Ⅰ-Ⅹ あの日と同じ星空の下で ①
「それでその後は……」
「気づいたら病院のベッドの上だった」
碧依はその後も淡々と話し続けてくれた。
碧依は結局3日間も目を覚まさなかったらしい。
両親は碧依まで居なくなってしまうのではないかと心配していたそうだ。
「当たり前だけどお姉ちゃんのお葬式とかは済んじゃってた。お母さんに聞いた話だとお姉ちゃんの知り合いの人、結構来てくれてたみたい。友達とか、会社の上司の人とか。特にその元になるのかな? 上司さんが凄く印象的だったって、お母さんが言ってた」
確か……と、思い出しながら碧依は続ける。
「お焼香の時ずっと涙を流しながら、『すまないすまない、もっとしっかり見てあげていれば』って。その後も個別にお線香も上げにきてくれたみたいで」
「そんな人も居るんだな」
世にはびこるブラック企業で踏ん反り返る奴らに、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。いや、もうそのまま食っとけ、それでも効果あるわ。
「居るみたいだね。でもうちの課長も、もしかしたらその口かもだよ」
クスッと碧依は笑った。
あっ、久々に可愛い笑顔いただきました。少しざわついた心が癒されていく。
「確かに。あの人ああ見えて面倒見良いと思うし」
俺は素直に同意しておく。今のところ尊敬できる点は多々あるし。
「なんか話が道に反れちゃったね。でも、この話はこれでおしまいかな。後は涼太君と出会って今に至るってとこ」
随分端折ったな。まぁ、今語るべきことじゃないだけなのかもしれないけど。
けれど、俺はそれ以上に一つ気になっている点があった。
これについては正直碧依に直接聞きづらいのだけど、乗りかかった船の勢いで、思い切って聞いてみることにした。正直大分嫌われるかもしれないけど。
「なぁ、碧依。その……なんだ。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「えっと、その。そんなことがあったのは、碧依にとってとても辛かったと思うんだ。だけど、何というか、昔とそんなに変わってないというか。いや、別にそれが悪いって訳じゃないんだけど」
あー、もう。思い切って聞くって思ったのに煮え切らないな俺は。
「涼太君が言いたいこと、分かるよ。多分それは私が実感してないだけなんだと思う」
「実感――?」
「うん。ほら、さっき話した通り私はお姉ちゃんの最期の姿をパッと見ただけで気絶しちゃって、お葬式にも出てなければ火葬場にも立ち会ってないの。だから、お姉ちゃんが居なくなったという事実を実感させられる過程がなかった。結果だけ突きつけられても、ピンとこないよ。7年経った今もね」
だからと碧依は続ける。
「逆に良かったかもなんて思っちゃったり。そうじゃなかったら、多分私は今涼太君の前で笑えてないと思うから」
そう言って、碧依は精一杯の笑顔を俺にくれた。
「ああ。いつもの碧依だ」
俺も笑顔で答える。
――嘘をついた。
だって、これは碧依が見せてくれる最高級の笑顔じゃない。
どこがと言われると言葉にできない。でも確実に言える。これは違うと。
そうは思うけど、俺に対する碧依の気持ちを無下にすることはできなかった。
私は、大丈夫だよって虚勢を張ってる碧依の気持ちを。
「俺だって、朱音さんに……」
思わず本音を漏らしかけてしまう。
「え?」
案の定碧依は?マークを頭の上に浮かべて聞き返してきた。
「あ、ああ。ごめんごめん。何でもない」
よく聞こえてなかったのならそれでいい。
こんなこと、今更言っても仕様がないことだ。
「そう? 変な涼太君。さてさて、お墓参りも済んだし――」
そう言いかけて、碧依が急に言葉を止める。
そして、すっと目をつむった。
「ん? どうした碧依?」
俺が確認をすると、碧依はゆっくりとこちらへ顔を向ける。
「ねえ、思い出の場所に行かない?」
ん? 急にどうしたんだろうか。
俺は考えてみるけれど、特に思い当たる節はない。
基本遊んでたのはほとんど碧依の家だったからな。
「碧依との思い出の場所ってどこだろう」
とりあえず正解を求めて尋ねてみる。
「違う違う。あの山の頂上のことだよ。ちょうど日も傾いてきたし、今から登れば今日の天気だと綺麗に見れると思うんだ」
あっ、思い出の場所って朱音さんとの……か。
そうだな、久しぶりに行ってみてもいいかもしれない。
「別に構わないぞ。それより、今日は碧依の実家に泊まるんだろ? 連絡入れとかなくてもいいのか?」
「大丈夫。だって2人とも今日は町内会の人と旅行に行ってて家に居ないし」
え、何それ聞いてない。
つまりは2人きりということですか。
「待て待て。年頃の男女が2人きりで同じ屋根の下に一泊というのは……」
「前に部屋に泊まったでしょ」
「そうでした」
だよねー。一夜過ごしちゃったもんねー。特に何もなかったけど。
「そうだよ。それとも何かしようと思ってたの?」
急に碧依がいやらしい笑みを浮かべてくる。うわー、何か朱音さんみたいこれ。
朱音さんならともかくとして碧依にからかわれるのは癪だな。よしここは。
「おう、こんな美人放っておくのはもったいないからな」
据え膳食わぬは男の恥、とでも言わんばかりに胸を張って言う。
どうだ、碧依ならこれで――。
「いいよ。責任取ってくれるなら」
「は?」
セキニン? 何それおいしいの?
いやいやいや、落ち着け俺。どうした、なぜ今日の碧依はこんなに強敵なんだ。
俺がオロオロしていると碧依はアハハと目じりに涙を浮かべて笑った。
「冗談。でもこういう時は「いくらでも取ってやるよ」って言うものよ。プラス、アゴクイでもあれば胸キュン待ったなしなんだけどなー」
ケラケラと碧依は無邪気に笑っている。
んだよ、元気じゃん碧依。俺ってば心配症すぎるのかな。
というか、こういうサバサバした言い方するの朱音さんそっくりだな。姉妹ってこえー。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
霊園を後にした俺たちは、その後歩いて思い出の場所へ向かった。
結構距離はあったけど、バスは2時間に1本しか来ないので歩いて行ったほうが早いんじゃないかということでだ。
頂上に着くまでを合わせると、2時間半くらい歩きっぱなしだったけど。
「やっと着いたな」
俺たちが付くころには日はすっかりと落ちてしまっていた。
「あー、でも変わらないなー」
俺は頭上を見上げてそう言葉を漏らす。
「そうだね、変わらない」
碧依が呼応する。
目の前には満天の星。
それは、12年前に朱音さんと見たあの日と同じ光景。
全く変わらないものが、そこにはあった。
「あの時と同じだね」
碧依は俺の顔を見てニコリと笑った。
「ね、太郎?」
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