第205話 林外4

「やあ『東雲八城』始めましてだね。私は西武中央最高責任者……つまり君たち東京中央で言うところの議長を務めている『浮舟丹桂』というものさ。きみは特別に私の事を丹桂と呼んでくれて構わないよ」

「有り難い特別措置痛み入るな。恐喝野郎」

最高責任者。つまりこの人物こそ、西武中央一番隊に訓練されていない子供を配置し、八城を連れて来るように仕向けた張本人という事だろう。

「おや?おかしいね。今名乗ったばかりで名前を間違えられるなんて、そんなに私の名前は言いづらいのかな?それとも私の名前がきみには気に喰わないのかな?」

「良かったな、全部正解だ。だが一番肝心の正解が抜けてる」

責められる謂れがないと言いたげに方を竦めて見せる丹桂は、ヘラヘラとした口元を殊更に見せ付けるように笑って見せた。

「おや?参考までにご教授願えるかな?」

「一番隊は中央を守る要の筈だ。その一番隊に碌な訓練もされていない子供採用して、あまつさえ無理な遠征までさせてる。これはどういう事だ?」

「あぁ、あれかい?アレは別に私の趣味じゃないんだよ。ただ、ああする他に仕方がなかったのさ」

一つとして悪びれる様子も無い『浮舟丹桂』は、一層せせら笑う。

「おっと、そんな怖い顔をしないでおくれよ、事の詳細はきみにこそ関係があるんだ。だからここにきみを招待したんだよ。東京中央遠征隊No.八。89作戦の英雄であり、多山大39作戦の功労者。そしてたった一人の人間の為だけにクイーンを討伐してみせた愚か者。そう、きみだよ『東雲八城』くん」

細い指先が、八城を指差し高と思えば、回転椅子をクルクルと回り出す『浮舟丹桂』の印象は頭のキレる子供と言えばしっくり来るだろう。

「さて、周り話もうんざりしている頃合いだろう?そろそろキミを連れて来た理由。つまり本題に入ろうじゃないか?」

丹桂は仕事途中だった、机の上に詰まれているファイルを一瞥してパタリと閉じる。

「さて、キミは横須賀中央の体制をその実力で黙らせるだけの功績を残してしまった。そしてその名声は勿論、この西武中央にも広まってしまっている。これがどういう意味を持つかキミに分かるかい?」

「つまりあれか?俺は何処の番街区に行っても高待遇で迎え入れられて、働かなくても良い生活を送れるってことか?」

「ハハッ!その発想はなかったね!確かにそうかもしれない!でもきみの味方が増えたなら、今のキミを良く思っていない誰かの敵も増えるのさ。つまりだ。キミの知らない所で増えたキミの味方が、キミの敵対する相手にその牙を剥く。分かるだろう?私からしても民衆なんていうのはね、半分が敵であってくれたほうが、活気があって丁度いいのさ。だけれど、住人に対する敵はあくまで私であってくれないと困るんだよ。それが遠征隊や常駐隊へ向けられる物であっては、到底私には手が付けられない」

丹桂の声のトーンが深く深く下がり、鋭い視線が八城を捉えた。

それはまるで、責めているようでもあり、讃えている様でもある奇異な視線だ。

「そう、キミだよ『東雲八城』キミが今の西武中央にトドメをさしたのさ。今までの世の中で、不可能とされてきたものをキミは可能にしてしまった。絶対に倒せない筈の『クイーン』を一度に二体も葬ってみせた。それも一体はネームドで有名な『大食の姉』と来た」

八城は前作戦で、クイーンの一体を倒してみせた。そして二体目となる大食の姉も活動限界まで追い込む事に成功している。

それは誰でもない『東雲八城』の指示の元で……

「きみだよ。きみなんだ。きみこそが僕らの生活を脅かしてくれた張本人だ。住人たちが長年掛けて受け入れていた『緩やかな死』が『東雲八城』という人間がもたらした希望的成果のおかげで『生きる』方向へ向かってしまった。結果、西武中央遠征隊が求められたのは君が成し遂げた偉業と同等の物だ」

そう、あくまで『東雲八城』は運が良かっただけなのだ。

三シリーズという特異な武器を持ち

鬼神薬という、特異な適合があり

歌姫という特異な人物を助ける為の理由があった。

ただそれだけで、ただそれに必要な成果だった。

「分かっているさ東雲八城。東京中央遠征隊No.八の『東雲八城』。きみに今の西武中央の有様の責任を求めるのは間違っている。だがね、もう西武中央という肩書きだけで住人の不満を抑え込むには限界が来てしまった。私達は隣の芝が本当に青くては困るのさ。東京も西武も、どちらも焼け野原であってもらわないと、住人は納得しない。それこそ芝の手入れが出来る人物の登場など在ってはいけないんだよ」

『浮舟丹桂』は座っていた回転椅子から立ち上がり、机の上に分厚い資料を放り投げた。

「そう、ここからが本題さ。キミが気に喰わないと言った子供達に関しての事柄もここに含まれる。私がキミにして欲しい事は一つさ。キミは不可能を可能にしてしまった。誰でもないキミがそうしてしまった。だから今度はキミが、この西武中央で可能を不可能にしてくれないか?」

八城は放り投げた資料の一旦を垣間見る。

それは、一人一人のプロフィールが書かれている。

それは簡易的な資料だが、その数が示すのはこの資料の分厚さだけ束ねられた人間が居るという事だろう。

「ただね。今のキミにクイーンを倒すなど私は不可能だと思っている。キミの漏れ聞こえて来た討伐状況を理解しても、やはりキミへの負担が大き過ぎる。だから犠牲は求めない。その代わりに西武中央は西武中央住人に対して犠牲を差し出すのさ」

丹桂のその言葉と同時に、投げられた分厚い資料の意味を悟る。

「流石に察しがいいね。今キミが考えている通りさ。私が……いや、違うね。西武中央がキミに差し出すのは全二百名の子供の命だ。そして、現在西武中央最強の部隊、その一番隊員全ての人員は、東京中央No.八『東雲八城』が率いる為の人員となる」

厚みを感じさせる人員名簿、そしてその全てが紬と同じ子供達であるということで間違いない。

西武中央一番隊『浮舟桂花』率いる最強の部隊という肩書きを背負わされた子供達は、あの惨状で精鋭を名乗らされている。

「東雲八城。キミは大きな偉業を成し遂げた。それは私から見ても賞賛に値するとても大きな偉業だ。だけれどね、誰もキミだけが特別だとは思わないし、誰も思いたくないのさ。キミの持つ『三シリーズ』と討伐戦での歌姫、その事をこの西武中央では一部の人間を除いて誰も知らない。そもそも知っても意味が無い。いや、違うね。意味が無いどころか害悪ですらある。特別を持つ東京中央と西武中央では、戦力比に大きな隔たりがあるのは純然たる事実だろう。でも、誰もそれでは納得しない。だから、西武中央ではクイーンは倒せないものでなければいけないんだ」

聞きたくはない。

だが、聞かなければいけないだろう。

八城にはこの話を最後まで聞く義務があるのかもしれない。

あの場所で潰された子供は、あの場所で『女郎』に喰われた子供は、泣きじゃくり仲間に撃たれた足を押さえていたあの子供は、全て八城が事の発端となっている。

「君が倒せたのが単なる偶然であるなら、きっとまた住人は緩やかに死んでいってくれる。だから『東雲八城』をここへ呼び寄せた。何としてでも、『No.八』の名前を持つ『東雲八城』を西武中央に連れて来る必要が私達にはあった」

どんなに頭を回しても、今の『浮舟丹桂』の言葉から推察出来る結論は一つだ。

「つまりは、こういうことか?俺が、あの子供と隊長を含めた部隊をクイーン討伐の名前の元に全滅させろって事か?」

そう、殲滅戦ならぬ全滅戦だ。

敵を殺すのではなく、味方を殺す無意味な戦闘。

そして、その事実を元に住人の鬱憤を晴らすのが『浮舟丹桂』の目的であり、八城をこの場へ呼び寄せた理由という事だ。

「そうだね。簡単に……より簡潔に言うのであれば、そういうことになる。ただしあの子供達を使って善戦してくれると、西武中央としては体裁を保つ事が出来るから嬉しいのだけれどね」

徹頭徹尾ニコニコとした相好を崩す事のない『浮舟丹桂』は、それでも西武中央の現状が八城に原因の一端がある事実を突き付けて来ていた。

「つまり、俺のせい……ということか?」

「きみだけのせいではないさ。でもキミは誰にも気付かれずに先に行き過ぎた。誰もが予想しえなかった結果なんだろうね。だから誰も本気でキミを止めようとはしなかったし、誰もキミがクイーンを倒す事を信じていなかった。きっとキミだけさ、本当の意味でクイーンを倒せると思っていたのはね。相手の実力を知っていて、尚かつ自身の実力を把握しているキミだけが、クイーンに勝てる算段を立てる事が出来た。しかしそれが問題なんだろうさ。キミは知っていて、キミ以外は誰も知らないから、誰も予想が出来ない。そして誰も予想しえなかった結果というのは期せずして奇跡と呼ばれるんだ」

偶然と偶然が重なり、最悪を免れてようやく生き残った作戦だろうと、結果だけを見れば、簡単だ。

勝つか負けるか、この二択は大きな違いだ。

この世界で結果を示してみせれば、それは奇跡と呼ばれるに値するのだろう。

誰一人として、勝つ事が出来なかった相手に勝ってみせた。

それは奇跡と言って差し支えない功績と言えるのだから。

「奇跡か?随分と大層な名前が付いたもんだな。その名前を考えた奴はセンスがまるでない」

「そうだね。私もそう思う。奇跡なんて随分と大層な名前さ。だけどね、奇跡と呼ばれてしまう実績を起こせば人は縋りたくなるものさ。特に絶望という病いが蔓延しているこのご時世に、そんなものを目の前にチラ付かせてしまえば尚の事だろう?」

倒せない敵を倒す事、それは実に勇敢で、冒険的で、誰もが待ち侘びた結果なのかもしれない。

だが、それは偶然であってはいけないのだ。

クイーンは誰にでも倒せる敵ではない事を『東雲八城』は知っている。

だが実情を知らない民衆はそれを認めない。

ならば、西武中央にとってクイーンという存在は倒せない敵であってくれなければ困るのだ。

倒せないという事実に足並みを揃えなければ、西武中央は瓦解しかねない。

だからこそ、最強を名乗らせる西武一番隊と東京中央で数々の作戦に従事した八城が、力を合わせたとしても『クイーン』は『倒せない』という実績をもって、倒した事が『偶然』であるという証明をするのだろう。

だが、その捨て身とも言える作戦に、遠征隊の先鋭を投入するのは余りにも非合理的かつ、大きな代償と言える。

経験は一朝一夕に身に付く物ではない。

だからこそ、素人同然の子供を前線へ送り出すのだ。

無力な彼ら彼女らを東雲八城の指揮の下、西武中央最強部隊一番隊の先鋭として、全滅させる事が『浮舟丹桂』が考えた作戦のシナリオということだ。


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