第175話 荒城20
翌朝、7777番街区へ集まった隊員はそれぞれの身支度と準備を整え、小高いゴルフ場の隅に集まっていた。
最も高いとされる丘の上に八城が立ち、見知った顔の全員を見渡せばそれぞれの瞳が八城を捉えて離さない。
一同は毎秒の秒針の進みが聞こえる程静かにその時を待つ。
進む秒針がその時を告げるまで誰も言葉を発さない隊列の並びは、ある種心地よくもあり、ある意味で気味悪くも感じるだろう。
風のわななきがゴルフ場の芝を均等に揺らし、心地よい朝の陽光が雲の隙間から顔を出せば八城の手元の時計の針が、定められた時間を指し示している事を照らし出す。
「ただ今の時間をもって『歌姫攻城作戦』を開始する」
大声でもない八城の宣言は、不思議とその場に居並ぶ全ての者の耳に入ったが宣言後も誰一人動こうとはせず、八城の次の言葉を今か今かと待っている。
「以上……と言いたいところだが……お前達には恩があるからな。ついて来てくれたお前達には、この場で感謝の意を述べるのが筋だとは思うが……やっぱり、やめだ。お前達は馬鹿で、俺も馬鹿だ。だってそうだろ?此処に居る奴らはたった一人の女の為に集まった大馬鹿野郎共だ。他人の命に早々に見切りを付けた東京中央の居る奴らの方が、余っ程正常だろう」
言われた言葉に反論はなく、ただお互いの顔を見合い笑い合う。
此処に集まった各自は分かってるのだろう。
此処に立つという事がどういう意味を持ち、自身にどのような結果を齎すことになるかなど、それこそ八城に諭されるまでもなく……
「そんな異常者の集まりの筆頭の俺から今日はお前らに言いたい事は一つだけだ!」
二拍も三拍も溜を作り、出し惜しみをしていた言葉を八城は吐き出した。
「今日で終わりだ」
余りにも呆気ない言葉。
ともすれば意味も分からない言葉だった筈なのに、弛緩していた空気が僅かに張りつめ、言葉の真意を問う視線が八城へと集まった。
「良い顔だな、今日何が終わるのか、俺が今から教えてやる……」
八城は次の言葉を期待をする全員の前で刀を抜いて見せる。
剥き身の鈍色の刃は太陽光を反射し、刀身の鋭さを讃えている。
全員の視線が集まったのを確認し、八城はその刀身を高く掲げてみせた。
「今日で奴らか逃げる日々は終わりだ!
今日で仇を討たず泣き続ける日々は終わりだ!
大切な人間を!
友人を!
隣人を!
時間を共にした仲間達を思い出せ!
明日を共にすると誓い合った筈の!
誰かの顔は今でも覚えているだろう!
奪われたのなら、奪った相手から同等の対価を支払わせろ!
俺達はずっと昔に間違ったんだ!
あの時!
俺達は全員怒りに振るえ!
怒りの矛先を見定めるべきだった!
だがあの時の俺達はどうだ!
恐ろしい敵から目を背け!
仕方がなかったと自分に言い訳をした!
だから今も、何時終わるとも分からない不幸のぬるま湯に足をとられている!
俺もその一人だ!
だから!
今日で終わりだ!
この刃は、お前達の命に変えても、奴の心臓に届かせる!
これは、俺とここに集まった全員との契約だ!」
風すら止んだ、耳を塞ぎたくなる静寂の中で多くの感情が渦巻き、隊員全員は思い出したくもない辛い過去を思い返す。
「もう、誰一人あんな思いはしたくないだろう!だからこれはお前達と俺との契約だ!
俺は東京中央、遠征隊シングルNo.八!
お前達の上に立ち、お前達が信じて付いて来た男の実力を、今度こそお前達に見せてやる!
だから!
その景色を見届けるまでは!此処に居る誰一人、死ぬ事は許さない!」
微かな息切れと、五月蝿い心臓の鼓動は八城の激情を表していたのだろう。
きっといつも八城は怒りに震えていた。
だがぶつける先が無い怒りは八城の中で澱となり、黒く淀んで溜まりに溜まるしか出来なかった。
そして、それは目の前に立つ隊員も同じ事だ。
隊長各員が、八城と同じ様に刃を掲げる事で、八城の述べた口上の返事とすれば、それに続き後ろに並ぶ各隊員達も鈍色の刃を太陽に掲げて見せた。
「全員!誰一人欠けることなく!生きて東京中央に帰るぞ!」
八城の下知がその場に居る全員の耳朶を打ち『歌姫攻城作戦』の幕があがったのだった。
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