第244話 根城13
桜はもう一度大きく目を閉じて全ての感覚を研ぎ澄ます。
聞こえて来るのは桜自身の心音の音と、遠くで堅い何かが打つかり合う音。
作戦開始のタイミングは桜へ一任されている。
一呼吸、向こう岸で熱を上げる戦場を嗅ぎ付ける呼吸を整えて、桜は頼りない量産刃を抜きその戦場に立つ。
化け物と化け物が降り立つ、己以外は唯一無二の孤高な戦場だ。
「隊長、遅れて申し訳ありません」
誰にも聞こえ橋ない事を理解していても桜は贖罪を口の中だけで呟いて、二つの影の境目に刃を滑り込ませた。
甲高い金属が擦れ合う音が鳴り響き、二匹の怪物の視線が一斉に桜へと注がれる。
肌が粟立つ感覚の正体が、鋭敏化されている今なら分かる。
技量と特性、そして何より八城との化け物として生まれ落ちた年期の差を今の桜はありありと感じる事が出来た。
『強い』と……
そう桜の口の中だけで思わず呟きが漏れる。
たった一合、剣戟を受けた腕に伝わる刃の重さはそれだけで残酷な実力差を指し示す。
刃を突き立ててしまえば終わる勝負に必然はない。
だが、どんな偶然すら撥ね除ける実力を持つのなら隙などありはしない。
「でも!今の私は隊長に勝つ事が目的じゃありませんから!」
桜は自身を鼓舞するように八城から振るわれた刃を弾き返し、次いで迫るクイーンからの両刃のようなドス黒い爪の連撃を躱していく。
人の形をしているにも関わらず、その威力は比類なき破壊力を持って桜が居た地面を抉り出す。
量産刃で受ければ、即座に使い物にならなくなる事は言うまでもないだろうが、本能のまま振るわれるクイーンからの攻撃は今の桜にとって、躱すだけであれば容易い。
だが、間隙を縫う八城からの無作為な一撃が、桜の規則正しい刃を否が応にも別の形へと誘っていく。
「隊長の事は!後で!相手を!しますから!」
八城からの刃の誘導によって、クイーンと八城の間に挟まれた桜は、たった一本の量産刃で八城の上段からの振り下ろしをクイーンの一撃へと打ち合わせる。
クイーンはそのまま、近づいて来た八城を掴もうと腕を伸ばして来るが、八城は外装を『楯鱗』で覆われたクイーンの表面をなぞるように器用に刃を滑らせ、自身の間合いから距離を取る。
あくまで、一対一対一の構図は揺るがない。
桜がこの戦場で一瞬でも気を許せば、それは間違いなく自身の死へと直結することになるからだ。
若干、八城の立ち位置がクイーンに近く、桜は二人を俯瞰で見る位置に陣取った。
習性として鬼神薬を服用した八城が自身から最も近い敵へ攻撃を仕掛ける事を桜は知っていたが、次の一撃は桜が予想し得ない量産刃をぶん投げるという奇天烈なものだった。
「なっ!」
戦場には似つかわしくない声が洩れたが、桜は刀身を器用に使い、空中に放り投げられた量産刃を剣先で勢いを殺し、降りて来る量産刃を空いた片手で難なく掴む。
「あぁ!そうかよぅ。テメエどっかで見た事あると思ったら、あのクソ餓鬼と一緒に居た女だなぁ!」
一つ、彼が言葉を発する事に驚いた。
だが何よりも桜を驚かせたのは
目の前の彼を……
目の前で喋る『東雲八城』を桜が知らないということだ。
だが、彼は紛れもなく桜が『隊長』と呼んでいた八城の声で話している。
理性的かつ、戦況を把握し冷静に判断する『隊長』としての一面と、少し面倒臭がりで、作戦中でなければ好い格好など見た事もない『東雲八城』としての聞き慣れた声……
だが、この声人物は桜の知るどの『隊長』にも『東雲八城』にも属さない。
全く知らない別人だった。
「おい、無視すんじゃねえよぅ!聞いてんだろぅ?クソ女!」
粗暴な振る舞いに、ニヤつく双眸。
だが、紛れもない東雲八城そのものに桜は困惑をどうにか噛み潰す。
「……あのクソ餓鬼?それは紬さんの事ですか?」
「あぁ!?名前なんってどうでもいいだろうが!テメエらは全員殺す!俺の邪魔をした奴は殺す!アハハハハ!楽しいなぁ!殺し合いのフルコースだぜぇ!」
対面するだけで伝わるのは、目の前の彼が桜の知る東雲八城ではないという事実と、東雲八城の皮を被った彼が、普通の人間が照らし合せるところのルールを解さない存在だという事だろう。
「共闘は……出来ないんですか」
「キョウトウだぁ?テメエもこれから殺すのに?俺とキョウトウかぁ?」
愚問だと桜は遅まきながら思う。
純粋に笑う八城の姿をまさかこんな形で見る事になろうとは夢にも思わなかった。
自身の誕生日を祝われているかのように、八城は心の底から楽しげに笑って見せた。
「アハハハハ!最高におもてなしの精神が出来上がってやがるなぁ!殺し放題!殺され放題!愉快で愉快でこりゃあ笑いが止まらねえよぅ!」
八城は桜へ投げた量産刃を拾う事はなく、あらかじめ分離させていた量産刃の換えの柄と、替え刃を装着し新たな一刀を八城は構え直した時、八城に向けて痛烈な砂塵が舞った。
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