第270話 終戦6

「だがね、彼らも哀れなものだよ。夏前に起こったクイーンの襲撃によって犠牲となった家族の仇とも言えるクイーンの一体を打ち取った。……ほら、下を見てご覧よ、東雲八城」

ブラインドで覆われている隙間から建物入り口に集まっている住人を見下ろせば、八城が来た時よりも多くの人だかりが出来上がっており、騒ぎの声は人だかりと比例する様に大きくなっている。

「ほら、いい大人が雁首揃えてはしゃぎ回る……フフッ、あれじゃまるで子供じゃないか。異形に立ち向かって惨たらしく殺された本当の子供の損害なんて、あそこで馬鹿騒ぎをしている子供みたいな大人は誰一人理解しない。私もキミも彼らを甘やかし過ぎたのさ」

確かに、戦いを見せなかった。

無縁だからこそ感染者の恐ろしさを理解出来ない。

どう消費されているのかも理解しないまま自分たちと無関係の子供を平気で送り出す事が出来る

「あぁ、だがそれはお前も一緒だろ。子供の犠牲を良しとしたのはお前自身のはずだ!」

声を荒げる八城に、それでも丹桂は紅茶混じりの吐息を吐き出した。

「そうだね。だが犠牲にしたからこそキミはクイーンに勝った。なら結果的に私の判断は間違っていなかったことなる。この西武中央で単なる穀潰しでしかなった子供が最後の最後に自らの命を賭して西武中央の為にクイーンを討伐した、それは途方もない成果だと言えるんじゃないのかい?」

外の大枠だけ見たなら、きっとそう判断出来る。

クイーン相手に、たったの百人前後の人数で大半が十六歳にも満たない子供の寄せ集めがクイーンを討伐したとなれば、それは大きな戦果と言えるのかもしれない。

「戦果だと?本気で言っているのか?……お前はあんな作戦で……あんな、子供が死んでいく戦場が、お前の中で想定していた犠牲だって……そう言うのか?」

『あの子は危ない』と、浮舟茨はそう言っていた。

確かにその通りだ。

住人を最も手っ取り早く黙らせる方法は、集団へ恐怖を植え付けてしまうことだ。

元よりクイーンの討伐を願ったのは住人の意思でもある。

だからこそ子供の犠牲と、それから連なる臨界個体であるクイーンの巣分けを人為的に誘発させることによってクイーンから最も近いとされる西武中央を襲わせ今ある人としての立場をより下へ落とし、今ある環境を押し上げる事は、人の損害を考慮しなければ有効な手段だ。

だが、それは認められるかと聞かれれば答えは違うものになる。

「俺の経験から見て、お前の判断は多分正しいのかもしれない。東京中央の議長も似た様な事をした事があるからな……だが、その方法は人間が人間に許していい方法じゃないんだよ」

浮舟丹桂の作戦は簡単だ。

人を減らせば、人の声は小さくなる。

現在一階広場で繰り広げれている、住人たちの騒ぎにしてもそうだ。

多くの住人が居るからこそ、人が人を呼び暮らしが出来る。

だが、人が人たらしめるための人を減らすという事は、人を辞めるという事に他ならない。

「人の犠牲を目算に入れる人間はただの人殺しだ。お前は死んだ姉に囚われ過ぎてる」

「ハハッ!囚われるか!それの何が悪いんだい?誰も彼も何かに囚われて生きているじゃないか、化け物を相手に無双を誇る他ならぬキミだってそうだろう?東雲八城?」

「……そうかもな、だが区別はつける様にしてる」

「区別……か?……フフッ……ハハハハハハッ!ならば区別も付かず、住人を犠牲にしようとした私は、キミから言わせればさしずめ化け物だとでもいうのかい?」

「お前は化け物の仲間入りをしたいのか?なら今すぐにでも送り出してやる」

三日月の上がった口角を下げ、代わりに感情を削ぎ落とした表情を貼付ける。

「ふむ、是非遠慮したいね。だけどね、ここの住人は嫌気が差す程に部隊で損耗する人的被害を顧みない。安全に安全を享受して、安穏と日々を過ごしているんだよ。そして、愚かな事に私もその一人だ。だが私と彼らの違いはね、私の指示で誰かを犠牲にしても住人が私を必要とする限り私自身が生き残らなければならない事にある。なら私自身が化け物にでもならなければこの世界は生きづらいと思わないかい?」

生死の判断を委ねられ、誰のせいにする事も許されず。

かといって死ぬ事も許されない。

彼女の姿が何時かの柏木の姿と重なったのはきっと必然だ。

「……確かに化け物なら何も感じず生きやすいかもしれないな。だが、どんな理由があっても人と関わっている内は人を辞めるべきじゃない。これから先に人の上に立つつもりがあるなら尚更だ」

「上に立つ、か……キミも酷な事を言うものだ。キミが私の役割を長引かせたんじゃないか……」

……やはり予想通りだ。

いくら無情に振る舞っても、彼女の人間性は正常に機能している。

だからこそ、西武中央最高議長である『浮舟丹桂』はこの作戦終了時に自身の一命を持って自身の役割を全うしようしていたのだろう。

そしてだからこそ、危ういのだ。

役割というものに殉じれば、人は容易に歯車になれてしまう。

自身というものを見失い、命すら歯車の一部と見なし、なんの感情もなく切り捨てる事が出来てしまう。

そこから連れ戻す役目は仲間であり、友人であり、恋人であり、そして浮舟丹桂にとっては家族だったというだけの話しだ。

「それで?話を戻そう、キミは何をしにこの場に来たんだい?よもや、子供の犠牲に関しての説教をしに来た訳じゃないのだろう?」

飲み干したカップを置き、氷の様な視線で八城を見つめ返す。

八城もその視線で現実に引き戻されるように、熱に浮かされていた気分を落ち着ける事が出来た。

八城はこの場に来た理由をもう一度精査する。

鬱憤を晴らしに来た訳じゃない。

たった一つ、約束を違えない為に八城は此処に来た。

「……俺は。お前の姉から一つ頼まれた事がある」

八城は『浮舟丹桂』に一発食らわせる為にここへ来た。

それは浮舟茨との約束でもある。

だが、八城がどんな一発を食らわせたとて、彼女の目はきっと覚めることはない。

そもそも覚める事を浮舟丹桂が望んでいるとは思えない。

だが、約束は約束だ。

「お前の姉に頼まれて俺は今からお前を殴る。……歯を食いしばれ」

「おいおい、急な話だね。まぁ確かにキミに殴られて然るべき事は仕出かしたつもりさ、それぐらいは甘んじて受けようじゃないか」

諦めを滲ませて、何も感じない様に丹桂は瞳と共に心を閉ざす。

きっと何をやっても伽藍堂の心に響く事はない。

穴の空いた袋に空気を入れても膨らむ事が無いように、これから八城がする行為自体も無駄に終わるのだろう。

だが、それでも……

何も変わらないとしても……

「行くぞ……」

言葉と同時に大きく振り上げた手を八城は勢いよく振り抜いた。


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