第131話 深甚3

「それはなによりさ、私も言った甲斐があったよ……話は戻るが、八城が降参という事は、事の天末と君について教えてくれるのだろう?」

初芽の言葉に答えたいのは山々ではあるが、八城は後ろに居る十七番隊を視線だけで振り返る。

「ん?ああ、そういうことかい」

「まぁな、今回の件はかなりの大事になる。お前も……それにお前の隊も、関われば損害が出る事は間違いない」

八城としては、初芽含め十七番隊には今回の件を話す事がなければ、巻き込む事もない。

だからこそ突き放す様な言い方をしたつもりだった。

「うん、君の言いたい事は分かったよ、十七番隊は今から中央へ帰還してくれ、私は八城と共にデートをしてくるとしよう」

可愛らしくウィンクを見せる初芽に、八城は頭を抱え込む。

初芽は自分の隊員達に状況を説明し、その最中に八城への非難の視線が十七番隊隊員達から代わる代わるに飛んで来る。

「すまないが、君達は副隊長の指示の元、東京中央へ帰還してくれ、私は少し八城との野暮用ができてしまった」

だが、それで納得出来ていないのは十七番隊全体の総意なのか、副隊長と呼ばれた隊員が初芽の前に歩みでた。

「納得できません!今回の遠征で隊長も疲弊しているのは誰の目から見ても明らかです!それなのに得体のしれない八番のお守りをしなければいけないなんて!そもそも、八番が自身の隊を凍結されている状態でこの場に出ている事もおかしいじゃないですか!」

十七番隊の副隊長の言っている事は概ね正しい。

それは十七番隊隊長である初芽も十分に理解してるが、それでも初芽には引けない訳がある。

「そうだろうね、此処で八城と共に行く事は間違っているのかもしれない。だけれどね、私は後悔だけはしたくないんだ。例えこの結果如何で、私が十七番隊の隊長を降ろされることになったとしても」

「何故そうなるんですか!八番をこの場で無理矢理にでも連れて帰ればいいじゃないですか!そうすれば、誰も隊長に文句を言う人はいませんよ!」

隊員は初芽の指示を待っている。

十七番隊として命令を下す事を待っているのだ。

そしてその指示さえ下ってしまえば、十七番隊は機械的に八城を捕らえるだろう。

「分かっている。そして君達の言う事も理解できる」

初芽が仮にこの場で八城の捕縛命令を出したなら、八城は成す術がない。

逃げてしまうか?

逃げ切れるか可能性は五分五分だが、此処から中央へ差し戻されてしまえば、八城の目指す「天王寺催花の有用性の証明」という二週間という期限付きの目的から大きく後退してしまう。

何より今動けなければ、八城が想定しうる被害がより大きな物となるかもしれない。

八城の心情を見透かした様に、初芽は八城へ向けられている無数の視線を遮ってみせた。

「それでも、私と八城が行く此処から先に君達は行かせられない。そもそもだ、君達には命を掛ける、理由と覚悟がないだろう?」

その一言は隊全体を黙らせるのに足る一言だといえる。

「行けば死ぬかもしれない、君達はこのまま規定ルートを辿って行けば、東京中央は目と鼻の先だ、戻る事は容易に出来るだろう」

「なら!私達も同行させて下さい!隊長となら私達はどんな戦場でも戦います!」

それは境目だ。

誰の目にも映る事のない絶対的な境界線。

生と死の境界線が戦いの中には確かに存在する。

八城と同じ場所に立つ事がどういう事なのか

斑初芽はこの身体になってからようやく理解した。

絶対的な個人戦力の違いは、八城と初芽、そして十七番隊を大きく分け隔てる。

「君達は君達の力で此処まで生き残れた訳ではない、個人が全体を守る為に動いてようやく、全体を生き残らせる事ができているんだよ」

だから初芽は、無駄な被害を出さない為にも、隊員に分かる様に、その境界線を明確に分けてみせなければならない。

「君達がこれから行く先で、私は君達十七番隊を守り切る確約が出来ない。そして、私や八城も自分を守りきれるという保証がないんだ。つまり此処から先は、自分の身を自分で守る事の出来る人間しか連れてはいけないということさ」

八城と初芽は境界線の外側に居る。

だが十七番隊の隊員は誰一人、その外に出る事が出来る人員は居ないと初芽は感じている。

「だから君達を連れては行けない。これは隊長としてではない、一個人として君達を連れて行く事が出来ないと言っているのさ」

十七番隊の面々が今の現所で実力不足を感じているのは間違いない。

斑初芽は雪光の荒療治を受け今現在何とか人の域に留まっている状態である。

二つの感染源、つまり二体のクイーンの遺伝子情報を身体に埋め込まれている状態にある。

二つの素体情報が拮抗している状態の斑初芽は、今も通常の人から外れた存在に近づいている。

その過程において斑初芽は代償として、他の持ち得ない戦闘力を得た。

「特に自分の身を守れない君達を連れて行くのは気が引ける」

初芽の言に、十七番隊の副隊長は何かを言おうとしては言葉にならず、しかし、感情の色は瞳の中に蟠り、八城を非難している。

「分かりました……ただ一つ約束して下さい。絶対に生きて帰って来ると、そして八番!私達の隊長を必ず生きて返して下さい!これは絶対です!」

その言葉に微かに笑ってみせる初芽に八城は睨みを利かせる。

「確約は出来ない。だが、俺の出来る最善を尽く事は約束する」

一つため息を付く八城の瞳には初芽への非難の色が伺える。

当然だろう、一人であれば、こんな約束などしなくてもよかったのだから。

「そうだ、俺からも一ついいか?お前達十七番隊は中央に帰るんだろ?なら、八番隊と孤児院の奴らには何も言うな、そして何か聞かれたとしても何も喋るな。それが、俺が初芽を守る交換条件だ」

八城が冷たく言い放ったその言葉に、返事はないがそれでも理解している筈だ。

「私を守ってくれるのかい八城?」

「お前は守って欲しいのか?」

「そういう風に聞くのは卑怯だね。まあいいさ、八城、先に行く前に確認だ」

初芽は仕切り直す様に八城の前に回り込む。

「君は本当に大丈夫なのかい?」

初芽が最も聞きたかった事は、もっと別種だ。もっと分かり易く、今目の前に有る事。

だが、八城には何を意味しているのか分からなかった。

「ん?何の話だ?」

「やはり君は少しおかしくなっているようだね」

首を傾げる八城に初芽はおもむろに八城の左手を握って来る。

初芽の体温と共に伝わるのはヌルリとした感触は八城の視線をその不快感の根源へ向かわせた。

「君の異常の証拠だよ、コレは」

滴っているのは、八城自身の血液である。

何故?

何処から?

そう気付くと共に八城の肩に鋭い痛みが走る。

「何処で受けたのかは知らないけれど……この傷に気付かないのは異常だよ八城」

桜に受けた刀傷は生半可な傷ではない。無論の事絶対安静期間はまだ当分先である。にも拘らず、激しい戦闘を繰り広げれば傷口が開くのは当たり前だ。

「一先ずは、服を脱いで手当をしよう」

初芽は痛ましげな視線を八城へ向けると、まだ出立していない十七番隊を呼び寄せる。

柔らかな日差しが照らし出した時間の中に僅かに差した、昼前の穏やかな午前の終わりの時間だった。

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