ⅡーⅣ 藍那お悩み相談室 ①
「涼太君、これを横の性悪女に渡してくれるかな?」
「はい」
碧依が俺に印刷会社からの請求書を手渡してくる。
「柊木さんこれ」
俺は柊木さんへそれを手渡す。
「どうも。あんた、私の事性悪だと思ってたのね」
彼女は俺の方を見ず、無表情でテンキーで数字を打ちこみながらそれを受け取った。嫌味を言いながら。
数分後。
「佐和、これを横の高慢ちきに返してくれる?」
「はいはい」
柊木さんが先ほどの請求書の入力が終わったのか、それを俺に手渡してくる。
「碧依これ」
俺は碧依へそれを手渡す。
「ありがとう。涼太君、私の事高慢ちきだと思ってたんだ」
彼女は俺の方を見ず、無表情でマウスを操作しながらそれを受け取った。嫌味を言いながら。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「ああ! もう、仕事になんねえよ! ただでさえ忙しいってのにいつまでも喧嘩してんじゃねえよ!」
俺は一人、昼休みの食堂で叫んでしまった。
周りの人が「なんだなんだ?」とざわついているが、知ったことか。
結局碧依と柊木さんが喧嘩を始めて1週間が経った。
しかし依然として仲直りする気配がない。
俺も最初は責任を感じて二人の間を取り持とうとしたけれど、話し始めたら罵りあいが始まってそれこそ仕事が進まなくなってしまった。何度も、何度も。
俺ももうさすがに無理だと感じて、時が解決するのを待つかと静観して二人に逆らわないようにしたのだけれど……。
「1週間だぞ、1週間。どんだけ頑固なんだよあの2人」
無理だわー。俺にはもう無理だわー。
という精神状態に陥ってしまった。いくら身から出た錆とはいえ、ホント間に立つ俺の身にもなって欲しい。
というか、果たして俺はそんなに悪いことをしたのだろうかと少し腹立たしく思うこともあるんだけれど、あの2人相手にそんなこと考えるだけ時間の無駄なんだよなと溜め息とともに消えていく。
「佐和君、どうしたの。最近元気ないね?」
「田中――部長?」
俺がうなだれていると、笑顔で俺の前に座ったのは営業部の頃お世話になった田中部長だった。
「そうなんですよ、色々あって」
「総務部大変そうだもんな。まぁ、異動を言い渡した俺が言えた義理じゃないか」
ハハハと田中部長は笑う。いや、マジで笑い事じゃないんですよ。
「でも何か悩みがあるなら聞いてやるぞ。女性関係はちょっと苦手だけどな」
俺の表情を見て、田中部長は少し真面目な表情になる。
部長、その女性関係で悩んでるんですよ。はぁ。
「いや、まぁ。部長の貴重なお時間を頂戴するのもあれなんで」
と、やんわり断りを入れた。
苦手とは言いながらも相談したら話は聞いてくれそうだけど、あんまり田中部長には迷惑をかけたくないんだ。
というのもこの田中部長。部長クラスの中では一番若く、確か30歳にもなってなかったと思う。
だからなのかもしれないけど、営業部の中で比較的若い俺を当時から非常に可愛がってくれたんだよ。
優しくていつも気にかけてくれてたから、今でも心配して俺のところへ来てくれたのかもしれない。
だからこそ、お世話になったこの人には、他部署に行ってまで面倒をかけたくなかった。
「そうか。まぁ俺にできることがあったらいつでも言ってくれな。そうそう、俺に言いにくかったら近くの頼れる人へ相談するのも一つだと思うぞ」
ポンポンと俺の肩を叩くと部長は「じゃあな」と笑顔で去っていった。
なんか勿体ないことしたかなと思うけれど、いやいや部長は関係ないだろとその考えを振り払った。
しかし部長から言われた身近な人に相談するというのは一つの手かもしれない。
となると、まぁ、あの人しかいないか。
「瀬戸さんちょっと相談が」
時刻は午後8時。
今日は部長が役員と一緒に得意先の接待があり、「皆ちゃんと帰るように」という一言を残して総務部を後にした。
この会社には上司が居ないと残業ができないという変なホワイトルールがある。
ゆえに、このルール適用により比較的早めの帰宅とあいなったのだ。
碧依と柊木さんはそそくさと帰ってしまったので、今総務部には俺と瀬戸さんの2人きり。
この機会を逃してなるものかと、瀬戸さんへ話しかけた。
「相談? いいわよ~」
瀬戸さんはほわほわと答えてくれる。
「あ、でもちょっと待ってね~」
すると彼女はどこかへ電話をかけ始める。
「あ、黄田さん~? 今日はちょっと同僚とお話があって~。はい~、タクシーでいつものように帰ります~」
そう言って、電話を切った。
「誰ですか?」
「ん~? うちの執事さん~」
うぉ、金持ち発言。まぁ、そうか。
お爺さんが確か資産家で、お父さんは言わずもがなうちの社長だしな。
瀬戸さんの出勤は車での送迎で、とも言ってたな。うらやま。
「んじゃとりあえずご飯食べながらどうです?」
「いいわよ~。というかそのつもりだったし~」
「じゃあ俺のおすすめのお店で……」
「私、行きたいところがあるんだけどいいかしら~?」
俺がいつもの居酒屋へ連れて行こうとすると、瀬戸さんはうふふと笑いながら言った。
行きたいとこ? どこだろう?
ま、まさか高級フレンチとかか? 最悪安く見積もってもイタリアン?
俺、今財布にいくら入ってたっけ? 相談するって言った手前、瀬戸さんに出させる訳にはいかないからな。
俺は、瀬戸さんへ背中を向け、恐る恐る自分の財布の中身を確認する。
……。カードがあるから大丈夫だよね。
来週からは、霞を食べて生きていこう。
「じゃあ瀬戸さんの行きたいところへいきましょうか」
「やった~」
無邪気に喜ぶ瀬戸さん。
おいしいのかしら? と楽しそうに笑う彼女を見ていると、まぁいいかと思える自分が悲しい。
ホント美人に弱いのね、俺ってば。
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