第156話 荒城4
柏木に諸々の説明をした後、月下かおるは用があると何処かに消えて行き、目の前の問題を抱えた八城は、途方に暮れていた。
「一華、用は済んだろ?66番街区に帰れよ……」
「八城が私の手綱を握ってくれるんでしょう?という事は〜私は八城のペットじゃない!なんて鳴けばいいのかしら〜ワンワン!ニャーニャー?それともブ〜ブ〜コンコン!かしら!」
「鳴くな!喚くな!それから注目を集めるな!お前は今絶賛問題児なんだよ!頼むから静かにしてくれ……」
「にゃんにゃんにゃにゃ〜ん♪にゃんにゃんにゃにゃ〜ん♪な〜いてばかりいるやしろくん!どうしたぁ!げんきないぞぉ〜」
「頼むから!黙ってくれ!」
八城はすっかり忘れていた事を思いだす。
戦いの腕は一流であろうと、人格は三流を通り越し地平の彼方に置き去りにして来た女である。
彼女にとっての普通は、皆にとっての大迷惑。
彼女にとっての静かとは、皆にとっての大騒ぎ。
人としての規格が一段階違うのだ。
当然日本語など、通じているようで通じていない。
「一華、今日何処に泊まるつもりなの?」
「ワンワン!八城さん家!で〜す〜よ〜」
「それは無理。うち女子禁制だから。入ると死ぬから」
「あら!それは面白そうじゃない!私是非一度死んでみたいと思っていた所なのよ!」
何を狂人に言った所で、意味が無い事も思いだす。
「訂正だ。お前が家に入ると死人が出るから嫌だ」
「あら!誰が死んじゃうのかしら〜ちなみに私は殺されないわよ?」
「お前が殺すんだろうが!」
八城は良い答えが出ないかと、人気のない道を選びつつ、東京中央内をグルグルと回っていた。
「ねえ?ここさっき通らなかったかしら?」
「気のせいだろ」
「ほらここも!も〜も〜も〜さっきも〜通ってる〜の〜に〜」
「気のせいだろ」
広い東京中央内と言えど、流石に三周目にもなると、道が被ってくる。
もうこのまま、66番街区まで戻ってしまおうかと思案していると最悪のタイミングで向こうから人影が現れた。
隠し事とは大抵の場合バレてしまう事の方が多い。
現在の状況も、その一幕と言えるだろう。
「あっ……なっ!野火止一華!隊長から!離れろ!」
桜が叫びながら腰の量産刃に手を伸ばし、隣に立つマリアは、一華の存在を確認するや否や直立不動のまま固まっていた。
「あら?あらあらあらまぁ!桜ちゃんじゃないの!それに〜」
一華は好奇心の宿った指先に、獲物を握り込む。
「なぜ?……なぜ、今になって、現れるのよ……」
元一番隊……いや、今さっき一番隊は凍結解除となった。
つまり今のマリアは、現一番隊副隊長という肩書きになる。
「マリア〜あなたあいもからわず〜全くと言って良い程変わってないのね〜」
「一華も変わっていなくて安心したわ」
一触即発の空気を敏感に察知した八城は、二人の間に割って入る。
「お前ら!落ち着け!別に此処に殺し合いに来た訳じゃないんだって!一華!それから桜も!獲物から手を離せ!」
「桜ちゃんと〜それから、マリアが今握ってる物から〜手を離すなら〜考えてあげるニャ〜よ」
一華が睨め付ける視線の先に刀を腰だめに構えた桜と一見した所何も持っていないマリアが居る。
「隊長!そいつから、早く離れて下さい!」
「だから、別に……」
「八城〜退いてくれないかしら〜向こうが斬り合いたいなら、私は構わないブ〜ブ〜」
視線同士が搗ち合えば、桜も一華も更に深く指に力を込めていく。
「ああ!もう!いい加減にしろ!お前ら全員!今持ってる物から手を離せ!」
「良いんですか!隊長!こいつは!」
「兎に角!全員今すぐやめろ!それに今こいつに手を出したらお前らの方の立場が危うくなるんだよ!」
桜は八城が言うならと渋々その柄から手を離す。だが一華はその背に背負っている太刀から手を離そうとはしなかった。
「おい!一華!そろそろ手を離せ!」
「そうはいかないワン!まだ手を離していない奴がいるワ〜ン」
一華が視線を逸らさないのは、マリアの方である。
「おい!マリア何かしようとしてるならやめとけ!」
「ねえ八城くん。私達の立場が悪くなるって言ったけれど、それはどういう意味かしら?」
下知されていないのだろう。今現在マリアがしようとしている事は、自身の隊長に武器を向けている事に他ならない。
「お前等はまだ知らないだろうが、一華は大遠征をやり遂げた。だから一華が東京中央へ戻って来たんだ」
「でも隊長!その人は!」
「分かってる!だがこいつに手を出せば、今度はお前らが罰せられる!」
信用ならないと、マリアは険しい表情のまま、何時でも動けると一華を見つめている。
「八城くん一つだけ答えて。その野火止一華は、まだ大丈夫なのかしら?」
「ああ、この野火止一華は大丈夫だ。もし大丈夫じゃなかったら、俺が後始末を付ける」
「それじゃあ、私が沢山いるみたいな言い方じゃないかしら〜私は何時だって一人よ〜にゃんにゃん」
心臓を動かす事と喋る事が同義の一華を一瞥し、マリアは袖の下隠したコンバットナイフを地面に落とし、袖を捲り上げる。
それと同時に一華も前傾姿勢を解き、ニコリと笑ってみせた。
「八城くんを信じるわ」
「マ〜リ〜ア〜私を信じてはくれないのかしら〜」
「一華……今のあなたを信じる事が出来る人はこの東京中央には存在しない。あなたはそれだけの事をしてこの東京中央を追い出されたという事を忘れないで」
「ニャ〜お、ゴロゴロにゃ〜ん」
「貴方は!何処まで巫山戯れば!」
マリアの脳裏に、かつての仲間達の顔が思い浮かぶ。
いずれも、野火止一華によって未来を奪われた彼ら彼女らの顔だ。
「マリア!落ち着け!こいつのこの態度は今に始まった事じゃないだろ!」
「分かって……いるわよ……」
やりきれない思いは、言葉と表情を噛み合わせないが、現状に理解せざるを得ないのは八城とて同じ立場だ。
「ねぇ〜もう話は終わったの〜私疲れちゃったわ〜早く八城くんのお家に行きたいにゃん」
「馬鹿!お前!それは今言うなよ……」
人を殺す視線が二つ、八城に注がれる。
「八城くん?今のは、どういうことかしら?」
「隊長?意味が分かりません……」
八城が東京中央で過ごしている家は、現在八番隊の駐留場所でもある。そして今は、美月や桃も同じ孤児院で過ごしている。
「ちょっと待った。だからさ、こいつが中央にいる間は他の場所を探そうと思ってたんだって、な?お前らが居る孤児院に一華を連れていく訳にいかないだろ?」
「じゃあ隊長は、一華さんと同室でずっと過ごすつもりなんですか?」
「あら?いけないかしら〜私は今八城くんのペットだもの〜今の私は、八城の前で可愛く鳴くのが仕事なのよ〜」
「お前は頼むから一生涯黙っててくれ!それから!近いんだよ!引っ付くな!」
後ろから覆い被さってきた一華を引っ剝がすと同時に、何故か桜が刀を地面に落とした。
いや、落としたのではない。手放したのだ。
「隊長……斬り合わなければ、いいんですよね?」
「お前……何言って」
一瞬見えた桜の横顔は今まで見たどの顔よりも恐ろしかった。
「野火止一華さん、隊長は私達の隊長です。貴方に差し上げる訳にいきません」
全ての武器を次々に地面に落とし、桜は挑発的に一華の前に立つ。
一華も、桜に倣う様に全ての武器を地面に落とし桜の視線を真っ向から受け止めた。
「聞き捨てならないわね〜わたし〜貴方達より余っ程八城の事を知ってるわよ〜」
「隊長の隣に立つ事もままならない貴方に、隊長と並び立つ資格はありません」
「実力のない人間こそ〜八城と並び立つ資格がないんじゃないかしら〜」
「また、暴力ですか?それで何度追い出されれば気が済むんでしょうか?」
「あらあらあら〜随分な事を言うじゃない?でもそれは、今を生き残る為の確実な手段だわ〜」
「それは、貴方一人だけが生き残る手段です、全員を助けられません」
「全員なんて最初から助ける事なんてできないとおもわないかしら〜」
「諦めている人には最初から無理です」
女同士三人集まれば姦しいとはよく言ったものだが、二人だけだと女々しいどころか恐ろしい。
「お前ら……その辺にして、な?一旦落ち着けって……」
「隊長、野火止一華さんは、孤児院に連れて行きましょう」
「おい……いいのか?」
正直有り難い申し出ではある、それにマリアがおかしそうに笑っている所を見れば、彼女も賛成なのだろう。
「別に私は〜八城が居るなら、どこでもいいわ〜」
心底やる気が削がれたと、一華は落とした刀を拾い上げる。
「じゃあ決まりです。隊長帰りましょう、私達の家に」
そう言って桜は、夕焼け色の空に背を向け、全員を連れ孤児院に歩き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます