第263話 根城30
普通の感染者であれば致命傷だが表面を楯鱗で覆われているクイーンの全面を斬りつけたのではあまりにも意味が無い。
それにたった四本しかない量産刃を、ここで摩耗してしまえば手立てがなくなってしまう。
「一旦下がれ!無闇矢鱈に突っ込めば良いってもんじゃない!」
「桂花さん!お願いです!一度下がって下さい!私達の敵は強いんです!連携しなければ絶対に勝てません!」
桜と八城は鬼神薬の感覚を全て注ぎ込み、二振りの内の一本ずつを凌ぎ切るが、桂花は二人の声など聞こえていないのか、一刀をただ握りしめ姉の姿をしたクイーンへ連撃を叩き付ける。
何度も、何度も……
クイーンの眼前に立ち、浮舟桂花は喉から血反吐が吐き出るのではないかという絶叫と共に、量産刃を力任せに振り下ろす。
八城と桜は、桂花へ向けたクイーンの攻撃をどうにかいなし続けていた。
だから、気付いた。
……いや『クイーン因子』を持つ八城と桜にだけ聞こえた、と言った方が正しいかもしれない。
「隊長、これって……」
「あぁ、本格的におかしいな……」
八城と桜は、感じたクイーンの異変に桂花の首根っこを捕まえ、クイーンから距離を取る。
異変と言うにはあまりにも不確かな、実感だろう。
敢えて手応えを言葉にするならそれは音楽だ。
「歌が、聞こえた、桜……お前もか?」
「はい……確かに、アレは確かクイーンが口遊んでいた……」
その歌は桂花がクイーンに近づくにつれ、より鮮明に脳内に直接響いて来た。
このクイーンの個性だと思っていた同じフレーズだけを繰り返す鼻歌……
だが、それが素体となった人間の個性だったとしたら?
桂花が近づいた時にだけクイーン因子を介して響いてきた歌が無関係だとは考えがい。
「隊長、隊長が何を考えてるか、ちょっとだけ分かる気がします」
「人の心を読むな。だが悪い手じゃない筈だ」
浮舟桂花が近づいた時にだけ、聞こえる……
それは即ち、このクイーンにとって『浮舟桂花』が特別だという事だ。
そして浮舟桂花が特別であるなら、このクイーンに素体となった浮舟桂花の姉つまるところ『浮舟茨』の意識がクイーンの中でまだ存在している可能性があるということだ。
目の前のクイーンは退いた此方には動かず、首を小刻みに動かし此方の様子をただ見つめている。
「浮舟桂花お前は姉にもう一度会いたいか?」
「……何を言っているんですか?アレは肉の一片に至るまで姉ではありません、姉の姿をした化け物です……」
犬歯を剥き出しに荒い呼吸を整える桂花は、目の前のクイーンを捉えているようで、その奥に確かに見える姉の姿を掻き消せずに居るのだろう。
「そうだな。お前の言う通りだ。だからあの姿をした化け物をどうにかしないといけないだろ?」
「……どうにか出来るんですか?」
疑いを向けるのも理解出来るが、打つ手がない現状、八城としても直感に頼るしかない。
「俺に考えがある。というか武装を持っているのはお前とお前の兄貴、それから俺と桜の持っている四振りの量産刃、そして紬がテルから拝借している拳銃の残弾が数発、この戦場でクイーンに致命傷を与えるには、お前とお前の兄貴の協力が必要だ」
一瞬訝しんだ桂花だが、桂花自身も打つ手ため、従う以外に道はない。
「……了解しました、アナタの指示に従います」
望む姿勢や求める心情を違えても、求める結果が同じなら手を取る事が出来る。
「ぼさっとするな大男!最後の仕事だ!」
「……クソったれ、分かってんだよ!」
クイーンが口ずさむフレーズに気を取られていた『浮舟衣』を呼びこの場で全ての役者が出揃った。
もうこれ以上はなく、ここが最後。
崩されれば、それまでの戦いだ。
「俺と桜で正面を抑えてどっちかがクイーンの口の中に量産刃を叩き込む、桂花と大男はクイーンの背面から回り込んでコッチの攻撃合わせてくれ」「
二人は相手が姉の姿を象った化け物、それも記憶の中にある姉と似た行動を取る事に隠しきれない動揺があるのは知っている。
きっとこの二人は武器を取るには適任ではない。
だが事、このクイーンに向かうに当たってこの二人以上の適任は居ない。
「俺の勘を信じろ、多分上手く行く」
「ハハッ!テメエの勘かぁ!命を賭けるには丁度いい重さだなぁ!」
当たる事など殆ど無い八城の勘だが、今回ばかりはこの場に居る全員の命が掛かっている。
起死回生のチャンスは一度。
手繰り寄せろ……
今この瞬間を物にしろ……
持てる最大を今ここでさらけ出せ
あの叫びの奥に居る本性を引きずり出す為に
示し合わせる必要はない。
隣り合った八城が動けば桜も動く。
二人は同時に駆け出し、その二人の背後に続くように浮舟衣と浮舟桂花も二人の後を追って行く。
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