第121話 大火の祭日2

その晩の事、八城は奇妙な声で目が覚めた。

そして八城が宿舎の外に出ると、その理由は即座に分かった。

廊下に滴る血痕はまだ真新しく、廊下の暗がりまで点々と続いている。

「やめて一華!まだ子供じゃない!こんな事おかしいわよ!」

「おかしいも何も、人を殺そうとしておいて、そんな理屈が通るわけがないでしょう?どうでもいいから、そこを退きなさいな〜」

廊下向こうから響くのは、一華とマリアの口論だ。

八城が急いで向かう廊下の途中には二人の子供が一刀の元、打ち捨てられている。

「一華!」

マリアが自分の後ろに隠した子供には手を出させないと刀を抜くが、一華はどこ吹く風と気にした様子は無い

「どきなさいな、意味の無い事は好きじゃないのよね〜わたし!」

「この子を殺す事に意味があるとは思えないわ!」

「アハッ!意味ならあるわよ?その餓鬼を殺せば、私が殺される確立が下がるわ〜コレって大切なことじゃないかしら?」

「もうしない!この子はもう戦えないわ!」

「口では何とでも言えるもの、ちゃんと息の根を止めてからじゃないと!私、これじゃあ夜も眠れないわ〜」

白々しさを感じさせる一華の口調は、マリアの後ろに隠された小さな震えを際立たせる。

「マリア〜それを降ろしなさいな、私がまだ優しい内に」

「退かないわよ!貴方は間違っている!」

八城は声を頼りに言い合いをしている二人の間に割って入る。

「待てよ、二人ともどうした?こんな夜遅くに」

知っていたとしても、八城は平静を装いながら一華だけを見据えている。

「クリスマスでもないのに廊下が飾り付けされてたけど、お前の仕業だな一華」

後ろからマリアの鋭い視線を受けるが、今はこっちに目を向けなければ即座に怪しく光る赤い刀身が八城に飛んできかねない。

「あら〜ちょっと騒ぎすぎたわね〜起きちゃったのかしら?ごめんなさいね〜まだ最後の飾り付けが終わってないのよ〜」

「そりゃ残念だな、ただちょっと飾り付けにしては色が統一されすぎてるんじゃないか?何処も彼処も真っ赤じゃ、子供も大人も、誰も喜ばないだろ」

何が起きたのかは大体見当がつく。

子供が怯えながらも決して手放さない片手に握っている果物ナイフ、そんな小さな刀身が一華に届く訳が無い。

「それもそうね!八城は何時だって良い事を言うんだから〜ならそこのクソ餓鬼は血を抜いて青色にしようかしら〜」

「おいおい、人の話聞いてたか?他の二人も向こうの廊下で真っ青になってたんだよ、この場所にはもう青も赤も要らない」

「ふ〜んそう、でも私は赤が好きだから〜やっぱりもう少し欲しいわね、それに子供に夢を運ぶサンタクロースの衣装は、もう少し赤くないといけないじゃない?」

一華は殊更に返り血の付いた隊服を広げて見せた。

その返り血は、廊下でこと切れて居た二人の物である事は間違いない。

「お前自分がどれだけ恐ろしい事言っているか分かってるのか?お前の血は本当に赤いのか分かったもんじゃないな、自前で流せば、その赤も少しはカラフルになるんじゃないのか?」

「も〜酷いわね〜私の血もちゃんと赤いわよ〜本当に八城は失礼よね〜」

野火止一華をもう取り戻せないと分かっている。

だからこの軽口は八城の唯一出来る手向けの言葉だ。

「一華、もう良いだろ?これ以上は何をやっても意味が無い」

「八城〜そこの女と一緒の事言わないでくれないかしら〜貴方の口から聞く方が余っ程虫酸が走るわ〜八城は分かっている筈でしょう?相手が誰であろうと、それが何であろうと、向かって来るなら斬るしか無いのよ?何千回でも何万回でもね」

「それが、仲間でもか?」

一華の目線が捉えている影は二つ。

一人はマリアの後ろに踞る少女。

そしてもう一人は誰でもない、八城の後ろで刀を握るマリアだ。

「そうね、マリアも限界でしょう?目の前で人が死ぬ事が嫌なら、この世界で生きて行く事に向いていないわ。それに私の邪魔になるのなら、早々にご退場願いたいわね〜」

同じ三年間を生きて来て、意見が揃わない事は何度も有った。

でも、人の生死に関しての意見相違は殆どなかった。

だからこれは、野火止一華と東雲八城の初めての決裂である。

「八城君…これは私の問題です。放っておいて…」

昼の事を思いだしてか、マリアは八城を押しのけようとするが、八城は背中をかぶせマリアを前に出す事は無い。

「八城君?」

「俺は別にそこの餓鬼をどうこうする気は毛頭ない。そもそも一華の命を狙った時点で、俺はそこの餓鬼に対しては何の同情も湧かないからな。ただ仲間に手を出すなら、その限りじゃない」

「あらやだ〜八城?それって私に、警告しているのかしら?」

「確認だ、馬鹿一華。ここまでやったんだ。お前はもう中央には居られない。自分で分かってるだろ」

子供二人を斬っている。正当防衛にしてはやり過ぎた。

「いつもの事なのに、今度は追放かしら?」

「毎度やり過ぎたからだ。お前は鬼神薬にのまれたんだよ、見てみろ、お前が歩いた道には、死体しかない。これ以上は柏木も俺も庇いきれない」

「可笑しいじゃない?笑っちゃうわね、私と八城が作ったこの場所を?私が追い出されるなんてね〜」

心底可笑しく笑う一華の奇声は隊員の殆どを叩き起こす。

そして知る事になる。

多くの光に照らし出されたのは……

その残虐性を含んだ野火止一華という人間で間違いなかったのだから。

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