第264話 終戦1
誰も彼もが錆びた様な血の据えた匂いを携えて、一つの獲物を見定める。
最初の間合いに、八城と桜が飛び込んでいく。
一合、八城の量産刃が二重螺旋を描くクイーン二刀に触れ、身体ごと持っていかれそうになるのを強引に両の腕で押さえ込むが、瞬間八城の持っていた剣先が欠けた。
「桜!まだ間合いに入るな!大男!先に仕事だ!」
八城の叫びと同時に浮舟衣は反転、クイーンの真後ろからクイーンが半身に構えた量産刃の一本を狙い澄ます。
「了解だぜ!東雲八城!」
量産刃は独特の剣技と相まって粘性を纏った蛇のようにうねり、クイーンの量産刃を絡め地面へと押さえ付ける。
二人の男は、二人分が先へ進む為の道を作る。
疲弊が激しく、決して万全ではない八城と衣では成し得ない……
いや、この二人ではクイーンがそれを許さない。
違和感はあった。
だがこの一撃で八城の違和感は確証に変わった。
だから、この二人に任せる事にした。
西武中央遠征隊No.一を背負う浮舟桂花、そして、一華以外で初めて背中を許した、次代の八番隊を担う最強がこの先の道を開く。
そして、その道行きの障害を取り払う為に今ある全てを賭ける価値がある。
肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。
限界を超えた酷使が、八城の兵士としての機能を大きく低下させている事は八城自身が分かっている。
クイーンの腕力は常人では抑える事は叶わない。
だが、それでも、常人をやめた八城は己のどんな犠牲を払ってでも、桜がクイーンの懐へ入るまでの数瞬の時間を稼ぐ
だが得てして絶対的な暴力とは、あらゆる意思や願いよりも優先される。
今の八城では押し返される……
力が足りない……
技でどうにかなる次元を超えている……
コイツを足止めする術を今の八城は持ち合わせない
『あぁ……いいぜぇ、気に入ったぁ』
何処か遠く……
或は近く……
直接響いて来る様で居て、遥か遠くから囁かれたようにも思う。
『殺してぇなら、俺の目ぇ貸してやるよぅ』
悪魔の囁きか?
聞き覚えのありそうで、聞いた憶えのない声は走馬灯の類いだろうか?
だが、走馬灯ならそれでも良い。
確かに聞こえる間延びしたコマ割りの様な一コンマ未満の世界で、八城はその問いかけに呼応した。
『あぁ、何でもいい……コイツを倒す為に……お前の力を貸してくれ!』
声の向こうの主は微かに笑い
『なら、やっちまぇ!』
声を聞いた直度、引き延ばされた時間から引き戻される。
より鮮明に、より詳細に、クイーンの振るう刃の刃こぼれすら八城には止まって見える。
人を辞めた者だけが到達する、鬼神薬の末期症状である。
最も戦闘に特化した、人としての最終段階。
普通の生活には、もう戻る事は出来ない事は分かっている。
だが、この一瞬は……
八城のこれまでを賭けるに値する。
押し返されていた、量産刃を素直に引き
八城は掛け零れた切っ先をクイーンの持つ量産刃の最も弱いとされるつなぎ目部分へと滑り込ませる。
同時に、ジョイント部分に挟まった八城の量産刃が割れ、クイーンの持つ量産刃のジョイント部分も破壊される。
クイーンの手の中で振るわれた量産刃の刃の部分は、固定器具である歯止めを失い振り抜いた方向へ衣の頬を掠め飛んでいく。
量産刃は中程から折れ、もはや八城の仕事はここまでだ。
「コッチは俺が抑える!叩き込め!桜!」
「そうだぜぇ!姉貴を叩き起こせ!桂花!」
がら空きになったクイーンの半身へ桜は八城の前へ駆けてゆく。
「はい!隊長!」
「了解です、兄さん!」
いつの間にか、こんなにも頼もしくなったのか……
無駄のない流麗な動き。
秋晴れの木漏れ日が量産刃に反射しながら、クイーンの眼球部分へゆっくりと量産刃が滑り込む。
そして、桜の差し込んだ背面から浮舟桂花は、桜の量産刃が浮き上がった箇所へと量産刃を叩き付けた。
一瞬の交錯の後、クイーンの頭部から血華が咲いた。
桜と桂花、そして衣は即座に前進、クイーンの楯鱗が破れた箇所へ量産刃を滑り込ませ、左右上下へと一刀を走らせる。
「隊長!まだです!」
桜が投げて寄越したのは、クイーンが持っていた二刀の内に一刀、つまり八城の量産刃だ。
「隙は私が作ります!行って下さい!隊長!」
量産刃を投げて寄越した理由は一つだろう。
刃は所々欠け、摩耗してはいるものの、最後の一太刀を浴びせるには事足りる。
クイーンの楯鱗の裂け箇所、喉から背面、そして腹にかけて露出した内膜に肉に覆われた感染源である核を見つけ出す。
再生を優先させるべくクイーンは両腕で核を隠そうと最後の抵抗を、桜は切り裂いた楯鱗の内側、クイーンの裂けた腹から腕の付け根へ刃を滑り込ませ、繋がる肩の筋を間接ごと切断してみたが、もう片方の腕が核部分を覆い隠している。
「もう!往生際が悪いですよ!」
桜は再生の阻害の為にクイーンの間接へ刃を突き刺したままだ。
八城が持つこの一刀を使えば、もう片方の腕の筋を斬る事も出来るだろうが、それでは再生が追いついてしまうだろう。
一か八か、このまま斬りつけるか?
いや、クイーンの楯鱗に阻まれてしまえばそれまでだ。
逡巡の刹那、八城の思考の隙間を縫うようにクイーンの前に二つの影が躍り出る。
一人は鮮烈な憎悪を瞳に宿し
一人は野蛮とも言える獰猛な感情を燃え滾らせる。
前者は『浮舟桂花』後者は『浮舟衣』だ。
「足引っ張るんじゃねえぞ!桂花!」
「兄さんこそ!今更相手の姿に動揺しないでください!」
瞬間、二人を見たクイーンは鼻歌を口ずさむ。
だが、それは事今の二人にとっては逆効果だといわざるを得ない。
なにせ二人にとってクイーンは姉の姿、それも姉の声で姉の歌を歌うクイーンに対して二人の刃は重みを増してゆく。
「絶対に止めます、兄さん!」
「言うまでもねえ!桂花!」
幾度となく共に戦場を駆け呼吸すら呼応し合う動きを熟知した二人は、姉の姿をしたクイーンの腕を抑え、二人がそれぞれに持つ一刀はクイーンの肩口へ量産刃を突き立てられる。
満を持してクイーンの絶対の防御であった両の腕が垂れ下がる。
道が開けたのなら、八城が行かぬ道理はない。
茨というには生温い。
百戦錬磨の獣ですら通る事を拒む地獄の道を、屍を積み重ねた数だけ進み続けた者だけが到達する血塗れた行き止まりがこの場所だ。
最後の抵抗と、クイーンは向かって来る八城へ自身の歯を剥き出しに噛み付こうとして来るが、戦場で狙い澄ましていたのはただ一人。
「見えている、八城くんに手出しはさせない」
紬の手元から放たれた赤色の一線が戦場を彩り、的確にクイーンの額を撃ち抜いた。
臓物を引きずりながら、人肉と血の入り交じった吐瀉物を撒き散らし、咆哮を上げるクイーンは助けを求めているようにも、命乞いをしているようにも見えたが、受け入れる道理はない。
「ようやく……届いた……」
抜き放った八城の一刀を、クイーンは胸の中心へなす術無く受け入れたのだった。
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