六話:一つの終わり
「カカッ!うん。やっぱり良いな......ここは。」
大きな城の屋根の上、人の残した明かりが都を照らす様を見ながら、鬼は相も変わらずヘラヘラ笑うと、持ち込んだ杯に、同じく持ち込んだ瓢箪から酒を注ぎ、ソレをグビリグビリと飲み干した。
そこは酒呑童子が酌の際に良く訪れる場所だった。
すっかり見慣れた風景、いつも通りの場所で行う、いつも通りの行動。
ただ今回はいつもと違う事もある。
「さて、そろそろ逝くか。」
呟くと、中身を飲みきり空になった瓢箪と杯を置く。
「いつでも良いぞ。」
そうして静かに目を閉じると、背後にいるカガリにそう言った。
「承りました。でわ小鳥さん、先程も申しましたが、あの方を助けたいと思う気持ちを大切に持っていてくださいね。」
ツバメが頷き、カガリも頷くと、抜いた刀の刀身に触れる。
すると何やら、小さな文字達が刀身の周りに無数に浮き出し、火の粉のようにパチリパチリと音を立て灯り始める。
それらは意味の無い文字の羅列ではない。
それは願い。
ツバメの中に生まれた思いは願いへと変わり、一つ一つ、小さな光となって刀に集まると、揺らめき、そして火を灯す。
緋色の刃は茜に染まり、刀身は静かに燃えている。
それを確認すると、カガリは一度刀を鞘へ納め構えをとる。
「それでは参ります。」
「ああ......頼んだ。」
炎が走る。
雷のように早く。
刀身は振るわれた。
刀は役目を果たしたのだ。
しかし鬼の身体には傷一つ付いておらず、血の一滴も流していない。
切れなかったのだろうか?
いいや、それは違う。
そもそもこの一太刀は鬼の命を刈り取るために振るわれた物ではない。
それはツバメの願いを叶えるために振るわれた物である。
行き着く結果は同じであれ、しかし大きな違いがあった。
刀に込められた願いが鬼を傷付ける事であったのならば、その刃は間違いなく首を飛ばし、肉体を焼き払っただろう。
しかしそんな願いは何処にもない。
故に、この一太刀は肉を切らず骨を断たない。
ただ静かに、ただ安らかに、鬼の肉体から魂を切り離し、そして行くべき場所へと送り届ける。
首を断たれ、世界が終わっても尚死ななかった最強の鬼の最後は、実に呆気なく、そしてとても静かな物だった。
カガリは緋色に戻った刀を納め、ツバメは綺麗に残った鬼の亡骸を静かに見ていた。
これはきっと、いつか自分も辿り着く光景なのだろうと、そう思いながら。
鬼の亡骸はそのままにしておく事にした。
長い間閉じ込められていたのだ、また土の中に閉じ込めるのも可哀想だろう。
それから二人は、すぐに都を出る事にした。
まだ広い土地の一部しか見れていなかったが、しかし他人の墓に一緒に入るのもあまり良くないとカガリは思ったからである。
最も、墓の主人はそんな事「カカッ!」と笑い飛ばして気にも留めないだろうが、それでもだ。
しかしその前に、一つやるべき事がある。
それは風鈴を貰う事だ。
助けるための口実だったとは言え約束は約束である。
去る前に二人は土産物屋へ足を運ぶと、最初来た時同様に飾られている風鈴を手に取り、刀の鞘の下緒さげお近くに吊るした。
そんな所に付けて割れないかな?と心配そうなツバメに、カガリは「大丈夫ですよ。」と笑いかける。
「こうする事で私......いえ、刀の一部になりましたから、並の衝撃では壊れません。」
刀の一部になると何故壊れないのか、ツバメにはまったくわからなかった。
カガリも自分で言ってて可笑しな事に気づいたようで「あれ?」と頭を傾げていた。
それでもまあ、カガリが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろうとツバメは納得する事にした。
こうして本当に、もうこの場に残る意味はなくなった。
無人の都にチリンチリンと音を響かせ、二人はその場を後にした。
これから何処へ行くの?とツバメが言う。
カガリは少し考えると
「東へ向かいましょう。」
とそう言った。
「私は足を運んだ事が無いのですが、東にも変わった街があるそうです。」
どう変わっているのだろうと頭を傾げるツバメ。
そんなツバメにカガリは言う
「何でも一夜限りの夢が見れるとか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます