Ⅱ-Ⅳ 藍那お悩み相談室 ②
「行きたいところって、ここ?」
「そうなの~」
すごく嬉しそうに笑う瀬戸さん。
なんてことはない、そこは駅前のバーガーショップ。
全国展開をしている、どこにでもあるファストフード店だった。
なんていうか、予想の斜め上、いや、斜め下だったな。
「じゃ~、行きましょ~」
そういうと、フラフラと夢見心地で瀬戸さんは入っていった。
「いらっしゃいませー」
俺たちが店内へ入ると、笑顔で店員さんが出迎えてくれる。
「佐和君、どうすればいいのかしら~」
「まずはカウンターで注文するんですよ」
楽しそうに入ったはいいが、オロオロし始める瀬戸さんを俺はエスコートする。
「店内でお召し上がりですか?」
高校生くらいの若い女の子が俺に尋ねる。
俺は「はい」とだけ返事して、瀬戸さんへ目を向けた。
「どれにします?」
「そうね~。これ、これがいいわ~」
そう言って彼女が指さしたのは「スマイル0円」の文字。
それを見た、店員さんは「分かりました」と言って、満面の笑顔をこちらへ向けてくれた。
なに? これコント?
「いやいや、そんなお決まりいいですから。恥ずかしいんで食べ物選んでくださいよ」
俺は若干周囲の目線を気にしながら瀬戸さんに小声で促した。
「でも~どれを選んだらいいのか分からないのよ~。そうだ~、佐和君が選んで~」
そう言って瀬戸さんは俺の方へメニューを手渡す。
「えと、じゃあハンバーガーセットを2つ。サイドはポテト、飲み物はアイスコーヒーで」
「かしこまりました。2点で700円となります」
そう言われたので俺は財布を取り出し千円札で支払う。
瀬戸さんが「あっ」と財布を取り出そうとしたので、俺は片手で制した。
「今日は俺からお願いしたんで、ここは出させてください」
高級フレンチを思い描いていた俺としてはハンバーガーくらいなんてことはない。
瀬戸さんは少し考えたけれど笑顔で「ありがとう~」と言って財布をしまった。いえいえ、その笑顔が350円で見れるなら安いものです。
俺は店員さんからお釣りを受け取り、瀬戸さんにずれて少し待つ。
数分後にトレーに乗ったハンバーガーセット2つ分を受け取り、近くの2人席に腰かけた。
「う~ん。おいしい~」
意外にも大きなお口でハンバーガーにかぶりつく瀬戸さん。
「そうですか。良かったです」
最初ナイフとフォークを探していた時は焦ったけど、食べ方を教えたらすんなりと受け入れてくれたな。
俺も腹減ってたのでハンバーガーにかぶりつく。
晩飯がハンバーガーって体には悪そうだけどたまにはいいよね。
「それで~、相談したいことって何かしら~?」
一通り瀬戸さんが食べ終わったあと、口周りを拭きながら俺に尋ねてきた。
「いや、実はですね……かくかくしかじかということで、困ってるんですよ」
俺はこの1週間の出来事を話した。
っていうか、まあこの人も目の前にいたから大体のことは知ってるだろうけど。
「そうね~。私もちょっと困りものね~、と思ってたのよね~」
瀬戸さんは人差し指を顎に当て、小首をかしげなら困った表情をする。
「でも~、こればっかりは佐和君の問題だからね~」
「俺の問題……ですか?」
「そうよ~」
うんうんと瀬戸さんは頷きながら話す。
「私がどんなに動いても解決しないのよ~。それは~、佐和君も分かってるでしょ~?」
「ま、まあ。俺に責任があるのかなってのは多少なりとは」
「責任っていうのとはまた違うんだけどね~」
ほわほわと俺の言葉は否定される。
う~ん、なんだろう、さっぱりだな。こんなだから鈍感だとかって柊木さんにバカにされるのかな。
「そうね~。後はきっかけでもあればいいんだけど~」
「きっかけというと?」
「仲直りのよ~。二人とも頑固だからね~。そういうのが無いと~、意地張ったままで前に進まないのよね~」
「なるほど。一理ありますね」
確かに、瀬戸さんの言う通り、あの二人は頑固過ぎるところがある。
ここからは俺の推測でもあるけれど、恐らく二人とも仲直りをしたいとは思っているとは思う。
だからこそ瀬戸さんの言う『きっかけ』さえあればという結論になるのだ。
「そうだ~。私から部長にお願いしてみるわ~」
「お願いですか?」
「そう~。例えば二人に同じ仕事を依頼して~、一緒に頑張らせることで仲直りさせるとか~」
「それいいですね!」
俺はその提案を聞いてなるほどと立ち上がった。
その弾みで瀬戸さんの手を握ってしまう。
瀬戸さんの手って少し冷たくて、少し柔らかいんだなー。いやいや、早く離せよ俺。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて俺はゆっくりと座りなおす。
瀬戸さんは少しびっくりしていたけれど、「いいのよ~」と言って許してくれた。
「取り乱しましたけど、ナイスな提案ですね。それでいきましょう」
「分かったわ~。じゃあ~、明日私から部長に聞いてみるわ~」
「是非によろしくお願いします」
そう言って俺は頭を下げた。
それから俺たちは解散することとなった。
もう少し瀬戸さんと話をしていたかったけれど、あまり遅くなるとお家の方が心配されるらしい。じゃあ総務部なんて激務な部署に張り付けんなよ。
という訳で、俺はタクシー乗り場へ瀬戸さんを送り、彼女が出発したのを見送ると、俺も自宅へ帰るために駅のホームへ向かった。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
翌朝。
日向部長から今から会議を開くとの通達があった。
恐らく瀬戸さんが部長に口添えをしてくれ、早速動いてくれるつもりなのだろう。このお二人仕事が速いねー。
このため今は同じ階にある会議室Hに全員が集合しているという形だ。黒川さんを除いて。
「皆に集まってもらったのは他でもない。実は先日専務から部長クラス以上に通達があってね。我が社において自社商品の開発を行うこととなったんだ」
「自社商品の開発ですか?」
柊木さんが面倒くさそうに尋ねる。
「うむ。我が社ではそこまで多くないがいくつかの自社商品の販売をしているが、如何せん売り上げがあまりよろしくない。なぁ佐和君?」
「え? ああ、まあそうですね」
営業部時代、自社商品の売り込みもしていたけれど、確かにあまり売れ行きは良くなかった覚えがある。
「本当ならそれ以外の売り上げでも十分な利益は出しているが、如何せん社長が自社商品というカテゴリーにえらく執着していてな」
うん? 心なしかちょっと部長イライラしてない?
「そんな状況を打開すべく新たな自社商品の開発が求められた。そこで白羽の矢が立ってしまったのが我が総務部なんだよ」
そこで日向部長が立ち上がる。
あっ、顔が激おこになった。
「あんのクソ専務! 総務部が目障りだからって面倒くさい仕事を押し付けてきやがったんだ。だってそうだろう? 本来は商品開発部の仕事だ。それを指摘したら、「いやー、もう次の失敗はできんからエリート集団の総務部に任せたいんだ」と心にも思っていないことを言いやがってな。本当は失敗して私たちの顔に泥を塗りたいといった魂胆が見え見えだ。あぁ、いいさ、いいともよ。やってやろうじゃないかと思ったね。うちの部下たちの優秀さをまじまじと見せつけてやろうと思ったね」
そう言って瞳に炎を灯しながら捲くし立てる。いや、皆引いてますよ部長。
「ということでよろしく。ちなみに指揮は柊木、お前が執ってくれ」
「わ、私ですか!?」
柊木さんは目を白黒させながら立ち上がる。
俺はさっと瀬戸さんに目配せをした。瀬戸さんは少し微笑みを浮かべてパチンと可愛らしくウインクをする。
なるほど、こういう仕込みをした訳か。
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