第201話 再会
良さん……それに……」
それは紛れも無い遠征隊No.五『雨竜良』の技。
そして、八城の記憶の片隅にあり続ける元八番隊の面々が浮んでは消える菫の刀の扱いに、桜の基礎が加わり一華の様な荒々しさが垣間見える。
失念していた……いや、むしろ考えない様にしていたのだ。
八城はきっと彼女の可愛らしい容姿に誤魔化されていたのかもしれない。
あの醜い『無色の妹』と、この可愛らしい『菫』という名を受けた少女が八城の視界の中で一つに重なった。
「まだ、そこに居たんですね……良さん」
あの無防備な背中へ、無慈悲な一振りを……
そんな事を考えてしまえばきりがなかった。
頼もしい小さな背中に向けた、八城の心情で混在したあらゆる感情を抜刀の一振りに込め、抜き放つ。
もう二度と来る事は無いと思っていた。
記憶の中にある、彼ら彼女らとの『共闘』に合わせた八城の一刀は、菫の繰り出す刀の隙間に吸込まれるが如く『女郎』の額を穿った。
『野火止一華』『雨竜良』『真壁桜』そして元八番隊と次々に変わる菫の繰り出す技術に八城は何度となく戦場で戦った経験を元に、連携を培っていく。
「凄いなの!戦い易いなの!」
「だろうな……俺もお前以上に俺との共闘に向いている奴を、知らないからな……」
きっと『無色の妹』の中に居た彼女は何も知らないのだろう。
『大食の姉』が奪った命の数だけ、その刃を交えた数だけ『菫』という少女の強さは確固たるものになっている。
それは八城が八番隊の隊長として、何度も『大食の姉』と戦った事に起因する結果だ。
素早い女郎の動きには良の様な末足で、大きく振りかぶった上体には、一華の様な剛刃を、ステップを踏む様な軽やかな足取りは元八番隊の隊員のものだ。
菫の一つ一つに、間違いなく隊員達の命の芽吹きの残香が漂っている。
「お兄ちゃん!今なの!」
菫の連撃によって大きく削げた『女郎』の腹部の連結部位に刃を突き立て、八城も菫と寸分違わぬ箇所に刃を刺し貫けば『女郎』は、その能力を発揮しきることなく、その巨体をアスファルトの地面に横たえやがて動かなくなった。
八城の尋常ではない気迫に、声を掛けようとした菫は八城の機嫌を伺うようにチラチラと様子を確かめる。
八城と菫の双方は、共に女郎に突き立ったままになっている量産刃を無言のままに引き抜き、鞘に収めると八城は優しく『菫』の頭を撫でた。
それは『菫』という少女を確かめる様に――
「どうかした……なの?」
いつも通りとは程遠い、無感情の八城の表情に菫は逃げ出したい衝動をグッと押さえ込む。
「お兄ちゃん、怖いなの……」
「あっ、……クソ!なんでもない。……いや、違うな。一つお前に聞きたい事が出来た」
隠しても仕方が無いとだれる思考と、菫に向かう背反する感情が結論へ続く言葉を妨げるが、確認すれば胸の内にあるしこりは無くなってくれるだろう。
「お前は……今の戦闘技術をどこで身につけたんだ?」
「何か怒ってるなの?勝手に戦ったことなら謝るなの、だから怒らないで欲しいなの」
「違う、そうじゃないんだ。怒ってる訳じゃない。だから頼む!正直に答えてくれ!お前は今の戦闘技術を何処で身につけた!どうしてお前は今の技を使えるんだ!頼む、答えてくれ!」
「……分からない、なの。でも知っていたなの……」
菫の肩を揺する八城の瞳は揺れていた。
あのクイーンを目の前にしても、自身の命が危険晒されていようと決して揺れる事の無かった八城の決意が、いとも簡単に少女に揺れ動かされていた。
「ごっ!ごめんなさいなの!……私が悪い事をしたから、怒ってるなの……」
「違う!怒ってる訳じゃない!だが、このままじゃ俺は……」
納得出来なかったのだ。
それは仕方が無い。
どうする事も出来なかったと思えるだけの……
どうしようもないと、納得出来る答えが、今は何よりも欲しかった。
その元凶足る彼女からの言葉であるなら、八城は納得せざるを得ないから……
「……頼む。……俺にお前を斬らせないための、理由をくれないか……?」
八城は目の前にある小さな身体に、大き過ぎる期待を込めて懇願するしかなかった。
だからこそ少女は理解してしまった。
『東雲八城』が、最強として名高い彼がこうまでして求める『理解』を彼女だけがはめ込む事が出来る。
「私は、クイーンなの……」
少女は震える声に、力一杯の勇気を振り絞り、八城の耳元で囁く。
「クイーンは何時か……根絶やしにしないといけない……なの。だから、その時が来たら……」
ただこの一刀が彼女を刺し貫く事が無いように祈りながらも、菫の出したその答えは――
「八城さんに、この命を貰って欲しいなの」
余りにも、献身的過ぎる答えだった。
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