第280話 旅程2

それから、夕日が落ち切る前に工場地帯内を脱出し、民家の密集地の家の中へと移動した。

比較的綺麗で広い間取りとはいえ、子供が十四人、八城と一華を含めれば十六人の人間が一つ屋根の下に居れば部屋は蒸し風呂の様に暑くなる。

扉を全開にして移動する最中に持って来た食料となりそうな物と飲み物を子供達は狭い室内でより固まって広げていく。

道中のコンビニであらん限りを集めてみたが、コンビニ内の多くの商品は持ち出されており、ほとんどが残っていなかった。

結局全十四人に対し十二人分の食料しか手に入らなかったが、子供達は仲良く足りない食料を分けていた。

「あの……これ、八城さん、どうぞ」

一人の少女……と言っても、八城にお礼を言って来た小学校高学年ぐらいの見た目の少女が両手に食べ物を持って歩み寄って来た。

「いや、お前らで食べていい。俺は大丈夫だから」

「でも……八城さんが一番……疲れて……だから、その……」

少女が両手に持っているのは、どう見ても少女自身が食べるべき今日の分の食料だ。

少女も一華に付いて一日歩き回りお腹が減っている筈にも拘らず、八城へ少女の分全てを差し出そうとしている。

「私は……何も出来ません……八城さんや……あの人が居ないと……何も……だから、八城さんにはせめてお腹いっぱいになってもらいたくて……」

助けて貰ったお礼ということだろう。

確かに八城の腹が減っているは事実だ。長く走り続け、避難所からここまで点々と食べてはいたが、腹がいっぱいに食べられた訳ではない。

だが、この少女の食べ物を貰う気にはなれなかった。

「お前名前はなんていうんだ?」

「私の……名前?……私は雛……です……篝火雛」

怯えているのか、緊張しているのか雛はオドオドとした態度でチラチラと視線を彷徨わせている。

「そうか、雛。いいか?俺も確かに腹は減っている。正直空腹もかなり限界だ。だがお前らが倒れたら俺達は、倒れたお前らを担がないといけない。そうなれば俺と一華のどちらかの手が塞がることになる。そうなったら、お前ら全員に危険が及ぶかもしれないだろ?」

正直、子供の誰かが倒れても担ぐかどうかは分からない。

むしろ一華がそれをよしとする性格ではない気がする。

だが、だからこそ彼らには体調を崩さない為にも食べてもらわなければならない。

一華がよしとしないという事は、倒れた子供は置いていくという事に他ならない。

この集団から脱落すれば、それは直ぐさま死に直結する。

そして、脱落する可能性が最も高いのは小さな身体の子供達だ。

此処に来るまでの間に、目に見えて頬を林檎の様に赤くしている子供が三名。

身体のダルさを我慢していた子供が七名。

つまり、ほとんどが軽い脱水症状と熱中症を起こしているということだ。

炎天下の中を大人である一華のペースで歩き続ければ子供は耐えられる筈もない。

それに加えて栄養まで不足してしまえば、彼らに生き残る道はないに等しい。

「つまり、お前らが元気で居ないと俺達が困るんだ。だからそれはお前が食べてくれ」

「でも……どうしても……八城さんに食べて欲しいんです……私は大丈夫ですから……これは八城さんが食べて下さい」

頑で強情な少女の懇願に周囲の子供達の視線も集まって来ている。

それにこれ以上少女の気遣いを無碍にするのも気が引ける。

「……分かった、じゃあ半分にしよう。俺と雛とで半分ずつだ、それなら良いだろ?」

「……それなら」

気まずげに、そして何故か嬉しそうに雛は手のひらに乗せた片方を八城へ差し出し、八城が指先で摘む。

「じゃあ半分貰うな。ありがとう雛」

「はい……」

花咲く笑顔を浮べる雛は直ぐさま八城の隣へ座り、固形の味けのない晩餐に小動物の様に齧りついていく。

「そう言えば、雛は何処から来たんだ?なんで一華と一緒にいる?」

「……?私は、元々避難所で両親と一緒に居て……感染者が来て、私はそのとき一人だったから……一人で逃げて……気付いたら両親も居なくて、離れてて……一人で……その時にあの女の人が来て助けてくれて……」

「それは元居た避難所に感染者が来て、両親とはぐれてそこに一華が来たって事で良いのか?」

「……はい」

消え入りそうな返事は、やはり両親から離れた心細さからきているのだろう。

そしてそれはどの子供にも言える事だ。

「成る程な……」

不幸中の幸いというか、幸運の中でも不幸の部類というか……

一華に会って生き残れたのは彼ら子供にとっては良かったのだろうが、それが一華だった事はこの子供達にとって最悪だった筈だ。

「お前の親は避難する前に何処に行くとか言ってなかったのか?」

「両親?……確か……数日したら朧中学に移動するって……」

『朧中学』聞いた事はある。確か千葉県内でもかなり大きな中学校で大きな設備も整っていた筈だ。

「朧中学か……お前の両親はそこに行くって言ってたんだな?他に何か言ってなかったか?」

「はい……確か、父が言っていたのは……守ってくれる人が居るからって……」

『何故その事実を一華に言わなかったのか』という言葉が出掛かったが、彼女たちが言える筈もない。

一華は彼らを気にもとめない。

野火止一華は会話をしない。

もっと言うのなら、一華は会話をしたい相手としか会話をしない。

負い目を感じながらただ強者の背中について行く彼らが一華へ言葉を発せる訳がないのだ。

「そうか、雛も両親に会えるといいな」

「八城さんも……その、両親に……会いたい……ですか?」

「……ん?なんでそう思うんだ?」

「私『も』って言った……ので。八城さんも……その、両親を捜しているのかと……思って」

雛が見る目線の先で雛が『も』の中に含めた子供らの姿が浮かび上がる。

あぁ、何故気付かなかったのだろうか?

それはそうだろう。

此処に居る子供全てが親に両親に会いたいのは当たり前だ。

だが当たり前に八城は彼らがもう天涯孤独だと、思ってしまっていた。

被害は何処まで広がっている?

何故日本で助けが来ない?

この現代でインフラが停止しているのは何を意味しているのか?

それらを複合的に加味した上で状況が分からない程、八城は馬鹿ではない。

八城の最悪の予想が間違っていなければ、此処に居る子供のほとんどの願いは叶わない。

だから助けるなんて言葉は絶対に口にする事は出来ない。

彼らにそんな事は言ってはいけない。

だからせめて、この子達が安心できる様に言葉を探る。

「……お前らは大丈夫だ、だから今は安心してゆっくり休んでくれ」

夜の月明かりが窓から入り彼らの寝顔を映し出し、隣に座った雛も安心した様に八城へ無防備にも身体を預け、安心しきった寝顔をみせていた。

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