第302話 廃城4

仮に運命の選択といわれるものがあるのなら、八城は選択を誤らなかったと言えるだろう。

正解の道筋を辿っても、その先で正解だったと言えるとは限らない。

人には時間と言う縛りがあるのなら、出来る事には限りがある。

これまでの道中に人を助けた事に時間を割いた以上、助けられなかった命が有るのは言うまでもない。

誰を選ぶのかの選択権はいつだって八城にあった。

そして八城が選んで来たからこそ追って来た背中に届かず、だからこそ選べなかった命に気付くのはもう僅かばかり先になる。

それは激戦の中でのある一人の少女との出会い。

これから先最も長く、背中を預け合う一人の少女との出会いは、こんな暑い夏の日だった。

『白百合紬』という名の少女。

これから幾度となく生死を分つ友人に……




 波立つ潮風の香る水平線が見渡せる丘の上に立てられた白い校舎の学校『私立九十九里附属小学校』は小中高一貫のマンモス校だ。

一ヶ月も掛かりようやく辿り着いたのはいいものの八城と一華は校舎に近づく事すら出来ずにいた。

原因は視線の先、『九十九里附属小学校』校舎周りは多くの感染者に取り囲まれている。

「アレはもう無理ね。周りを奴らに囲まれている、あれじゃあ何処からも入れやしないわ〜」

見た感想は八城も同じだ。

だが、それは同時に八城に希望を齎すに足りる根拠でもある。

「校舎に感染者が群がってる、それはつまり生き残りが居るって事だろ」

感染者は何も居ない所には群がらない。

感染者が居るのは決まって行きている人間が居る場所だ。

「手遅れって言葉を知ってるかしら〜?見なさいあの数、ウジ虫みたいにうじゃうじゃ居るわ、あれで生き残りなんて居るわけがないのよ、時間を無駄にするまでもなく早々に諦めましょう」

早々に見切りをつける一華の傍らで、八城は校舎の隅々までくまなく双眼鏡を使って見渡していく。

血に染まった教室のカーテンがはためき

『SOS』と書かれた紙が貼付けられた窓ガラス

バラバラに割れた窓ガラスと遠くとも微かに聞こえて来る感染者のうめき声。

そして見つけた、一つのクラスで八城はその姿を見る。

「オヤジ……」

見間違いかもしれないと、双眼鏡をもう一度覗きみれば全身の毛穴から吹き出る汗は焦りではなく歓喜とも言える嬉しさだった。

ここまで長い旅路だった。

信じていたが、心の何処かで信じ切る事が出来ずに居た。

だがこうして遠くに父に姿を見て、ようやく八城は信じる事が出来た。

「オヤジやっぱり生きてたんだな……」

此方からでは中の様子を伺い知る事は出来ないが最上階四階の校舎で父は数名の子供と共に生きていた。

そこからの八代の行動は早かった。

必要最低限の荷物を下ろし、できる限りの水分を胃の中に放り込む。

刀の握りと重さを確かめ、背中と腰に一本ずつを結つけた。

「一華、此処までありがとう、世話になった」

全ての準備の整った八城の口から素直にその言葉が出た事に八城自身も驚いたが、今だけは一華に対して礼を言うのが悪い気分ではない事は確かだ。

身軽になった八城は立ち上がり、看取草から受け取っていたフレグラの数を掌で確かめる。

「悪い事は言わないからやめておきなさい。諦める事も強さよ〜状況をよくよく見なさいな〜あれじゃあどう足掻いても数で押し潰されるわ」

校舎周りには、今までに見た事もない数の感染者がひしめき合っている。

どう足掻いても二人で捌ききれる数ではない。

そして一華が言う『諦める事が強さ』だと言うのは頷ける。

もう頷かざる得ないほどに身に染みて八城自身嫌というほどに実感している。

全てを助ける事など出来る筈が無い。

掬い上げるのが人生であるのなら、取り零すこともまた人生だ。

だが八城の結論は違う。

取りこぼすのが人生であるのなら、掬い上げるのもまた人生だ。

そして、この世界にルールが無いのなら助けてはいけないと決めるルールもまた存在しない。

「俺はようやく追いついたんだ、ここで命も掛けられないんじゃ今まで戦って来た意味が無い」

「それは無駄に死ににいくということかしら?」

今の一華には一部の笑いもありはせず、表情を読み取る事も出来ない。

ただ敵対する様に相対する、ともすれば此方に腰の刃物の矛先が向きかねない敵意を滲ませている。

だが今の八城に取って恐ろしいのは感染者でもましてや一華でもない。

視線の見つめる先、双眼鏡のレンズの向こう側に生きて父親が居る。

ただそれだけが嬉しく、だからこそ失われるのが何よりも恐ろしい。

「馬鹿か?俺は勝ちに行くんだよ、俺はこれからやる事が死ぬ程あるんだ、今ここで死んでる暇なんかない」

「この状況で、絶望的なこの状況で!アナタはそれでも勝ちに?」

怪訝そうに八城の後ろを見定めた一華は何かを見つけたように驚くと、次の瞬間には何故か表情が華やいだ。

「そう!八城アナタ本気なのね!あらあら!あら?あらあらあら!面白いじゃな〜い!じゃあ私もやろうかしら〜私としても手土産に死なれてしまっても困るからね〜」

一華が八城を利用している事は薄々感づいていたが、今更もうどうでも良い。

八城がすべきはもう目の前にある、今更一華の事など気にしていられる余裕などない。

そして困難だからと、やるかやらないかの選択は確認するまでもない。

なんの手違いか一華が手を貸してくれるのであれば、それはこれ以上ない程に心強い。

「貸し一つって事にしておいてくれ」

「まぁそうね〜貸しでいいわ〜それで方法は?考えはあるのかしら?」

「無い。だから作る」

「そう、それは頼むしい限りだわ〜なら私は何をすればいいのかしら?」

「そうだな、お前は……」

ふと視線の先に見えたいかがわしいネオン看板に八城は一つの妙案を思い付く。

丘の上に立った校舎、三人前後が通る事が出来る学校に続く階段を上がって登下校をするのだろう。

であれば、出来る事がある。

「一華お前は……」

その作戦を伝え、一華と八城はそれぞれに最後の目的へと走り出した。


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