第179話 感染者2

紬はスコープを覗き、狙いを定めたのちに僅かに指先に力を入れる。

肩に響く衝撃と発砲音の後、視線の先に立つ一体が崩れ落ちる。

戦闘の合間に迎撃と後退を繰り返しながら指定地点まで誘導する十七番隊を安全に橋向まで届けるのが紬の仕事である。

八城には、空を飛ぶフェイズ3のみを打ち落とせばいいと命令を受けているが、目の前に広がる状況では手出しをしないという選択肢はとれなかった。

「十七番、聞こえている?」

「やあ!その声、紬かい!悪いのだけれど、こっちは楽しく会話を楽しめる状況じゃないんだ!ラブコールならまた今度にしてくれると嬉しいのだけれどね!」

「そう、元気そうで良かった。こちらの質問には答える必要はないから、そのまま逃げながら聞いて欲しい。いまそっちの隊員に噛まれた人間がいるのはこちらで確認している。こちらで最後尾のケツを持つ。十七番はそのまま感染していない現隊員を最速で集めて橋を渡って」

「出来る訳がないだろう。彼女たちの最後は私が看取ると決めている。諦める訳にはいかないのさ」

「そちらのケツは持つと言ってる。感染者の動きが散漫になり始めている。感染者の半数以上が河を挟んで大学側に残ってしまっては、この作戦の意味がなくなってしまう」

「紬のケツを持つというのは、私の隊員たちをどうするということなんだい?」

最後を持つという事は、それは即ち一つの事を指し示す。

人の最期と作戦の最後、最後尾にいる人間は、勇敢で手負いだ。

だが手負いになれば、もう人の側に戻って来る事は出来ない……

「私は、助ける。それに八城くんからの命令は全員が生きて中央に帰ること。全員とは誰一人欠けない事。その隊員はまだ生きてるから、私に任せて欲しい」

手に持つ銃器に力が入るが、打ち出す銃弾は寸分の違いなく感染者の頭蓋を撃ち抜いていく。

「仲間を撃つのはもう沢山。それに八城くんは言った。クイーンを倒すと。なら今噛まれている隊員も助けられる余地が残っている。でも十七番は違うから……今は生きる為に逃げて欲しい」

二つの感染体から身体を蝕まれている斑初芽には後がない事を、紬はその場に居合わせていたので知っている。

初芽の身体は他の感染体から、あと一度でも噛まれてしまえば助ける術がない。

だからこそ、紬は初芽だけには逃げて欲しいのだった。

「紬は私を心配してくれているのかい……」

「八城くんは全員を助けると言った。それに十七番は八城くんを助けてくれたから、私も十七番を助ける。当然の結論」

思わず目頭が熱くなった初芽だが、後ろを振り返り噛まれてしまった五名の隊員を見やる。

動きが悪く、顔色が徐々に悪くなっていく隊員に肺腑を冷え据えた思考が駆け巡る。

「二人だけ、こちらの隊員を任せてもいいかい?」

今にも気を失いそうな隊員を初芽は担ぎ直す。

「了解した。そこから五十メートル行った所に『松が谷』というモノレールの駅がある、その駅に入っている車両に運搬人員ごと乗せて」

作戦開始前、全てのエリアの空白地帯は全て確認済みである。

そして内部

「電気もないのにモノレールを動かせるのかい?」

「7777番街区の責任者に許可は貰っているから心配はない。それより建物内部にある物には触らないで欲しい。それだけは守って」

「了解したよ。しかし紬、一つだけいただけないね。私の名前は十七番じゃないよ」

「知っている。隊員は任せて……初芽」

「ああ、すまないね!任せたよ紬!」

モノレール数メートル手前、初芽はモノレール駅の中へ隊員を連れ込む隊員を背中に隠し数分の攻防を繰り広げる。紬から打ち込まれる援護は正確無比に目の前の敵を撃ち抜いていく。

「君に背中を任せるのは大遠征以来かな!また腕を上げたようだ!」

「ラブコールはまた今度にするんじゃないの?」

「つれない事を言うじゃないか!私はこんなにも紬を愛してるのに!」

気分の高揚から、初芽は何時もなら絶対に言わない事を口走るが、務めて冷静な紬にとって、酔っ払いを相手にしているのと大差ない。

「追いつめられている戦場での愛してる程、当てにならないものもない。それよりお喋りをしている暇があるなら今は一体でも多く感染者を倒して」

「ハハッ!全くその通りだね!」

後ろに隠していた手負いの隊員が駅内部へ入り、見えなくなった頃を見計らい斑初芽率いる十七番隊はその場を離れていく。

感染者は見えない何かを頼りに、駅構内へと入って行こうとしているが紬は手元の起動ボタンを迷う事なく押し込んだ。

僅かな閃光の後、空気の震えと共にやってくる爆発音が紬へ確かな手応えを伝えて来る。

今しがたモノレール駅建物内部へ侵入しようとしていた感染者は、入り口という入り口を爆破された為に、上空十メートル程を通っているモノレールに近づく術がない。

入る事も出る事も出来ない上空十メートルにある一本道の要塞と化したモノレールは、戦場の中で唯一安全な地帯となる。

問題となるのは羽の生えているフェイズ3だが、これらはモノレールの車両に近づく度に紬の狙撃によって羽をズタボロに打ち落とされていく。

「絶対にそちらの隊員は死守する。だから十七番は先に指定地点まで行って」

紬は腹這いになりながら比重の重たいトリガーを引き絞り、標的を捉えては十七番隊周辺の生存圏をどうにか確保していく。

初芽は一度モノレールを見た後、残り十六名の隊員を振り返る。

そこには未だ健在な、それでも十七番を背負う初芽に付いて行くと決めている者たちの瞳が初芽を捉えて離さない。

「全体!前進だ!我々の役割を果たしに行くぞ!」

初芽率いる十七番隊が目指す場所は、此処からは急勾配な一本道。

迷う事もなく、ただ真っ直ぐに進めばいいと初芽は自分に言い聞かせ、感染している隊員二名を背負い前進していく。

数分後……

二度目の爆発が町中に鳴り響き堰場に掛かっていた橋が落とされる。

ついて来ていたほぼ全ての感染者は橋の向こう側、つまり大学側から見れば河の対岸に取り残された事になる。

麗率いる九十六番隊と一〇〇番隊混成チームが組み立てたバリケードの内側に十七番隊はどうにか逃げ込み事なきを得たが、全員の息は絶え絶えで、噛まれている者も数名見受けられていた。

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