第229話 後顧11

機材の状況から色々と弄ってみたものの、丸子からの通信が途絶していることを確認したテルは、お手上げとばかりに両手を上に上げてみせた。

「向こうから、切られたみたいっすね」

「どうやら、そうみたいだな……」

テルは扱い慣れた手付きで機材を専用のケース内に仕舞いこみながら丸子が言っていた会話の内容について八城へと問いかける。

「八番は、もう限界なんすか?」

冷えた秋空に響き、八城は少しだけ肌寒さを忘れていた事を思い出すのは、聞かれた内容が八城にとって、底冷えするほどには答えたくない内容だったからだろう。

「あぁ、随分前から限界だ。騙し騙しやっては来たが身体の抑えが利かなくなり始めてる」

「それは、今日とか明日の話っすか?」

「……そうだな、前回の戦いの時丸子から後一回か二回が限界だって言われてた。だから最後のその一回が明日来れば、俺は明日が最後の日になるんだろうな」

八城の鬼神薬の血中濃度は完成に近い。

人の体内で作り上げる人を化け物足らしめる薬品、そして八城の後継まで居るのだから八城の役目はもう終わりに近いのだろう。

「だがな……まだ死ねないんだよ。アイツらが一人前になるまではこの身体にはキビキビ働いてもらわないといけない。だから今回きり、この一回を遠ざける方法を自分なりに編み出してみたんだが、どうやらその賭けも聞いた限りじゃ五分五分らしい」

夜の黒に融けるように八城の白髪混じりの黒髪が揺れ、その姿を痛々しいとテルは目を背ける。

「雨竜良から言われてるっす。絶対に東雲八城を殺すなって、この意味をわざわざ説明しなくても八番には分かるっすね?」

「あの人、自分は正しいことはしないくせに正論ばっかり言うからな、正しくても当てにはならないぞ」

「でも雨竜良は正しいっす。だから八番、私は八番の意思より雨竜良の残した言葉を優先するっすから。それで八番の思いに背く結果を招いても」

「お前はお前の好きにすれば良い。だが俺も俺の好きにする、それでお前が望む結果にならなくてもな」

「なんでそうなるっすか!それは一人よがりっす!誰も八番の死を望んでないんっすよ!」

「ハハッ、そりゃあいいな。だがな結局出来る奴が自分に出来ることをするだけなんだよ。出来ることをやらないで人が死ぬぐらいならな」

「やれること……それをやって死ぬかもしれないことを『出来ること』とは言わないっす」

「……別に死ぬ訳じゃないだろ?」

その一言にテルは珍しく大声を張り上げた。

「居なくなるのは死ぬことと同義っすよ!それに野火止一華も弟切師草も!鬼神薬を最後まで使い切った人間は誰も戻って来れなかった!八番だけ特別に戻って来れるわけじゃないっすよ!」

あぁ、きっとテルの言う事に間違いない。

誰も向こうに行ったまま戻って来た者はいない。

どれだけ強固な意志を持っていても、高潔な精神であろうと鬼神薬に例外はない。

戦い続ける人が鬼となる禁忌の薬だ。

「だろうな。俺も含めて誰も特別じゃない。だが俺がここの子供を嗾けたんだ、俺はその責任は取らなきゃいけない」

「責任って!そんなの西武中央から八番が押し付けられた責任っすよ!それに、ここの住人はここの子供を諦めてるっす!その子供を助ける意味が今更あるんすか!」

「だとしても……それは駄目だろ。もう俺はアイツらの前に立った。その俺が戦いの場に出ずに逃げ出したんじゃ誰がアイツらの命の責任を負ってやるんだよ」

二〇〇名の人員の命は、減ることはあっても増えることは決してない。

そして彼らが減ると知ってなお、八城は子供である彼らを戦場へ唆した。

「テル。お前にとってこの世界での大人は誰だった?」

八城の言葉に、テルは反射的にある一人の男性を思い浮かべる。

粗暴で粗雑、それでも無類の強さを誇ったシングルNo.5を持っていた八城と仲の良かった男の名を

「多分同じだ。俺にとっての大人は『野火止一華』で『雨竜良』で『柏木光』だった。だから俺はまだ戦場に立つうえでは恵まれていた。だがアイツらは違う」

「でも……でも!そんなの!誰も他人の命を負うなんて誰にもできないっす。そんなのただの綺麗ごとじゃないっすか!」

「そうでもないさ、今までアイツらの周りに大人は居なかった。アイツらの周りには責任を負わないデカい子供が居るだけなんだ。だからアイツらにとって、アイツらの命の責任を……アイツらが居なくなった後を負う大人が必要なんだ」

「でもそんなの八番が気にするような事じゃ……」

「そんな寂しい事を言ってやるなよ」

気にする事じゃない。

きっとテルの言う通りだろう。

それでも、矢面に立たされる人間の気持ちは、八城には痛いほどよく分かる。

いつだって犠牲になるのは弱い人間から、もっと弱い人間はそもそも矢面に出て来る事すらしない。

だから、せめて八城は、過ぎた彼らを記憶に中にだけは留めて離さないのだ。

「この四年間では何時ものことだ。生き残った人間が死んだ人間の明日を背負うんだ。アイツらが明日やりたかった事や、望んだ幸せと掲げた夢を、明日まで生きて、せめて俺ぐらいは悔いてやるんだ」

明日を見る事なく、今日を生きた人間が居る。

居なくなったのは弱かったからじゃない。

矢面に在った彼らの事を弱かったなどと誰にも言わせてなるものか。

彼らが明日を見なかったのは、今日を懸命に賢明に生きたからこそ尽きたのだ。

「今日この暗い夜の中で子供の何人かは犠牲になる」

見上げた夜空には星が瞬き、八城は耳を澄ませても聞こえない悲鳴に耳を傾けた。

紛れた

「俺がやったんだ。俺がアイツらを追いつめた。その俺が逃れる事なんて許されない。それでたとえ俺の最後の一回を使う事になってもな」

「ッ!最後って、矛盾してるっすよ!八番は残ったものを覚えてるんじゃないんっすか!最後にするんじゃ意味ないっすよ!」

「だから、そうならないように、今日これからもう一人会いに行かないといけない奴がいる。この作戦を成功させるのに必要な、ある意味この世界で最強の一人にな」

「ある意味?最強っすか?」

テルが疑問に思うのは当然だ。

最強と聞けばそれは武力による実力という思考に陥りがちだが、本質的に強い者は戦わずして勝ちを得る者を言う。

そして唯一彼女は武力的実力も、そしてこの世界において戦わないという実力も持ち合わせている。

「知りたきゃ付いて来い……と言ってもお前も知ってる奴だがな」

八城の目指す人物は、7777番街区からずっと八城と共に居た。

八城が唯一鬼神薬の進行を止める事が出来ると確信を持った……鬼との会話が対当に出来る人物。

この世界で唯一、『人間の姿を持ったクイーンの少女』の元へ

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