第213話 才能4
「答えろ、その答え如何では俺はお前に協力してやってもいい」
八城の予感はきっと間違っていない。
テルが菫に関する情報を渡され、子供を守る姿を見せた大男は、この番街区内で誰よりも八城に近いのかもしれない。
僅かに溜まった時間の澱みを掻き消すG.Oの笑い声が上がり、表情が自嘲を示す微かな笑みで固定された。
「アイツらが決めたルールなら俺は間違いねえ、大量に人を殺した人殺しだろうさ。それに俺は俺の意思で人を殺したんだ。それに間違いはねえよ」
「じゃあ、認めるんだな?」
「あぁ、どうあってもやった事実はひっくり返りゃしねえ、それに俺としてもひっくり返そうと思わねえ。アイツらは俺が殺した。誰一人、隙間なく俺が皆殺しにしたぜ」
何を思い返してか、笑みを結ぶ口角に八城の視線は厳しい色を見せた。
「なら質問を変える。何故お前は逃げなかったんだ?お前程の実力があるなら何処へなりとも好きに逃げられた筈だ。それにお前は『皆殺し』に、したんだろ?それなら尚更お前が西武中央へ留まる意味が俺には理解出来ない」
逃げるという選択をする時間も実行するための猶予も幾らでもあった筈だ。
なにより遠征隊元No.二であったG.Oが向こう見ずに行動したとはどうしても考えられない。
逃げられない何かがあったと考える方が筋が通る。
「お前は何故ここに残ったんだ?お前を西武中央に縛り付ける理由はなんだ?お前には投獄される前も、投獄された後『浮舟桂花』率いる部隊に配属された後も、お前には幾らでも逃げる機会はあった筈だ。にも関わらずお前はまだ此処に居てお前の妹に関する頼み事をしている」
西武中央は今や立て直すより壊してしまった方が早い段階にある。
それこそ住人を切り捨ててしまえば簡単に……
「……ちょっと待て。『浮舟丹桂』と『浮舟桂花』はどうやってこれから失敗する作戦の収拾を図るつもりなんだ?」
八城は、昔大黒ふ頭を襲ったあの事件を思い返す。
あの頃は中央がまだ四つだった。
大黒ふ頭中央は強い統治と武力によって住人を縛り付けたが、振るわない戦果に痺れを切らした住人の東京中央への移住が大きな起点となり、そして大黒ふ頭の陥落とふ頭中央議長とNo.sの反乱鎮圧の収束を持って中央は四つから、三つとなった訳だが、現状はあまりにも似ている。
「おい……待て。じゃあ浮舟丹桂の起こそうとしてるのは……」
「そうだぜ、東雲八城。アイツはもう人間をやめちまった。だが、俺の妹なんだよ。だから止めてくれ。今の俺にゃ止められねえんだ。アイツに頼り過ぎちまった今の俺じゃあよ……」
敵を利用して、敵になる人間を減らす。
簡単な引き算だ。
丹桂の身動きを妨げるのは、民衆の意思だ。
そしてそれは同じく戦いを任されている遠征隊でもある。
だからこそ、子供を殺す口実が必要となった。
子供を殺すのは住人だ。
住人の望みが子供を殺す。
そして子供を殺せば、戦いを任されている人間は黙っていない。
だからこそ、臨界個体に子供を喰わせ、自然を装って住人を減らすのだ。
住人を喰わせ、番街区を減らして、減らして、減らして、最後まで減った頃を見計らい、戦う必要なく安全圏に残した精鋭で番街区を統治すれば、住人は言う事を聞かざるを得ない。
つまり『浮舟丹桂』は、子供の『殉死』という美辞麗句を使い兵士の心を掴み外堀を覆う感染者と内堀を占める兵士という傘で、住民の意思を削ぐのだろう。
そして、その計画に八城を利用しているということだ。
住人の意思を削ぎ従順にさせる脅威は、なにもクイーンじゃなくともいい。
むしろ強大過ぎる脅威は民衆の意思をコントロール出来なくなる。
「そうか、そういう事か……」
考えれば考える程、冷徹無比で人の命を意に返さない作戦だ。
使い古したボロ雑巾を捨てるのが当然と同じく人の命を見ている証拠だろう。
「割とどうでも良い事だが、俺はこの作戦、少しだけ面白くない」
「なんだぁ、お前もかぁ東雲八城?随分と気が合うじゃねえか。俺も小指の先程度には、この作戦が気に喰わねえんだ」
理由如何は二の次にそれぞれの感想は、偶然にも同じ方向で、二人の不気味な笑い声が夜空に上がる。
「お前は、この作戦で死ねるか?」
「おいおい、人を殺しても生き残った俺にそれを聞くのかよ?」
「確かにその通りだ、聞く質問を間違えたな。ならお前は自分のところの可愛い妹の為に死ねるか?」
「そりゃあ、言ってる意味が分からねえなぁ。むしろテメエは妹の為に死ねねえのかよ?」
G.Oの言葉に、八城は実の妹を思い返す。
追放された一華と共に突如として現れた。
今ではたった一人の血の繋がった実の妹の事を……
そうだ、どうもこの大男を憎めないと思えば単純な話だ。
なにせ一身を賭けられる場所が八城と同様の場所にあるのだから。
ただ、認めるのは非常に癪でもある。
「このシスコン野郎。一生牢屋に入ってろ」
「おいおい!その言葉そっくりそのまま返すぜ!自分の妹と称して幼女を侍らせる変態野郎が!」
売り言葉に買い言葉、だが二人はそれを楽しんでいた。
置いてきぼりされて少し退屈そうな菫の横顔に冷えた夜風が頬を撫でると、寒さに八城の裾をキュッと握り込む。
「それで?話が逸れちまったが、協力してくれんのか?東雲八城」
「まぁな、仕方ない。それにウチの隊員に正義感っていう厄介な持病の持ち主が居てな、さっきそいつから説教された所だ」
「ハハッ!そいつはいいな!俺が一番嫌いなタイプだぜ!」
正直笑い事ではないのだが、八城も終始明るい大男の笑顔につられて口の端に笑いが漏れた。
「だろうな、俺も少し前まで嫌いなタイプだったが、今じゃなんだかんだ言って、居ないと寂しいもんだ」
「おいおい、大丈夫かよてめえ。まさかお前ソイツに毒されてんじゃねえだろうな?やめてくれよ、天下の東雲八城がクソ餓鬼庇って戦死なんぞ、笑えもしねえ」
「かもしれない。だがあの毒に毒されるなら悪い気分じゃない」
木々と民家の乱立する夜の田舎に、虫の鳴き声が響き渡る中、八城は後ろに張り付き前に出ようとしない菫をソッと引き剥がし、視線が合う様にしゃがみ込んだ。
「菫、悪いが力を貸してくれ。この戦いには、お前の力が必要だ」
夜風に靡く深紅の長髪を、菫は絹の様に細い指で撫で付けながら八城の言葉に小さな頷きで返す。
「言ったなの。この命は八城さんにあげるって、だから私は八城さんの指示に従うなの」
「違うんだ。嫌なら嫌と言って言い。危ない事はしたくないと言っていいんだ。俺はお前に危ない事を強制したくない」
八城は決めたのだ。東雲という名を与えた以上、『東雲菫』だけは何があっても守り通さなければならない。
それは、人理として……そして何より、八城の目的へ近づく為にも……
「なら尚更なの。私はここの人の誰にとってもクイーンで……敵なの。沢山の大切を奪った名前を持ってるなの。でもだから私は自分の居場所を私自身の手で作らないといけないなの。この本にもそう書いてあるなの」
引っ張り出した文庫本の背表紙には『良い会社の作り方』という題名が書かれている。
今の菫が読み物とするには年相応とは言い難いが、本人が楽しんでいる物を否定するのも気が引ける。
「……良い本だな。ちゃんと最後まで読むんだぞ」
コクコクと可愛らしく頷く菫の髪を一撫ですると、菫は嬉しそうにはにかんで見せた。
「まぁ、それはそれとしてもだ、大男。お前具体的にはどうやって『丹桂』の作戦を止めるつもりなんだ?」
「それりゃあ……なぁ?」
嫌な予感、なんて曖昧な空白ではない。
「……ん?お前もしかして、何も考えてなかったのか?」
「ちげえよ!東雲八城。お前には丹桂の作戦自体を止めて欲しいんだ。丹桂の方は俺がどうにかするからよ」
「……いや、だから俺はクイーンを倒す算段をお前に聞いてるんだが」
「おいおい、よく考えてみてくれよ。俺はゼロ、お前は二回。クイーン討伐童貞の俺に作戦を考えさせるより、天下の東雲八城に任せる方が余っ程堅実的ってもんじゃねえのかよ」
人を勧誘して来た男の言葉とはとても思えない丸投げっぷりに八城の眉尻が微かに怒りに震えた。
「……今お前の嫌いな所が一つ見つかった……教えてやろうか?」
「要らねえよ。それから面と向かって人の事嫌いとか言うヤツは好かれないと思うぜ」
「撤回だ、大男。お前の嫌いな所は今俺の中で二つになった」
「そりゃ良かったぜ。俺も男のお前に好かれたいと思ってねえからな」
夜闇に紛れた二人の邂逅は、何方ともなく背を向けて呆気なく終わりを告げた。
八城は昔の八番隊隊員を思い返す言葉の応酬にもう二度と戻らない微かな心地よさを感じ、隣に居る菫の存在を確かめる様に抱き上げ、八城は元来た道を引き返していくのだった。
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