第130話 深甚2


「初芽、お前の所は良い隊員を持ったな、正しい判断だ」

「何を考えてるんだい八城。此処で私達がぶつかっても良い事など何もないだろうに……」

「そう思うならそこをどけ」

「それは無理な相談だよ。他の相談なら受けつける。だからちゃんと話してくれ」

「これ以上の冗談は、笑えないな」

「この場で笑っていないのは八城だけさ」

「どこまでも巫山戯てるな……これで忠告は最後のさせてもらう……そこをどけ」

燻っている八城の感情は、握り込んだ柄と、押し殺した声で十二分に伝わっている筈だ。

それでもなお、初芽はその場を動く事はない。

それどころか、柔和な笑みを崩す事無く八城へ笑い掛けてくる。

「駄目だよ、八城、君を一人で行かせる訳には行かない、それから……」

初芽は後ろに居る自らの隊員へ視線を移す

「全員武器を下ろせ!私はそんな命令を君達に出した憶えはないよ」

十七番隊は一様に顔を見合わせる。そしてその様子を見て斑初芽は八城に笑いかけた。

「すまないね、私の隊員が無粋な真似をした事は正式に謝罪するよ」

「必要ない、それから、お前の隊員の判断は正しい。今のは、お前の方が間違ってる」

「それは間接的ではあるけれど、今の自分の行動を否定しているのと同じだよ」

「俺は正しい事をしているとは微塵も思ってないからな」

「だろうね、そうだろうと思っていたよ、だから私は知りたいんだ。君が何故正しさを見失ってまで今の行動を起こしているのか」

班初芽の静謐な瞳は諭す様に八城を見つめている。

だが、だからこそ八城も分からない。

何故初芽が此処まで執拗に八城への追求を続けるのか

「何でだ?これまでに俺とお前の間に、俺を止める程の密接な関係があったか?」

二人の関係は、隊長同士ではあるが、一つ言葉を返せば赤の他人である事は間違いない。

「寂しい事を言うじゃないか、私は君と友人以上の関係だと思っていたのだけれど」

「お前は、そういう事を誰にでも言ってるんだろ」

「誰にでもじゃないさ、君だから言っているのさ」

愛の告白に近いニュアンスだろう、高まっていた八城の温度は、今や平常に戻りつつある。

「お前……よくもそんな恥ずかしい事言ってくれたな」

「そうかい?八城は存外ウブなんだね、でも好きな人には好きだと伝えるのが私らしさなんだよ」

「迷惑な話だ」

「迷惑かい?そう思うなら、今の君の行動をもう一度よく考える事だ。君の君らしさも他の人間からしたら、迷惑だろう?」

それきっと、八城率いる八番隊の事を言っているのだろう。

「さあな、人の気持ちが分かる人間なら、もう少しマシな生き方をしてるだろうな」

「だろうね、それが君らしさだ。だから私は君が好きなんだろうさ」

赤らんだ頬に差し込んだ日差しは、これ以上無く彼女を美しく彩っている。

だが、八城はいつの間にか向けられている後ろからの銃口数に喉を一つ鳴らす。

「そんな事はどうでもいいから、とりあえず後ろのあいつらを止めてくれ今にも撃たれそうだ」

「どうでも良いなんて事はないだろう!本当に君は情緒がないね、私は君が望むなら恋人でも、何でもなっていいと考えているよ……まぁ、こんな身体で良いのならの話だけれどね」

儚げに笑うその笑顔に八城は掛ける言葉が見つからない……

ないと言った方が適切だろう。

遠征時、彼女のその機能を奪ったのは誰でもない八城自身だ。

だからこそ、無駄でも、強引でも、奪った八城が言葉を発さなければいけないのだろう。

「十分だ、お前みたいな美人なら引く手数多だろ」

「そうかい?嬉しいね、それなら八城がその引く手になってくれるのかい?」

「今その答えを出したら、どっちにしても、後ろに居るお前の隊員に撃たれかねないな」

そう言って八城は抜き掛かっていた刀から手を離し両手を上げてみせた。

「降参だ……お前の勝ちだよ、初芽」

それを聞いたら満足と初芽は花咲く笑顔を見せた。

八城もその笑顔につられ、怒気が抜け、張りつめていたその表情は、いつも通りの飄々とした八城に戻っていた。

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