第212話 才能3

「そうかよ、そりゃあ良かった。それで?こんな夜分遅くにこんな所まで呼び出して何の用だ?」

夜風の風音に紛れて近づいて来たG.Oに常夜を溜め込んだ八城の濃黒の瞳が夜闇の中に隠れるG.Oを確かに捉えていた。

「そう警戒するんじゃねえよ。お前と少し話がしたくてよ、こうして夜に呼び出すしかなかったんだ」

悪びれるでもなく、さも当然と肩をすくめてみせた。

「テルを使ってまで俺を呼び出す用事か?そもそもテルの使い方を間違ってるな」

「そうか?あの冴えない情報屋の扱いなら、間違っちゃいねえと思うけどな。それより俺は東雲八城、テメエに話があんだよ」

「そうか、話ならまた今度にしてくれ。見ての通り子供連れなんだ。夜更かしして菫がこの後眠れなくなったら困る」

ポンと乗せた八城の手を菫は不機嫌に払いのけるあたり、子供扱いされるのが気に入らないお年頃らしい。

「おいおい、その餓鬼は寝不足にはならねえよ」

「勝手に決めつけるな。菫はこれでも育ち盛りだ」

「ハハッ!舐めんなよ東雲八城!そっちの餓鬼がただの餓鬼じゃねえ事ぐらい見りゃ分かる。そもそもただの餓鬼が『フェイズ三』相手に生き残るどころか、勝っちまうなんざ殺しの英才教育を受けたってできゃしねえよ!」

豪快に笑うG.Oに八城は少なくない焦りを隠し平静を装う。

「そうか。お前の知ってる世界が狭い事はよく分かったよ。それで、俺をここに呼んだ目的はなんだ?」

「まぁ、そう焦るなよ。そこのクイーンの餓鬼も俺は別にどうでもいいし、お前が色々と事情を抱えてる事も知ってる。だからお互い面倒な腹の探り合いはする必要はねえ」

……?

今何と言った?

情報が漏れている……何処から?

いやその前に……

思考が空回り、二の句が継げない八城は、G.Oからの突然の言葉に、否定の言葉を並べ立てる事も出来ず、ただただ呆気に取られた様な不格好な笑みを浮かべる事しか出来なかった。

「ハハッ!そんなに驚くなよ東雲八城!情報屋にここに来いって言われたんだろ?なら大体の察しはつくんじゃねえのか?」

情報屋とは即ちテルのことだ。そして菫の正体を大男に喋ったのは間違いなく……

「……そうだな。だから驚いてる。まさかテルがお前達の方へ寝返るとはな……」

「裏切るだぁ!?アイツに敵も味方もいねえだろ?あの情報屋にあるのは信用の置ける情報をもたらす相手かどうかの違いだけじゃねえのか?」

言わずもがなその通りだ。近くに居過ぎて錯覚していた。

テルは情報屋であり、情報とはあらゆる方面との繋がりを得て初めて成立する。偏った敵味方の区別を付ければテルは情報屋ではなくスパイとなる。

必要な情報を、必要な相手に与えるのが情報屋としてのテルの役割だからこそ、この場合G.Oの言う事の方が正当性のある。

だが一つ不可解な事があるとするなら……

「おい、大男。お前何時からテルと知り合いだ?」

有り得ない話だ。

テルは敵味方の区別をつけない代わりに、情報という価値を重視する。

それは勿論、情報を与える相手にも細心の注意を払う。

だから、おかしいのだ。

テルはこの世界において、ここまで自由に番街区を行き来する事が出来る程、情報屋としては一流の部類に入る。

そのテルが誰とも分からない犯罪者と取引をするとは到底思えない。

「お前、そう言えば女郎相手に勝ってみせた……まてよ、そう言えば聞いた事がある。西武中央にはエースが二人居るって……」

そうだ、何故忘れていたのか。

西武中央、二人のエース

一人は住人の為に戦う女。

遠征隊No.一を背負うに相応しい責任感と技量を兼ね備えた逸材。

そしてもう一人は、感染者を殺す事だけに特化した大男。

遠征隊No.二を背負うこの男は住人の事など考えず、それ故に数多くの戦果を上げると共に多くの隊員が犠牲となった奇才。

西武中央を語るのであればこの二人については余りにも有名な話だ。

「確かその男の名前は……」

その名前は思い返すまでもなかった。最近になってあまりにも聞き馴染みを覚えた名前。

「そうだ……浮舟だ。遠征隊No.二、浮舟……そうか、お前が」

「ハハッ!ようやく気付いたのか!東雲八城!いや、義弟って言った方が良いのか?まぁどっちでも大差ねえなぁ!」

西武中央最強の二人、一人はNo.一を背負った『浮舟桂花』

そしてもう一人は……

この大男を置いて他に居ないだろう。

西武中央にフェイズ三を相手に勝つ事が出来る手練が果たして何人いるのか……

だからこそ、この大男は名前をG.Oという記号に変えて此処に立っている。

つまりは、この男こそが西武中央遠征隊No.二、浮舟ということだ。

「つっても今はG.Oだけどなぁ、まぁ名前なんて何でも変わりゃしねえ。それよか俺はお前に頼みがあんだよ」

G.Oは殊更に一つ区切りを付けて、八城へと向き直る。

「俺の一番下の妹。西武中央議長『浮舟丹桂』をお前に止めて欲しい」

今までとは打って変わってG.Oの表情は堅く、今までのふざけた様子は微塵も感じられない。

『浮舟丹桂』最近では苦手な人間として八城の記憶に新しい人物の名前である。

頭がキレて、何を考えているのか分からない。

そんな人間など関われば碌な事がないのは明らかだ。

出来れば関わりあいになりたくはない八城だが、八城としても弱みを握られている以上、G.Oの話を聞かないという選択肢は持ちわせていない。

「お前が本気なのは理解したが、急にお前の妹を止めてくれとだけ言われても俺には話が見えない。お前は何をどう止めて欲しいんだ?」

「簡単だ。東雲八城、お前はクイーンをもう一度倒せ。そうすりゃ全部丸く収まるぜ」

ここまで笑えない冗談はない。だからこそ八城は笑って見せた。

「ハハッ面白いよ……それを本気で言ってるなら、お前の頭は完全にイカレてるな。もう手が付けられない。そもそもクイーンを倒すのはセルフサービスだ。やりたきゃ自分でやればいい」

「ハハッ!そうかい!ならそこのクイーンを貸してくれ。そしたら後はこっちでどうにかしてやるよ!」

肌のひりつく緊張の後、G.Oは豪快に笑ってみせるが、八城はどうしようもない苛立ちを目の前に見据えていた。

「残念だが菫は物じゃない。ウチの妹に対するお前のそのクソみたいな態度を改めてから出直して来い」

「なんだ?化け物を化け物呼ばわりされて怒ってんのか?!いいなぁ!最高だぜ!中央のエース!東雲八城!お前はそこの化け物を庇って、子供二〇〇人を見殺しするってか?」

静寂よりも深い沈黙、きっと八城は菫のために怒るべきだった。

だが伏し目がちに震える菫はそれを望まないだろう。

「話は終わりか?なら帰らせてもらう」

これ以上不愉快な話を聞きたいとは思わない。八城は菫の肩を掴み踵を返そうとした所で、G.Oがまたしても口を開く。

「テメエはこの作戦が子供を殺してそれで本当に終わると、本気で思ってんのかぁ?」

「言ってる意味が分からないな」

「ハハッ!テメエには分かるんじゃねえのか?この作戦、俺の予想だが二〇〇人を喰わせてからが本番だ。お前が黄泉路ヘ連れてく子供二〇〇人。この人数の意味を良く考えてみろ。この周辺は半年前の西武中央襲撃で腹がはち切れる前の臨界個体がわんさか居る。だから丹桂はその引き金をお前と桂花に引かせるつもりなんだよ!」

『臨界個体』それは『巣分け』一歩手前のクイーンの個体を指す言葉だ。

そして番街区周辺で巣分けが起これば、クイーンの大移動が始まるだろう。

そうなれば番街区を住人ごと飲み込み、またしても巣分けが始まる。

だが、それがなんだ?

「そうか、それでどうした?西武中央がどれだけ打撃を受けようと、人的被害がどれだけ甚大であろうと、俺達東京中央には関係ない。それにお前自身についても俺は理解出来ないな。そもそもお前は人を百人単位で殺している殺人者だ。そのお前が今更子供二〇〇人の被害が出ようと、番街区が一つ潰れようと痛くも痒くもないだろ?」

「いいのかぁ?お前は殺人者の片棒を担ぐ事になるんだぜ?」

その言葉こそ、八城は鼻で笑ってみせた。

「俺が今まで何人の仲間を無駄死にさせて来たと思ってるんだ?人が死ぬのも、住人の住む番街区が無くなるのも今に始まった事じゃない。それにな、俺が殺すんじゃない。お前の姉妹がこの西武中央を壊すんだ。部外者として来た俺に責任を押し付けられる謂れはない。まぁ、その代わりにお前の姉妹は責任を追求されるだろうけどな」

この作戦終了と同時に八城は東京中央へ帰還する。巣分けが起こるのはその後に三日といったところだろう。だがその頃に八城は西武中央には居ない。

何方にせよ、この西武中央で責任を追求されるのは部隊指揮をした遠征隊のトップである『浮舟桂花』と、作戦運用をした中央のトップである『浮舟丹桂』の二名だ。

西武中央において犯罪者であるG.Oの発言権は皆無に等しいのだろう。

こうして八城へ個人としてコンタクトを取りに来ているという事からしても、余裕のなさが透けて見えるのは明らかだ。

そしてだからこそ、八城は後ろ髪を引かれている。

テルが情報を渡す相手は、一定の信頼を寄せる相手の筈だ。

つまり犯罪者であるG.Oに対してテルは少なくない信頼を置いているという事になる。

八城にとってその一点は、気に留めるに値する違和感だ。

あの柏木が、お墨付きを与えている唯一の情報屋『テル』がこの男に一目置いている。

それはつまり、八城の知らない信頼に値する何かがこの男にあるという事でもあり、そしてこの男がそれを八城に対して意図的に隠しているという事でもある。

「なぁ、腹の探り合いは無しなんだろ?そろそろ俺ばっかりじゃなくて、お前の隠し事の方も言ったらどうなんだ?」

G.Oは確かに八城に向かって頼み事と言った。

それつまり自身ではどうにも出来ない事を八城へ頼むという事だろう。

しかし、八城から見たG.Oは全くもって人に頼み事をする性分には見えない。

それどころか、無理にでも自分一人で成し遂げようとする人間性を持っているようにも見える。

八城は押し黙ったままのG.Oを見て、これまでの道中を思い返す。

「そういえば、お前にはおかしな点はいくらでもあったな。浮舟桂花が7777番街区内でお前に隊を率いさせていた事。女郎との相手で浮舟桂花と自然に連携を取れていたこと。その中でも一番お前らしからぬ行動は、お前が子供を守ろうとした事だった」

隊長である筈の『浮舟桂花』は死に行く子供を気にも止めなかった。

気にも留めず、子供が死んでいく事を受け入れていた。

だがこの大男は、女郎へ向かう際に子供の立ち位置を気にして戦っていた。

「俺も最初は、お前が素人の子供に背中から撃たれるのを気にして戦ってるんだと思ったが、お前は違う。明らかに子供を庇い、安全圏へ逃しながらずっと戦っていたな」

女郎は一筋縄で勝てる相手ではない。

八城が率いる八番隊でも、実力で言えば『桜』が相打ちになるぐらいには強い相手だ。

その相手に対して味方の動きと統率の取れていない子供を気に掛けながら、戦ってみせた大男の実力は八番隊隊員の誰よりも優れているだろう。

「そんな足手まといの子供を守るお前が、多くの人間を殺した殺人犯を名乗ってる。俺のお前ヘの違和感。言葉にしなくても分かるよな?」

『おかしい』と八城の中でこの言葉が反芻する。

G.Oという人間のこれまでの行動と、表向きの評価が噛み合っていない。

だがその何かが分からないままだ。目の前の大男は口調も行動も粗暴ではあるものの、この短い時間で認めるに足る実力を示している。

「俺としても時間がないし、多分だがお前にも時間がないんだろ?だから単刀直入に聞かせて貰うが……」

八城にとっても最も重要な確認事項はたった一つだ。

「お前は本当に大量の人間を殺した殺人者なのか?それとも謂れのない罪で投獄された間抜けか?」

夜の流れる雲が、夜月を見え隠れさせながら過ぎ行く音に、アスファルトの隙間を埋め尽くす花々がゆっくりと揺れる静寂が周辺を満たす。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る