第177話 荒城22
八城の号令の元、全員は一斉に山間を駆け下り大学中央広場ヘ走り込む。
現状の歌姫の歌の効力では、フェイズ3までを引き寄せるのが限度だと踏んでいたが、一見した広場での見える敵影では、見通しが甘かったと言わざるを得ないだろう。
「あら〜こんなに沢山居るなんて〜とっても素敵じゃないの〜」
八城の目の前に広がるのは数ヶ月前に見慣れた光景。
校舎内は百体近くの感染者が未だに歩き回っており、その校舎の最奥にはブヨブヨとした弛んだ皮と数個の瞳の様な器官を備えた赤ん坊の出で立ちをした一軒家ほどあるクイーンが鎮座する。
そしてその両脇をフェイズ4である昼顔と夜顔が役割を待ちながら花弁を萎ませている。
「俺達の久々の戦場だ。寂しいよりかは騒がしい方がお前好みだろ?」
決して多くない隊員四名を背中に隠し、八城と一華は同時に前に出る。
一華の後ろに雛が、八城の後ろに桜が構える。
「雛ぁ〜私の食べ残しはたらふく食べていいわよ〜それから私の前に出て来ないこと〜お姉さんとの約束だぞ!」
一華の構えた量産刃の切っ先が、蛇の様にうねりを伴って目の前のフェイズ3をバラバラに切り裂いた。
次いで、八城も量産刃を抜き、抜刀による一線。
ただそれだけで、フェイズ3の足をバラバラに斬り裂いた。
「桜、絶対に俺の前に出るな。俺が切り損なったうち漏らしだけ確実に留めをさしてくれ」
「りょ……了解です……」
空気の震えと共にキン、という鍔なりが、八城が刃を抜いた事を知らせるが後ろから見た桜からは何が起きたのか分からない。
ただ言える事は、前に立つ八城と一華の二人の前に出る事は、二人の足を引っ張る事だけは目の前の光景から明らかだった。
二〇、三〇とフェイズ2以上の感染者の屍の山を築き上げ、際限のない攻防の最中八城が一体を一華へと投げつけ、振り向き様に一華がその一体を斬りつける。
八城は一瞬の攻防の隙間に、インカムのノイズを正常値に合わせ、高台からの支援射撃兼、味方の援護をしている紬からの通信を拾う。
「一華、早速だが時間が無い。橋の向こうの奴らが迂回路を通ってこっちに向かって来ている。このままだと早くも時間切れだ」
その通信は、想定より早く多山大学内からおびき出した奴らの戻りが早い事を知らせていた。
「じゃあ、こうしましょう。あの邪魔な左のお花を八城が、こっちのお花を私が除草するわ〜それで後ろの二人に残ったフェイズ3とフェイズ2の相手をしてもらうってことで、いいかしら〜?」
「無理に決まってるだろ……」
お花とは『フェイズ4』つまり夜顔と昼顔の事を言っているのだろう。
二体はクイーンを守る様にクイーンの両脇に控える二輪の花の形をした感染体は確かに花の形を象った造形をしている。
だが八城や一華でもやっとのフェイズ3の相手を桜や雛がするには些か実力が不足している。
「桜!雛!お前達二人はフェイズ2の相手だけしろ!フェイズ3はこっちで片づける!」
八城はそれだけ言うや否や、一息に一華の周辺にたむろする数体を斬り、八城の後ろへ付いて来ていた数体を一華が容易に相手取る。
「自分の隊員には甘やかし上手ね〜八城〜そんなんじゃ強くなれる筈の人間も強くなれないわよ〜」
「死なれたら強くなれるもの強くなれないだろ!」
「あら?言われてみればそうね〜でも、こんなところで死ぬ様な人間は〜そもそも強くなれないと思うわよ〜?まぁ、いいわ〜二人にやらせないなら八城がやりなさい〜私は一足先にお花を摘みに行って来るわ〜」
残り七体いる内三体体を引き連れ、一華は校舎右端に居る夜顔へと突貫していく。
無論フェイズ3三体は一華を止めようと正面から殺到していったが、一体が一華との出会い頭の一撃で沈められ、一体が全ての足を削ぎ落とされ、もう一体は二合三合と一華の刀と打ち合わせ善戦したものの、骨格の隙間という隙間を刺し貫かれ一分と経たぬ内に一華は夜顔へ肉薄してみせた。
「本当にアイツはやる事なす事全部が全部、出鱈目だな……」
「隊長も大概人の事言えないですよ」
一人呟いた八城の後ろで、桜が責めた様な視線を八城へ送って来る。
「なんか言った?今悪口が聞こえた気がしたんだけど……」
「誰もそんな事言ってません。それより隊長身体は大丈夫なんですか?」
呼吸すら伝わる距離に背中をピタリと合わせ、量産刃を構えるが、桜に伝わる八城の呼吸はとても規則正しいものではない。
苦しさを紛らわす為に、無理矢理肺に空気を送り込んでいると言った方がしっくりくるだろう。
「飲んではいないんですよね?」
桜が問うて来る、飲むとは即ち『鬼神薬』の事だろう。
「あの戦いの中で飲む暇があったと思うか?それに、飲んでたら今頃お前とこうして話してないだろ」
「……そうですね、なら絶対に飲まないで下さい」
「戦いの中で人の事を気にしていられるなんて随分と余裕だな、羨ましい限りだ」
「……隊長怒ってますか?」
「怒ってない、お前に呆れてるだけだ。それにお前は俺の事なんて気にしてる場合じゃないだろ?お前はお前の目の前にある事だけに集中しろ。死にたくないならな!」
桜を庇う様に一歩前に出て一線、桜の足下に八城が切り飛ばした首が転がって来る。
「あっ……ありがとうございます」
お礼を言って来る桜さが、その表情はずっと暗いまま、心配気に八城を見つめて来る。
「……そんなに心配そうな顔をするな。あの時はお前達を逃さなきゃいなかったから止むを得ず使ったが、この場面でフェイズ3相手に使う程俺は訛った腕じゃない。それよりお前は雛のサポートをしてやってくれ、アイツこのままだと動けなくなるぞ」
度重なるフレグラの使用で、かなりの凶暴性を秘めている雛は校舎内を縦横無尽に駆け回り、言いつけ通りフェイズ2を無規則に仕留めているが、無駄な動きが多く痛々しい打撲痕が増えている所を見るに、無傷で仕留めている訳ではないのだろう。
「お前の教え子第一号だろ?こんなところで無駄に死なすなよ」
「……分かりました。隊長もどうか死なないでくだい」
背中合わせが解け、八城がフェイズ3の前に桜は雛が今相手取っているフェイズ2の前に歩を進めていく。
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