!」

「ふたりともありがとうね」


 杖を突きながら曲がった腰をさらに少しかがめる老夫婦。


「いえいえ、そんな」

「あたしは困ってる人を放っておけない性質(たち)なだけです」


 豪篤と女は謙遜した。老夫婦は驕らない若い男女が気に入ったらしく、ばあさんがカバンをガサゴソさせる。


「あなたたちふたりはカップルなのかしら?」


 豪篤と女は思わず顔を見合わせた。それから声をそろえて、


「違います!」

「あら、そうなの~。なんだかもったいないわね。お似合いそうに見えるのに」

「そ、そうですかね」


 豪篤は照れながら頭を掻く。対して横の女は小首をかしげただけだった。


「それじゃあ、余計にこの出会いを大事にしなくちゃね」


 若いふたりが頭にハテナマークを浮かべている。構わずばあさんが続けた。


「何気ない出会いというのは、時に大きく運命を変えてしまうことにもなりえるの」

「わしとばあさんが初めて会ったのも、人助けがきっかけだったのう」

「あなたたちが私たちのようになるとは限らない。だけど、この偶然の出会いを大事してもらいたいと強く想うの」


 ばあさんが畳んだティッシュを豪篤の手を握らせ、再度ふたりに礼を言って、踵を返して去っていった。去りゆく後ろ姿は同じ歩幅で、喜びも悲しみも共に味わってきた理想の熟年夫婦像であるといっても過言ではなかった。


「どうする?」

「ご祝儀なのかな……?」


 残されたふたりはティッシュの中身をあらためる。そこには、何層にも折り畳まれた一万円札が一枚あった。


 * * *


 ふたりは老夫婦の助言に従ってみることにした。せっかくの好意を無下にするのも気が引けたからである。お互いの自己紹介を済ませながら、女――杉江(すぎえ)渚(なぎさ)の案内で近隣を散策したり、喫茶店でコーヒーを飲みながら色々と語り合った。


「渚って恋人いないの!?」

「悪いかしら」

「いやいや、悪くもなんともないけど……。だってさ、こんなに美人でスタイルがいいんだぜ? 非の打ち所を探すほうが大変だ」

「ふっ……」


 渚は鼻で笑う。それを好意的に解釈した豪篤は、上機嫌でコーヒーを口に運んだ。


「じゃあさ、あたしと付き合ってみる?」


 豪篤がブッとコーヒーを噴き出す。幸い、コーヒーカップの中に噴出したので、渚に無様な姿を見られるという事態は避けられた。


「い、いいのか!?」

「いいわよ。どうせ春休みで暇だし、誰かと遊びたいと思ってたし。それにアンタは、見ず知らずの他人を助けられるいい奴だしね。悪い奴ならお断りだけど」


 渚の引き締まった表情が笑みでくずれる。完全にハートを射抜かれた豪篤は、興奮を隠せない様子で立ち上がり、天に向かって高々とガッツポーズをした。


「よっしゃ―――――ッ!!!」

「うるさいわよ」


 今の豪篤に渚のたしなめる声など耳に入りやしなかった。


(俺の春が、今ここで、始まったんだッ!!)


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