第134話 雲香る1
同日14時半
7番街区にて
「八城!待ってくれ!私は君を取り巻く状況をよく理解していないんだよ!」
八城の応急処置の後、十七番隊と別れた初芽と八城は7番街区に到着していた。
「理解する必要は無いし理解して欲しいとも思っていない。お前は俺の邪魔をしなければそれで良い、それが嫌なら付いて来るな」
八城は足早に7番街区内を歩いて行く。
向かったのは番街区を取り仕切る人間が居る場所だ。
人口のフェンスを二つ潜り、見えて来るのは簡素なプレハブ小屋が点々と並んでいる。
その中から聞こえて来るのは、男と女の喘ぎ声だ。
八城は迷う事無く音のしない一室を選び迷い無く扉を開ける。
中には八城と変わらない年齢、特徴的なのは目が死んでいる事ぐらいだろう。そして極め付けは、何が面白いのか不気味なニヤケ面を張り付かせた男、名前を「月下かおる」が、足を広げソファーに座り込んでいた。
「久しぶりだね八城。全然来ないから死んだかと思ったよ」
「久しぶりだな、かおる早々に死んでくれてるとありがたかったよ」
二人の声音に信頼や友情は介在しない。
ただお互いに思った事をそのまま口にしたと言った方が適切である。
「いつも思うけど、八城は元クラスメイトにあんまりな言い草だよね、少しぐらい仲良くしようとか思わない訳?」
「お前こそ、元クラスメイトって言われる俺の気持ちを考えて喋ってくれないか?そもそも、お前と仲良くしようなんて死んでも嫌だね」
八城がここまですき
「冷たいな〜あれ?あれれ?まさか、八城がこんな所に女の子を連れてくるなんてね〜なに?体験入店?する?」
「こいつに指一本でも触れたら、その指だけ残して全部斬り落としてやるからな」
何処までも巫山戯た男だと八城は思う。用が無ければこのニヤケ面を見たいと思う事などない。
「お〜怖いね〜じゃあ、ちょっかいを出すのはやめておくよ。それで?此処には何しに来た訳?嫌いな奴の顔見に来る程、八城も暇じゃないでしょうに」
そう八城が7番街区に立ち寄ったのには二つの訳がある。
一つは物資の補給
そしてもう一つこの番街で求めている物、それは情報だ。
この番街区はある特性から情報が集まり易い。特性と情報を生命線にこの番街区は存続している。
特殊な性質を持つ番街区に、八城が求める情報は一つだ。
「野火止一華が何処に居るか分かるか?」
「知らね。用はそれだけ?なら出口は後ろだよ」
「帰ってもいいが、お前の商いを東京中央を敵に回して成立すると思うなよ」
「なにそれ?もしかして八城、俺の事を脅してるの?元クラスメイトなのに?」
「事実だ、味方は多いにこした事は無いだろ?それから、元クラスメイトは、今は関係ない」
「権力の横暴は、後で反乱を起こすよ、俺は反対だね」
「権力は使って、初めて意味があるだろ、それから、お前の意見は聞いてない」
「使い方を間違えれば、それはただの暴力だ」
「お前は少し痛い方が好きだろ?」
「わぁお、俺の性癖まで理解してくれているなら、もう少しこの仕事に理解を示して俺の方に歩み寄ってくれてもいいんじゃないの?」
ゆったりとソファーに腰掛け悠々と足を組み替える。
「気持ち悪いこと言うなよ、殺したくなるだろ」
睨み合っている訳ではないにも関わらず、二人の交わる視線は冷たく平行を保ち続けている。
「二人とも一旦少し落ち着いたらどうなんだい?八城も、そんな言い方では誰も何も喋りたがらないだろう?」
実力行使に発展しかねない言葉の応酬に、初芽が割って入る。
「お!流石お姉さん良い事言うね〜そうだよ八城、お姉さんの言う事を真摯に受け止めて、ちゃんとお願いすれば、考えてあげない事も無いよ」
あからさまな挑発である事は、八城には分かってる。
学生時代から何一つ変わらない目の前の男に苛立ちが募るのはこの場所の異質さ故だ。
そしてこの異質な場所の長をしている月下かおる自身も異質である事は間違いない。
「お前に頭を下げるぐらいなら、死んだ方がマシだ」
「あっそう?じゃあ帰りなよ」
心底つまらないと月下かおるが薄く息を付いた。
「待て、この番街区では、この町ならではのやり方があるだろ?」
この町つまり7番街区は、平たく言うのであれば精神的身体的問題で職に就けない人間が最後に訪れ己の身体を他者へ売り、取引材料として情報を東京中央へ貢献する場所である。
この世界では、情報が何よりも武器になる。
インフラが崩壊したこの場所において、情報とは自身の足で手に入れる以外に方法がない。
自身を危険に晒した者だけが、この7番街区という場所で快楽を貪る事を許されるのだ。
更に言うのであれば、その7番街区全権管理者が、今八城の目の前で悠々と座っている「月下かおる」という人物である。
「月下かおる」はこの場所に集まったあらゆる情報を管理しているという事だ。
彼は情報を管理する人間であるからこそ、その重要性を誰よりも理解している。
7番街区において、情報は生命線そのもの、情報のやり取りが途絶えれば、この番街区はその有り様を瓦解してしまいかねない。
月下かおるはその意味を吟味し八城の考えの一端を読み取る
「此処のやり方そう言うという事は、八城やはり分かっているじゃないか。そうだよ!此処はそういう場所だ!勿論分かっているとは思うが僕は此処を取り仕切らせてもらっている全権管理者だ。価値が無いと判断した情報なら、取引は出来ない。それで?八城はこの番街区にどんな情報をくれるのかな?」
「俺はクイーンを倒そうと思ってる」
かおるに驚いた様子はあるが、その表情は直ぐさま白けてしまった。
「俺が聞きたいのは、情報と言った筈だけど?八城の言ったそれは、それは情報ではなく宣言だね」
「今の東京中央に変わられると、7番街区にも何かと困る事があるんじゃないか?」
「末端の仕事なんて、トップが変わっても変わらないのが良い所でもあり悪い所でもあるよね。つまりさ、別に誰が東京中央のトップでも機構さえ変わらないなら俺は何だって良いいんだよ」
「だがお前は困るだろ、7番街区が世話になってる横須賀が東京の実権を握れば困るのは、誰でもないお前の方だ」
「横須賀」その単語が出た瞬間、「月下かおる」の表情は笑顔のまま凍り付いた。
だからこそ、八城は厭味に笑ってみせる。
「おいおい、いつも通り笑ってみろ、そっちの方がお前らしいだろ」
「八城、君が何故……」
「知らないと思ってるのか?安心しろよ、この事は話の分かる人間にしか喋ってない。まだ、お前らの番街区は安心安全だ」
「まだ、ね……つまり首を絞められてるのはこっち側って事か……」
「お前の商いはずっと続けて貰って構わない。だがな、今の俺はそこまで余裕がない……いや、時間がないんだ。今もこうして無駄な時間を使う事が何よりムカついてる。もう俺が言いたいことは分かるよな?」
「ハハッ……今回ばかりは相手が悪かったかな。分かったよ、こっちからお願いしよう。八城、俺は此処の住人を守る義務がある。だから手段は選べなかった、それだけは理解してくれ」
月下かおるが発したその言葉は、東京中央を裏切っていた事肯定する物だ。
だが八城に特段驚いた様子は無い。それどころか納得している風ですらある。
「理解している、お前も俺も、気に食わないのは同族嫌悪に近いからな、それに関しては気にしてない」
「月下かおる」は深く溜め息を付き、八城と初芽を向かいのソファーに座らせたのだった。
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