Ⅱ-Ⅶ 助っ人推参 ①
「全面戦争になったの」
「大丈夫? 働きすぎで頭おかしくなった? ゴフゥッ」
そう返す俺のみぞおちに柊木さんはパンチをした。
クリーンヒットさせるあたりさすがと言わざるを得ない。おえぇ。
「しょうもないこと言ってると殴るわよ」
「もうすでに殴っている件について、いえ何でもありません」
無表情でファイティングポーズ取らないでもらえます? 防衛本能から土下座しかけてしまっただろ。
「ったく。それで話は戻すけど、全面戦争になったのよ」
「詳しく」
kwsk。
「何とか碧依を説得してもらおうと部長に相談してみたんだけど……」
「……という事情なので部長からも何とか碧依を説得していただけないだろうかと」
「ふむ。それは面白い」
「はい?」
「よし! ここは一つ、柊木・佐和連合軍vs五葉・黒川同盟軍という図式での戦いということにしよう。ライバルが居たほうが競争心も出て成果があがるかもしれんしな」
「えっ!? ちょっ、部長!?」
「善は急げだ。瀬戸、サーバールームに居る二人に開戦を告げよ」
「御意です~」
「あっ、待って藍那! なんてすばしっこいの……」
「第一次総務部大戦の火蓋は切って落とされたのだ!」
「なーにが、火蓋は切って落とされたよ。ふざっけんじゃないわよ!」
柊木さんがガンガンと会議室のテーブルを殴る。
あーあ、そんなことしたら瀬戸さんの仕事が増えるだけなのに。ほらー、ちょっと傷ついちゃった。
「でもこうなったらやるしかないわ。
そして柊さんは高々と拳を掲げた。
「第一次総務部大戦は私たちの勝利で終わらせるのよ!」
――、ノリノリやん。
ってか、さっきから総務部大戦総務部大戦って言ってるけど、言ってみればただの内戦だからなこれ。内輪もめだよ内輪もめ。
それに第一次ってことは第二次、第三次があるんですか? もうやだ。
「私たちの手で、休日を勝ち取るわ」
「詳しく」
kwsk。
ずぃっと俺は身を乗り出して柊木さんに尋ねる。
「今回勝った方には、ご褒美として有給を取得できる権利が与えられることになったの。部長からのご褒美よ」
瞬時に俺の心が揺さぶられる。
有給だ、と?
「かつては当たり前に取得されていたが、一時期からその存在は無いものとして扱われた幻の制度と言われるあの有給のことか……?」
「そうよ。それも2日も」
「がはあぁっ!」
俺は意識を持っていかれそうになる。
2日、2日も出勤せずして給料が貰えるというのか。
「しっかりするのよ涼太。倒れるにはまだ早いわ」
「あぁ、みたいだな。俺の中のやる気スイッチが完全にオンになっちまったぜ」
そして俺と柊木さんはガシッと握手を交わす。
「もう勝つこと以外は眼中にないようね」
「あぁ。碧依には悪いが本気を出させてもらおう」
俺と柊木さんは互いに見つめあう。
それは決して男女の甘いものではなく、言わば無言の結束。
まさしく俺と柊木さんが同士となった瞬間だった。
「涼太。暁の水平線に勝利を刻みましょう!」
「っしゃーおらー! ド級戦艦でもなんでも引っ張ってこいやー!」
……。
……。
「こんな感じのノリでいい? 柊木さん」
「うん。じゃないとやってらんないわ」
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「あー辛い、あー辛い」
「それ、モチベ下がるからやめて」
その後俺と柊木さんは3日間寝る間を惜しんで商品開発に取り組んだ。
結論から言おう。
全然進まねえ。
そりゃそうだよな。だって素人二人だぜ。いくら気持ちを同じくしたところで無理なものは無理なんだよな。
「あー辛い、あー辛い」
「だからやめろっつってんでしょ」
だってさーやってらんねーよ-。
世間ではさー、今って日曜日な訳よー。
世のリア充たちはさー、街に繰り出してキャッキャウフフと乳繰り合ってる訳よー。
爆ぜろよー、マジでー、爆発しろって思う訳よー。
そうじゃなくてもさー、去年までの俺はさー、家でだらだらとさー、寝たりさー、ゲームしたりさー、してた訳よー。
今はさー、過去の商品の問題抽出してさー、仕事してさー、マーケティングのための情報を収集してさー、仕事してさー、ニーズに沿った案を捻りだしてさー、仕事してさー、仕事してさー、仕事してる訳よー。
もうねー、やってられないってかねー、あー辛いしかさー、喋ることが無くなる訳よー。
あっ、コウメちゃんから煙出た。
「黒川さんとこ出張言ってくる」
俺は重い腰をゆっくりと持ち上げた。
「8回目ね。そのオンボロ突っ返して来たら」
「そんなこと黒川さんに言ったら、多分俺は二度と日の目を拝めないから無理」
俺の相棒のサクラちゃんは総務部に設置されているので動かすことはできない。
故に、黒川さんからはコウメちゃんというノートPCを借りているのだけれど、如何せんスペックがクソ。
フリーズしたまま動かなくなること5回、煙が出ること2回、爆散すること1回だ。わざとそういうPC俺に渡してんじゃね、これ。ってか普通パソコンて爆散する? コウメちゃんはリア充なの?
しょうもないこと考えているこの時間も惜しいので、俺は足早にサーバールームへ向かった。相変わらず極寒の地ですねここは。
「黒川さーん。コウメちゃんが乙ったー」
「いらっしゃいリョータ」
黒川さんは思いのほか元気なのか笑顔で対応してくれる。
やばい、かわいい。寝返ろうかな俺。
「待ってたよ」
あー、癒されるー。
ん? 待ってたよって何? はっ、まさか!?
「孔明の罠!?」
フフフと怪し気な笑みに黒川さんは変わっていく。
「そろそろ可哀そうかなと思って。でもこれで随分そちらの足止めはできたよね」
しまった、黒川さんは碧依サイドだったんだ。
「五葉さんが使い物にならなくなったから強硬手段を取るしかなかったの。ごめんねリョータ」
くそう。考えれば確かにおかしかったんだよ。やっぱりパソコンは勝手に爆散しねーよ。コウメちゃんはリア充じゃないんだから。彼女は男子と手を繋いだこともない純粋無垢な少女なんだよ。……何を言っているんだ、俺は。
「でも、もう必要ないからコウメちゃんは通常仕様に戻してあげる。精々頑張ってね」
「くっ、くそぅっ!」
悔しい。
俺は憤りを感じて走ってサーバールームを後にする。
その去り際、部屋の隅に何やら人らしき塊を発見した。
それは地べたにうずくまり、呪詛のように「涼太君、涼太君」と呟いていた。
どうやらただの屍らしい。俺はその屍に手を合わせると、慌てて会議室へ戻った。
「伝令、伝令!」
「どうしたの涼太!?」
「罠だったんだ。全ては黒川さんの陰謀だったんだ!」
「は?」
俺は事細かにサーバールームでの出来事を報告する。
「やってくれるじゃない奏。でも、どうしよう、向こうの方が大分有利ってことなのよね」
くっと悔しそうに柊木さんは爪を噛んだ。
「大丈夫だ」
俺は極めて冷静にそう告げる。
柊木さんはそれを聞き、黙ったまま次の言葉を促した。
「俺に考えがある」
そう、ここへ帰ってくる数秒の間に思いついた奇策。
もうこれしかないと思った。
「援軍を呼ぼう!」
「あいつら本当に大丈夫かな?」
「どうでしょうね~? 少なくとも頭の方はかなりやられてるみたいですけど~」
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