第178話 感染者1

目の前の昆虫の形をしたフェイズ3は形から蟷螂を模している事だけは分かるが、重要なのは昆虫の形ではなく、感染体の居場所だ。

感染者は、昆虫型フェイズ3まで変態を重ねてしまうと、従来の頭とされている場所に感染体は存在しない。

だが感染体は人の頭程の大きさであり、その形から縮小する事はない。

頭はブツブツとしたイボの器官が蠢いているが、これは違う。

艶やかな細い胴……これも違う。なら彩色に光る鎌の部分は?

これも人の頭が収まりきる大きさではない。

なら、尻尾は……

「その尻のイボ重そうだな。切り取ってやるよ」

向かって来る一体の横薙ぎをギリギリで躱し、下に潜り込み抜刀、寸分違わず蟷螂の尻の部分の僅かに膨らんだ場所を量産刃で斬りとばす。

おびただしい赤黒い人間の内容を模した臓器の隙間から、似つかわしくない人の頭の切れ端がゴロリと落ちる。

「大当たりだ」

一体を見つけたなら同じ場所……とはいかないのがフェイズ3である。

一体は羽の下。

もう一体は足の付け根。

それぞれ見つけ易い部位に感染体の居場所が在ったが最後の一体、感染体の場所が分からない個体がしぶとく八城を追従する。

醜く膨れ上がった七本の足を持つフェイズ3の機動力の前では、八城の逃げ足など児戯に等しかった。

「八城く〜ん!あ〜そ〜び〜ま〜しょ〜」

「クソ一華!ちょっと待ってろ!」

一華は、フェイズ3に追いかけ回されている八城を見て大爆笑しながら声を掛けてくるが、一々反応を返している暇などない。

とにかく追いかけられながらも、フェイズ3の感染体の在処を探すが、奇妙な膨らみは見つからないのだ。

「や〜し〜ろ〜く〜ん〜こっちをみてくれにゃいのかにゃ?」

「うるせえ!ちょっと黙ってろって言ってるだろ!」

一華は無抵抗の夜顔の花弁を一枚ずつ解体している横目に、八城を小馬鹿に声を掛けてくるが、集中している八城にとってはその一言すら気が散って仕方がなかった。

「あら、失礼ね〜折角、その個体について良い事を教えてあげようと思ったのに〜」

「なんだ!こいつの感染体の位置がわかるのか!」

聞き返す八城に、一華は自身の肘を指差してみせる。

「ここは〜?」

「肘だろ!」

八城の答えに満足そうに頷き、一華は次に自分の膝を指差した。

「じゃあ〜ここは〜?」

「膝だ!」

「あら〜おめでと〜全問正解よ〜賢いわね八城〜」

「お前に聞いた!俺が!馬鹿だったよ!」

一撃を量産刃で往なし次いでの攻撃を、地面を転がりながら躱していく。

両の鎌での挟み込まれる様な攻撃は人間に何度も躱せる代物ではない。

容赦なく振り下ろされる一撃も、重さは人の振り下ろす比ではなく、受ける度に八城の腕が軋みをあげていた。

「クソ……こんなのどうすりゃいいんだよ」

躱し受け、また躱す。どうあっても桜たちの方へ行かせるわけにはいかない。

そして三度目の受け流しの時、八城はこの個体の違和感に気が付いた。

それは右鎌からの横薙ぎを真正面から刀で受けきった直後、左鎌からの追撃が僅かに遅いということだ。

他の個体に無い特徴……それは即ち、感染体の在処を指し示す。

「その鎌、随分節が太いんだな。取り回しが大変だろ」

左右をよくよく見れば、非対称の鎌の太さに気が付く。

そして感染体が鎌の節という、変な位置にあるからこそこのフェイズ3に限っては鎌の取り回しに無理をする事が出来ないのだろう。

「一華の奴、膝とか!肘とか!分かりにくいだろが!」

思えば一華の謎の問頭はこの事を言っていたのだろう。

一華への怒り全てを、手に持つ量産刃の一突きに込め、フェイズ3の動きに合わせつつ鎌の節にある感染体へと突き立てれば、最後の蠢きと共に動きを止める。

これで八城が相手にすべきフェイズ3の動きは止めたことになる。

そして、これから八城が相手にするのはフェイズ4である昼顔。

一華の相手である夜顔は陽の光を嫌うため昼に花を開く事はない。

そのためワンサイドゲームとなり、一華はゲラゲラと下品な笑い声を発しながら、遊具で遊ぶかの様に時折出て来る触手をモグラたたきの様に切り飛ばしているが、昼顔はそう単純にはいかない。

夜顔は巨体に持ちうる触手を持って、クイーンの従える全ての感染体を大幅に強化する力を持っているが、対して昼顔はクイーンそのものを強化する特性を秘めている。

そして今現在、昼顔はその八枚の連なる花弁を硬く閉ざしたまま微動だにしていない。

それはつまり、昼顔にとって現在外で起きている事がクイーンの脅威になりえないと判断しているという事だ。

「一華遊ぶな、今すぐに殺せ」

量産刃では殺せるのは精々フェイズ3まで、フェイズ4からは通常の量産刃で倒す事は困難だ。

当然倒せない訳ではないが、再生の早いフェイズ4では表面を覆う肉の壁を切り裂き内包している感染体を引きずり出すまで一体何本の量産刃が必要になるか分からない。

「あら〜?八城はそんなに急いでるのかしら〜?」

一華はフェイズ4相手に量産刃を振るい、殺せない相手に執拗なまでに刃を突き立てている。

だが、八城が受けた紬からの通信では、一刻の猶予もない事を指し示していた。

「なんだ?一華?殺せないからって、時間稼ぎか?」

「……口が悪いわね八城〜本当!誰に言ってるのかしらね!」

苛立ち紛れに、一華が腰から抜いた月を量産刃で引きずり出した感染体に突き立てれば『月』美しい藍色の短い刀身は瞬く間に黒く染まり切る。

大きく揺らいだフェイズ4夜顔は、その白い巨体を黒く萎ませていく。

「出来るならさっさとやってくれ、待ちくたびれた。それとも今のが全力だったのか?そんなに弱いなら無理はしなくていい」

「あらあら!あらら!!言うじゃないの〜。なら八城には私以上の活躍を期待していいのね〜」


さしもの一華とて無傷ではない。

噛まれているわけではないが、切り傷と擦り傷が身体中に疎らに見て取れる。

だが、それは八城も同じ事だ。

「そうだな、お前よりはやってやるさ」

「あらららら!言ってなさいな!」

一華の言葉を合図に左右両側に別れ駆け出す。

一華は右八城は左へそれぞれの目の前に居るフェイズ2の首を軽々と斬り、昼顔へ肉薄する。

「一華、戦場で余裕こいてるこいつを起こしてやれ」

「いいわよ〜八城!戦場で寝ぼけてるとどういう事になるか教えてあげるわ〜」

目の前の『フェイズ4』昼顔の開花条件は二つしかない

一つはクイーンを直接攻撃する危機的状況になった時。

そしてもう一つは、昼顔自身に脅威が訪れた時。

そして今、昼顔の脅威となる二対の刃が、肉厚の花弁を切り裂き内容物を露出させた。

次いで一華と八城は、二連三連と絶え間なく昼顔の花弁の肉を剥いで、四連目で変化が起きた。

花弁の裏を血管の様な脈動が走り、八枚の花弁が大きく花開いていくと同時に、ツタの横薙ぎが校舎事周りを巻き込み伸びていく。

「一華!避けろ!」

「言われなくともそうするわ!」

瞬間、瞬く間に広がったツタは手当たり次第にその場に在った全ての物を巻き込み、花弁の中心へと押し込んでいく。

花弁から漏れ出したツタは一軒家程あったクイーンすら巻き込み、その花弁の中にスッポリと収めてしまった。

平屋建ての一軒家程あるクイーンは、昼顔の倍程の大きさがあるにも関わらず、そのツタは軽々とクイーンを持ち上げてみせる。

「いつ見ても、馬鹿げた強さだな……」

八城にとって昼顔と戦うのは二度目になる。

一度目は東京中央奪還作戦の際、存在する花弁八枚全てを同時に破壊する必要があったため、多くの犠牲を出した。

だが今回は違う。

今作戦は、前作戦時『柏木光』の残した三シリーズによってクイーン攻略は大きな変化を迎えた。

八城の『雪』と一華の『花』が未だに無傷で残っている。

昼顔とクイーンが一体化した今、狙うはクイーンの感染体ただ一カ所。

紬から応答では、少しの余裕が出来た様だが、どんなに時間を稼げたとしても、残りの時間はおよそ五分。

その間に昼顔に飲まれたクイーンの感染体の本体を『雪』か『花』何方か二刀の刃で斬る事がこの作戦の要となる。

だが、雪も花もクイーン相手に多用してしまえば即座に使用限界が訪れるだろう。

「一華、感染体を削りきるまでは量産刃を使え。決めるときは一発勝負だ」

「……はぁ、そうね〜。こればっかりは仕方ないわ」

何時ものふざけた一華でない事が、現状の困難をより際立たせていた。

「桜、雛、善、天竺、お前達は校舎内に非難しろ、これから最悪の攻撃がくる」

八城は知っている。

昼顔の花弁がクイーンを飲み込んだ後、赤ん坊の姿を象った骸骨の悪魔がやってくる事を……

昼顔が夜顔よりも遥かに恐ろしい性能を持っているのは、彼の一撃で多くの仲間を死へ追いやった最悪の象徴であるからに他ならない。

肉の花弁が、少しずつ形を変え、骨格が浮き上がり、背骨の椎体部分が大きく迫り出でてくる。

弛んでいた全ての皮は、角張る骨に引っ張られ今にも張り裂けんばかりに四方に広がっていく。

「早く行け!もう時間が無い!」

「でも隊長!まだそこかしこにフェイズ2が!これじゃあ流石の隊長でも!」

「いいから行け!そんな事を気にしていたらお前が巻き込まれるぞ!」

叫ぶ八城に気圧され、桜は全員を連れ、校舎内へと非難する。

八城は一華以外の全員の非難を確認し、もう一度目の前のクイーンを見やる。

上半身の変化を終え、次いで下半身が赤ん坊の足から、人の腸がうねうねと足の役割を伴って生え始める。

骨張った赤ん坊の頭蓋には無数の瞳が連なり、未だに閉じたままになっているのは、あの瞳が開いたときが、開戦の合図となるからだ。

赤ん坊の腰下から先が、遂に人の腸で埋め尽くされ、八城と一華が数メートルの距離を取った瞬間、無数の濁った水晶の瞳と目が合った。

「にゅちにゅち」と肉の擦れ合う音と共に、クイーンの下半身の腸が地面を這いずったかと思えば、次の瞬間、その触手は学校内全体の地面を浸食した。

草木、オブジェ、石畳、そしてその上に居たフェイズ2まで、全てのものを直接腸へと飲み込んでいく。

飛び退いて回避出来る範囲を超えた攻撃を、一華と八城は量産刃を犠牲にしてようやく回避してみせた。

「……一華、そっちから見えたか?」

「少しだけ……みえたけれどね……、あの赤ん坊やってくれるわ……あの攻撃、ちょっと擦ったわ〜」

どうにか聞いた八城の問いに、一華は自身の腕を押さえつつ返す。

「そうか……俺もだ……」

そして同様に八城も血の滴る脇腹を押さえていた。

ふたりの痛みは大した痛みではない。

問題は他にある。

『フェイズ4』昼顔の特性は攻撃範囲の広さに加え最も厄介な特性をもう一つ持っている。

それはクイーンを取り込む事で手にする昼顔の最大の武器でもある。

多くの仲間が、この特性にやられ奴らの仲間になっていった。

そう、それはつまり……

「感染したな、これは……何度やられても最悪の気分だ」

「ええ、やられてみると分かるけれど〜本当に、最悪の気分だわ〜」

この時、東京中央最強の二人の身体にクイーンは感染源をもたらしたのだった。


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