Ⅰ-Ⅲ 蘇る記憶 ①


「お、おじゃまします」


「ど、どうぞ」


 俺は自宅のドアを開け、中に五葉さんをとおした。

 結局流れのままに俺の家に泊まることになり、終電で帰宅したのだ。

 ちなみに、よく会社に泊まることもあるらしく、下着の替えとかは常にバッグに入れているから大丈夫と言っていた。


「ここが、涼太君の部屋なんだー」


 五葉さんは俺の部屋をキョロキョロと見回す。

 普段から掃除はしているからある程度綺麗だから大丈夫なものの、少しばかり恥ずかしさを感じてしまう。


「お茶ぐらいしかないけど、用意するから適当に座っててよ」


 俺は五葉さんにそう告げる。

 彼女は「分かった」と返事をして、ベッドに腰かけた。

 俺はそれを確認すると台所へ向かい、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。

 次いで食器棚からコップを2つ取り出し、お茶を注いだ。

 あっと、氷を忘れてた。


 俺が用意したものを持って五葉さんのもとへ戻ると、五葉さんは何やらベッドの下を覗いていた。


「な、なにしてるのかなぁ五葉さん?」


「ひゃっ!」


 五葉さんは俺の声に驚いたのか、思わず素っ頓狂な声を上げ、こちらに目を向ける。


「べ、べべべべ別にエッチな本とか探してた訳じゃないから!」


 あ、探してたんですね。

 俺がジト目で五葉さんを睨むと、途端にシュンとした表情になった。


「だって……。男性の部屋に来たらまずそうするのが礼儀だって部長が言ってたから……」


 んな礼儀聞いたことないわっ!

 俺は心の中でそう突っ込むと、はぁ、とため息一つついた。


「とりあえずお茶入れてきたから。少しゆっくりしたら先にお風呂入ってきていいからね」


 俺はそう言いながらテーブルにコップを置き、ベッドを背もたれにして座った。

 五葉さんも俺の横に座りなおして、お茶を一口飲んだ。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 五葉さんに先にお風呂に入ってもらい、俺もその後に続いてお風呂を頂戴した。

 女の子が入った後のお風呂ってなんか興奮するよね!

 といった煩悩を何とか消しつつ、お風呂から上がると、五葉さんがなぜか本棚を漁っていた。

 俺が来たのに気づいて、気まずそうな笑みをこちらに向けている。

 いや、何をしていたのかは大体予想がつきますけどね。

 っていうかそういった類のものはPCの中に保存して……コホン。

 ともかく俺は本棚の前から五葉さんを引っぺがして俺の隣に座らせた。


「とりあえずもう寝る? 俺は床で寝るから五葉さんはベッド使っていいよ」


「……。もう少しだけお話ししていいかな」


 風呂上りだからなのか、五葉さんは少し顔を朱色に染めてそう言った。

 色っぽいその表情に俺はときめきながらも、なんとか煩悩を抑えて頷く。


「今からちょうど12年前の話。私……ね、昔は体が弱くて家の中に閉じこもっているような子だったのんだ」


 唐突に始まったのは五葉さんの昔話だった。


「だから友達と呼べるような子もいなくて、ずっと1人だった」


 その顔つきは先ほどとは違い、どこから儚げな表情をしている。


「でも私には6つ上のお姉ちゃんがいて、いつもお姉ちゃんが私に構ってくれていたから寂しくなんてなかった。でもそれじゃあいけないって常々お姉ちゃんは言ってて――。ある時、お姉ちゃんが1人の男の子を連れてきてくれたの。お姉ちゃんが山の中で遭難してたところを助けてくれたんだって。年下の子に助けられるなんて笑っちゃうよね」


 アハハと五葉さんは少し涙を浮かべて笑った。


「話を聞いたらその子も私と同じ10歳だったの。だからお姉ちゃん、私に会わせるために無理やりその子を引っ張ってきたみたい。その子凄い戸惑ってた」


「そりゃまぁ初対面でいきなり家に連れていかれたら困惑もするだろうね」


 あー、分かるなぁその子の気持ち。俺も似た経験あるなぁ。

 そうそう、思い出してきた。

 あの日も1人で近くの山に遊びに行っていたら、女子高生っぽい人に声をかけられたんだよなぁ。


「やぁ、少年! 奇遇だね。君も迷子かな?」


「いえ、違いますけど……」


 そこからやたらしつこくその人に絡まれて最終的に家まで送り届けさせられたっけ。


「でね。なんやかんや理由をつけてはお姉ちゃんがその子を家に連れてきてくれるようになって、私も段々とその子と話すようになっていったの。私がゲームを好きになったのもその子から勧められたからなんだ」


「へぇー、そうなんだ」


 そういえば、俺の時も確かその人に妹さんが居たよな。

 体力がなくて外を走りまわれないからって言うんで、当時流行っていた持ち運びできるゲーム機を持ってよく遊びに行っていた気がする。


「俺、佐和涼太。よろしくな!」


「〇△△※ あ■〇です。よ、よろしくね、りょうた君」


 なんか名前が分かりにくくて覚えられないから、「あっちー」って呼んでた気がするな。

 あの子名前なんだったかなー。お姉さんの方は覚えてるんだけど。

 ――そう、確かお姉さんは朱音あかねさんだった気がするな。


「私名前が碧依でしょ。その子それが覚えられないからって私のこと「あっちー」って呼んでたの。私はちゃんとすぐに覚えて名前で呼んでたっていうのに……ね」


 え――?


「でも小学校を卒業する時分になって、私は病気を治すために都会の方へ引っ越さないといけなくなった。その時にその子が「俺が大人になったら必ず会いに行くから。だからそれまで預かってろ!」ってこれをくれたの」


 そう言うと彼女はおもむろにバッグの中から透明な石を取り出した。


 そうだ、俺もその子が遠くへ行ってしまうから別れの時に宝物をあげた。

 山で拾った透明な石だったはずだ。


「でもその子は会いに来てくれなかった。それもそうだよね。私がどこに行ったかなんて彼は知らないんだもの。だから、それっきりだったんだ……までは」


 そして彼女は俺を見て微笑んだ。


「あっ……ちー?」


 喉から捻りだすように俺は声を出す。

 そうだ……思い出した!

 その子の名前は「あおい」だった。

 五葉碧依、あっちー。

 彼女は出会った時に気付いていた。

 俺の顔を見たあの時の表情も、急に名前呼びになったのも、距離が近くなったのも!

 全ての点が線で繋がっていくのを俺は感じた。



「ずっと、ずっと会いたかったよ……りょうた君!」

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