Ⅰ-ⅩⅠ とある夏の日の出会い ④
りょうた君と出会って1年と半年が経とうとしていた。
私とりょうた君は12歳になり、無事小学校卒業となった。
とはいっても、1回も通っていなかったのだからあまり思い入れはないんだけどね。
私は卒業式も学校に行くことは許されず、卒業証書は実は同じ学校だったりょうた君が持ってきてくれた。
「あっちー、卒業おめでとう。あんま実感ねーかもしれないけど」
「うん。そうだね」
テヘヘと笑う。
でも、寂しいとかは思ってないんだ。
だって……。
「ん?」
サッと私は顔を背けてしまう。
今、見つめてたのバレっちゃったかな?
「なんだよ、変なあっちー」
アハハとりょうた君は笑った。
その屈託のない笑顔に私の心は高く跳ね上がる。
私のりょうた君への想いは日に日に募っていった。
きっかけは多分初めて手を繋いだ日。
あの日に、私はりょうた君に恋をしたのだと気づいた。
理由は色々あるけれど、一番はいつも私の側に居てくれたからだと思う。
側に居て、私のことを見て、私の事を理解してくれた異性。
いつの間にか、好きになっていたんだ……。
それからというもの恥ずかしくて、顔を直視できていない。
二人で遊び始めて、慣れてきたらそうでもないけれど、また次の日会うと恥ずかしい。
ちょっと気に食わないのは、りょうた君が全くそれを気にとめていないこと。
私がモジモジしていても、「変なの」という一言で終わらせてしまう。
鈍感ここに極まれり。ちょっとぐらい気があるのかなって思ってくれてもいいと思う。
それとも、私以外に気になる女の子とかがいるからなのかな?
そんなことを考えると胸がモヤモヤして、気になって、気分が沈む。
でも、翌日とかにりょうた君の笑顔を見ると、モヤモヤが散って心が晴れる。
そういったことを繰り返して、どんどんと私の想いは強くなっていった。
でも、素敵な出会いがあれば、悲しい別れもある。
「碧依、春から都市部の方へ引っ越そう」
お父さんからそう提案された。
なんで、と尋ねると、私の病気を治すことができるかもとのこと。
長い間通院する必要あるし、もしかしたら入院して手術をする必要もあるかもしれないけれど、完治する見込みがある伝手を見つけたのだそうだ。
そうなると気がかりなのは、りょうた君のこと。
私が引っ越すとなると、当然離れ離れになってしまう。
引っ越さないといけないのか、ここから通院することはできないのか、そうやって私は粘ってみたけれど答えは変わらず。
通院はほぼ毎日必要で、都市部の方へは早く見積もっても3時間はかかるから物理的に厳しい。
そう言われ、私も泣く泣く了承するしかなかった。
卒業後も、毎日遊びに来てくれるりょうた君。
私は引っ越しの事実を彼に告げられないままでいた。
そうやって刻一刻と日は進んでいく。
そして、遂に引っ越しの一週間前となってしまった。
「ねぇ、碧依。涼太に言わなくてもいいの? 言いにくいなら私から言おうか?」
私のことを気にしたお姉ちゃんがそう提案してくれる。
「ううん。私から言う」
ここでお姉ちゃんを頼ってしまってはいけない。
私からりょうた君へ伝えないと意味がないと思うから。
「そう」
お姉ちゃんは軽く微笑むとそれ以上は何も言わなかった。
程なくしてりょうた君がいつものようにやってくる。
今日こそは伝えないと、その思いで、私はいつものように玄関で出迎えた。
「さて、そろそろ帰るかな」
いつものように一通り遊びつくした後、時計をチラッと見たりょうた君がそう告げる。
今だっ! 私はそう決心して、りょうた君へと声をかけた。
拙い言葉。しどろもどろで、どう伝えたのかは詳細に覚えていない。
でも、その事実を知ったりょうた君は怒っていた。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ」
「ごめんなさい」
謝る私を置いて、りょうた君は無言で飛び出して行ってしまった。
嫌われた。
瞬間的にそう察する。
私の目からは大粒の涙が零れて、床を濡らした。
それを目撃したお姉ちゃんが慌てて私に駆け寄ってくれる。
「碧依、どうしたのよ」
お姉ちゃんに問いかけられても、咄嗟に自分の感情を言葉にできない。
ただ、嗚咽とともに捻りだせたのは、
「嫌われちゃったよぅ」
という、認めなくない事実だけだった。
一週間後、引っ越しの日はやってきた。
結局その間、一度もりょうた君は私の家を訪ねてきてくれなかった。
私の顔、見たくないってことなのかな。とても寂しい気持ちになる。
引っ越し業者のトラックへ荷物の搬入が終わり、後はお父さんが運転する車に乗り込むだけとなった。
「碧依、そろそろ行こうか」
「うん」
もしかしたらとは思ったけれど、現実は甘くない。
私がそう諦めかけたときだった。
「あっちー!」
遠くから、私が一番聞きたかった声が響く。
一週間、たったの一週間しか経っていないのに、ひどくその声が懐かしく感じた。
「りょうた君!」
私は目尻に涙を浮かべ、声の方向へ目を向ける。
会いたかったよ。待ってたよ。
そこには汗だくで息をきらした私の想い人。
「はぁ、はぁ。間に合って、良かった」
そう言いながらりょうた君はポケットから何かを取り出す。
「時間がなかったからこんなものしか用意できなかった」
りょうた君が取り出したのは透明な石。太陽の光に照らされ、キラキラと輝いていた。
「もっと早く言ってくれてたら、もっといいものが渡せてたかもなんだけど。碧依のせいだからな!」
その言葉で私はハッとする。
りょうた君のあの時の言葉の意味。
あれは、私が嫌いになったって意味じゃなかったんだ。
「ありがとう」
「おう。これは今の俺の中での一番の宝物だ。今度会う時、必ずそれ以上のものをあっちーに渡すって約束する。それまでの代理のものだと思って欲しい」
「今度会う時って?」
私は希望に満ちた目でりょうた君を見つめる。
「それは、分かんねーけど」
急に尻すぼみになるりょうた君。そこはカッコよく決めてよ。
「じゃあ、さ。大人になったらまた会いに来て」
私の病気は完治するまでどのくらい時間がかかるか分からない。
でも、大人になるころにはきっと治ってるはずだ。
その時の元気な姿の私でまたりょうた君に会いたい。
「分かった」
りょうた君は大きく頷く。
「俺が大人になったら必ず会いに行くから。だからそれまで預かってろ!」
りょうた君はその言葉とともに私に石を手渡した。
わたしはそれをギュっと握りしめる。
ほんのり温かく湿っている。りょうた君がずっと握りしめていたからだ。
「うん。約束だよ」
「約束だ」
そのまま、私はお父さんの車に乗り込み、来美町を後にした。
そして、後にして気付く。引っ越し場所を彼に伝えていなかったことを。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「五葉、おーい、い・つ・つ・ばー!」
「は、はいっ!」
日向部長が私を呼ぶ。
「どした? ボーっとして」
「あ、いえ。ちょっと昔のことを思い出しちゃいまして」
瀬戸商事2階の倉庫。
私は広報資料を取りにそこまで来ていた。
「まぁ、いい。とりあえずこれを総務部の部屋まで運んでくれるか。私は先に戻っているよ。そろそろ例の生贄君がくるはずだ」
「分かりました。」
私は了承する。
幸い中学生の時に病気は完治して、今は有り余るくらいに元気になった。
力仕事もある程度ならお手の物だ。
そういえば今度来る庶務担当の人は男の人だと聞いた。
こんな力仕事とかをお願いできるのはいいかもしれないけれど、良い人だったらいいなー。
よっこいしょと段ボールを2つ持ち上げる。
本当は上の方の段ボールにしか資料は入っていないのだけれど、空の段ボールを下にして持つことで女性の私でも重いものは軽々と持ち上げられる。
それでも重いものは重い。よいしょ、よいしょと運んでいると、誰かがエレベーターに乗り込むのがチラッと見えた。
「あ、待ってくださーい」
私はその人を引き留め、何とかエレベーターに同乗させてもらうことに成功した。
段ボールで顔は見えないけれど、声がとても優しそうな人だ。
エレベーターの中で、その人と二言、三言会話をして、8階で降りる。
この階は総務部の人しかあまり用事はないはずだけど、どんな要件何だろう。会議室は予約入ってなかったはずだし。
気にはなったけれど、私には私の仕事があるので、また、よいしょよいしょと段ボールを運ぶ。
すると、急に私の視界から一つの段ボールが消え、腕への負担が一気に軽くなった。
そして、先ほどまで見えなかったその人の顔が現れる。
「えっ!?」
「半分持ちますよっ!? って、重っ! こんなの持ってたんですか?」
軽く笑いながらその人は私に声を投げかけた。
奇跡って本当にあるんだな。
お姉ちゃんが亡くなってからモノクロだったこの世界に再び色が戻り始める。
だって、この人は――。
それは、私が待ち望んでいた、庶務担当として異動してきた人との『とある夏の日の出会い』だった。
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