Ⅱ-Ⅷ 碧依の苦悩 ①
「触らないでよっ! 涼太君なんて大嫌い!」
私は最悪の捨て台詞を吐いて、会議室を飛び出した。
そしてエレベーター前まで来てはたと立ち止まる。
勢いで出てきたのはいいものの、行く当てなどないことに気付く。
「あぁ、もう私のバカ」
自分のバカさ加減に嫌気がさした。
今からでも二人のもとに戻ろうか。しかし、大嫌いと言ってしまった手前涼太君に合わせる顔がない。
では、総務部の方は? これも駄目だ。私たちの仕事を代わりにやってくれている二人に対して喧嘩して仕事を投げてきましたなんて言えるはずもない。
「……」
八方塞がりのこの状況に思わず絶句してしまう。
「どう……したの?」
するとエレベーターが開き、くーちゃんこと黒川さんが姿を見せる。手にコーンポタージュが握られているところを見ると、恐らく食堂まで飲み物を買いに行っていたのかもしれない。というか、サーバールームから出てきたところを初めて見た気がする。
サーバールーム?
「くーちゃん!」
「っ!?」
私はくーちゃんの両肩をガシッと勢いよく掴む。
彼女は目を白黒させながら「えっ、えっ?」と狼狽していた。
「お願いがあるの」
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「え、普通に嫌なんだけど」
私たちはサーバールームに場所を移動し、今まであった経緯をほんのり誤魔化しながら、協力して欲しいと伝えた。すごく露骨に嫌な顔されたけど。
しかしそれは想定の範囲内。私には彼女がどうしても協力しなければならない秘策があるのだ。
「これを見てもそんなことが言えるのかなぁ」
私はポケットから小さな銀色のそれを取り出した。
すると、くーちゃんの目の色が瞬時に変わる。
「こ、これをどこで……」
「いやぁびっくりしたよ。まさかこんなものが私についてたなんて」
そう、それはひーちゃんのうなじ辺りに取り付けられていた何か。
これが何かは分からないけど、恐らくこんな訳の分からないものはくーちゃん関連だろうと踏んで鎌をかけたのだけれど、ドンピシャだったみたいだ。
これに気付いたきっかけは涼太君がせっちゃんこと、瀬戸さんに不穏な動きで近づいたことだった。
ゴミがついていると言いながら、首筋を何やら触っていたので、怒りの感情がふつふつと沸いてきたのだけれど、よくよく観察してみると、ゴミをとっているというよりは、どちらかというと何かを剥がしている動作に近かった。
まさかと思って私も自分のうなじに手を伸ばしてみると、ポチっとしたものがなにかひっついていたのだ。
慌てて外してみると、それは何か銀色の小型の機械のようなものだった。
そこで私はピーンと来た。これが何かは分からないけれど、こんな機械関連で考えられるのは一人だけ。
「きっと涼太君が何か裏で動いてるって思ったんだよ。だから私は自分で気づいたことをバレないよう、アルミホイルで作った偽物をのりで貼っておいたんだよ。全ては黒幕がくーちゃんだって分かって後で取引をしようと思ってね」
嘘です。取引云々は今思いつきました。
あと、偽物を貼っていたのは私も涼太君に触って欲しかったからです。
いいじゃん! 好きな人に触られたいと思っても!
「こんなもの勝手に私たちにつけるなんて、人としてどうなのかなぁ?」
これが何かは分からないけれど、分かっているような風が大事。
「で、どうするの? くーちゃん?」
そしてダメ押しの一手。
「くっ、分かった」
くーちゃんは悔しそうな顔でコクリと頷いた。
碧依大勝利! 心の中でガッツポーズをとった。
何とかサーバールームを作業場所として確保した私が、早速ノートパソコンを借りて作業をしていると、くーちゃんがパソコンを使って何かをタイプしているのに気付いた。
正直気にはなったけど、今は商品開発の方が先決なので放っておくことにした。
「碧依、こんなところに居たのか」
程なくして一人の来客者が姿を見せる。
涼太君だった。くーちゃんの差し金ということは何となくわかったけれど、それでも迎えに来てくれたのかなと思うと、少し心が跳ね上がってしまった。
だけど、大嫌いと言ってしまった手前、どう喋っていいのか分からず、思わず無視をしてしまう。
「あのー、碧依さん?」
再び涼太君のかっこいい声が耳をくすぐる。
だけど、臆病者の私はどう返して良いか分からず、再び無視をしてしまった。
次、次話しかけてくれたら絶対に返事をしよう。
そしてごめんなさいって謝るんだ。
私はそう心に決め、次の言葉を待った。
しかし、待てど暮らせど、涼太君からは三の句が飛んでこない。
「いや、何か碧依に嫌われちゃったみたいで。会話もしてくれないよ」
不意に、涼太君の気落ちしたような声。
えっ、待ってもう諦めちゃうの? 次の、次の一言で私は――。
けれど、私の願いは空しく虚空へと消える。涼太君はくーちゃんと少しお話した後、サーバールームを出て行ってしまった。
再びサーバールームは静寂に包まれる。
心が抉られるようだった。三度目を期待した私はなんて浅はかだったのだろうか。
せっかく、涼太君がもう一度、二度までもチャンスをくれたというのに。
「涼太君のバカ……」
本当に悪いのは私だ。そんなこと分かってる。
だけど、どうしようもない感情はどうしても彼へと向いてしまう。
『私の気持ちに気付いて』
そんな傲慢以外の何物でもない思いをはらんで。
だからこそ、そんな言葉は、気持ちは、静かに動き続ける機械たちにただただ吸収されていくだけ。
届けたい相手には、届くはずもないんだ。
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