第120話 大火の祭日1

あの頃には一番隊、特に野火止一華に対する住人の不安が広がっていた。

そして遠征隊の中でも少しずつ一華はその存在を疎まれ始めていた。

花筏が見事なまでに美しかったのを覚えている。

「八城?行くわよ。アンタと私、揃って出れば負ける訳が無いわ」

「中央の為だ。行ってやるよ」

「奴ら」が蔓延る世界になって三年

中央が出来て一年

ようやく東京周辺でバラバラに暮らしていた住民達の理解を得て、番街区が形作られた頃にそれは起こった。

やっと量産体制が確立された量産型の刀と、その替え刃を持ち、雪光を八城が月と花を一華が携帯しその日も移動を開始したクイーンから、住人の移動させる為に番街区へと向かって行った。

その場所で避難誘導を担当した八番隊と前線を抑える事を担当した一番隊。

だがいつもの戦いの様に「奴ら」との乱戦になる事は無かった。

それは八番隊が担当していた住人の番街区内からの避難を終えた八城が、その避難を終えた番街区内で見た光景。

三階建ての建物の上部には一人の黒髪を束ねた女が、幾人かの男女を屋上の縁に立たせている。

建物周辺に集まる「奴ら」はその屋上部に居る人間が食いたいと、建物周辺に群がり、「奴ら」は届かない手を伸ばしている。

「やめて一華!こんなことしたら!あなた本当にこの場所に居られなくなる!」

三階建ての屋上に居る一華が行っていた行為は、犯罪人の処刑とでも言うべき行為だ。

「あら?八城?早いわね〜使えない住人の避難は終わったのかしら?」

「こっちの仕事は終わったが…一華お前、また…」

八城がこの光景を見るのは、一度や二度ではない

他を生かす為に他を殺す事を、一華は厭わない事を八城は知っている

それが犯罪者という肩書きを背負い、尚かつその犯罪者が弱いのであれば、人であろうと一華にとってその価値は無に等しい

「またって?ああ…これの事?良いじゃない別に。犯罪者を守ろうと思う人間なんて此処には居ないのだから、誰が殺しても、誰が使っても、文句は言わせないわよ。だってそうじゃない?私と八城が作った中央で、何でこいつらを生かさなきゃいけないのかしら?」

靴音が鳴る度に、一華の笑い声が、誰かの悲鳴で掻き消される度

一華は「奴ら」の群れの中に犯罪人を蹴り落としていく。

鈍い音と共に、落とされた人間は悲鳴を上げ、その悲鳴がより多くの「奴ら」をおびき寄せる。

此方に向かって来る個体も居るが、殆どの個体は最も目立つ建物近くに集結している。

「八城君あれを止めって!一華を止めて頂戴!」

マリアは目の前で起きている事の重大さに気付いている。

そして八城も、一華のこの行動が最後になるであろう事は想像していた。

一華がまた一人を斬り、群れの中に落としては悲鳴が聞こえなくなるのを聞き届け、また一人斬り、そして落とす。

反抗しようとすれば一切の容赦なく首を落とす。

「お願いよ…一華を止めて…八城君」

屋上に残る人間は一華を含め、残り五名

涙を流し、懇願する者を一華は鬱陶しげに斬りつけた。

死んでは居ないが、その一撃は致命傷であるのは間違いない

「その辺にしたらどうだ?もう終わってる。次の機会に取っておけばいいんじゃないか?」

罪の大きさは、きっと人それぞれだった筈だ。

許されない物もあれば、きっと償う機会を与えられる筈の者も居た。

それでも、八城も一華も三年の間に、人の恐ろしさを知り過ぎた。

八城の目にはコレが合理的な行為に映っている。

また同じ事をする可能性があるのなら、この場所で息の根を止めてしまった方が賢明なのではないか?

後ろから刺される可能性があるのなら、此処で可能性の芽を摘む事は正しい事ではないか?

八城は、もう一度屋上に居る人間に目を向ける。

今ならまだ助ける事が出来る。

現在居る場所は併設する四階建ての屋上。

そこから八城は一華を見下ろしている。

此処からでは向こうの建物に飛び降りる事は出来ないが、回り込めば同じ高さのビルからあの屋上へ向かう事が出来る。

だがそれは雪光を持つ八城にしか出来ない芸当だ。

そう考えている間に、また一人一華の奇声と共に地上に落ちて行く。

「八城君!お願い!」

一番隊マリアを含めた三名は前線で戦い続けていため、疲労も限界が近い。

行くのであれば八城が適任である事は分かっている。

だが八城が放った言葉はマリアの理想と程遠い物だった。

「駄目だ……助けには行けない」

見るものが見れば、嘘だと分かる決断は当然マリアから見ても分かり切っていた。

「何で!八城君!人は!こんな風に生きていく為にいるんじゃない!今ならまだ間に合う!お願いよ!」

「駄目だ…あの場所から生き残る事は、一華を除いて、あの上に居る人間には不可能だ」

それは一華が行った逃亡阻止の為の楔

屋上に居る人間はその全てが、足の腱を切られ一華に引っ張られる様にして屋上の淵から落とされている。

「八城君…お願い…私はこんな光景を見る為にこの場所に居る訳じゃないの…」

一華と八城が力を合わせれば、腱が切られていたとしても、助ける事は不可能ではない。

だが腱を斬ったという事実を、中央を含め他の人間が知る所となれば、またしても一華の不信感が東京中央内で蔓延してしまう。

であるなら、両天秤に掛けられているのは中央での一華の価値と、あの場所に居る残り四名の命だ。

八城にとってコレは比べるまでも無い。

「一番隊、撤退の準備だ。中央に戻る」

無慈悲な一言はマリアの表情をより蒼白な物にした。

「私が行く……」

マリアの行く手に八城が割り込んだ。

「駄目だ、撤退だ」

温度の伴わない声音に逆らう様にマリアはその顔を強く横に振った。

「行くのよ!人が目の前で死んでいくのを黙って見ているが、私達の仕事じゃない!」

「もう直きにその助ける人間も居なくなる。無意味な事はやめろ!」

「無意味?八城君……私達が、人を助ける事が無意味な事なの?」

「助けられない人間を助けようとする事は無意味だ」

八城は残り二人になった屋上の人間を見て、早くこの時が終わる事を待ち続ける。

「それを貸して八城君、私が行く…人を助ける事は無意味じゃない!それがどんな人間で、誰であろうとも変わらない!」

マリアは八城から雪光を奪い取ろうと腕を伸ばす。

「やめろマリア、これ以上は!」

「なら私が行くわ!私が行って助けるから!」

マリアにはこれ以上何を言っても聞かないだろう。

そもそもマリアは元聖職者だ。

こんな光景を許す事は彼女の理念には無いのかもしれない。

「分かった…マリア、お前には負けたよ…」

八城は取り付くマリアを引き剥がし、優しくその肩を押さえ付けた。

「八城君あなた…」

安心したマリアの様子を確認した後に、

八城はレッグホルスターから拳銃を抜く。

腕に自信はないが、仕方がない。

無慈悲な銃声は四つ、それ以上は拳銃をマリアに取り上げられてしまった。

だが狙いは当たった。

二発は外れたが、他二発は狙った頭、そして鳩尾に着弾し、座っていたその影はそれきり動かなくなった。

その光景を見てマリアは八城の顔に拳を見舞う。

「何で!八城!答えなさい!何で撃ったんですか!」

答えさせる気は毛頭無いだろう。

マリアはその間も責める言葉と共に八城を殴り続けている。

「八城〜横取りは狡いんじゃないかしら〜欲しいならちゃんと一声掛けてよね〜」

そうして一華も、残る最後の一人を屋上から突き落とした。

「マリア〜八城を殴るのはやめてくれるかしら〜今の状況、後から来た八城の方がよく分かっているんだから。それに八城も殴られっぱなしっていうのはどういう事なのかしら?もしかして、マリアが女だから殴れないなんて言うんじゃないでしょうね?」

殴られているのは八城にも関わらず、泣いているのはマリアの方だ。

八城は馬乗りになっているマリアを押しのけ、下に居る一華へ視線を戻す。

「今マリアと良い所だったんだよ、邪魔するな」

「殴られて喜ぶなんて、随分ニッチな趣味ね、今度私ともやらないかしら?」

「お前とやったら俺が死ぬからな、やめておくよ。それより、そっちに助けは要らないだろ?」

「た〜す〜け〜て〜って言ったら助けてくれるのかしら?」

「騒ぐなよ、奴らが増える。それに俺達がお前を助けるわけないだろ、さっさと帰るぞ、一華」

「八城は何時まで経っても、つれないわね〜まぁ別に〜助けなんて要らないわね〜この位の数だったら!」

それが合図だったかの様に、一華は奴らの軍勢の前に躍り出た。

なら八城も、此処に残る一番隊のメンバーを連れて帰還するとしよう。

「他メンバーは、平然と人を撃った八城を、恐る恐る見つめながらも、装備を整え撤退の準備を進めるが、マリアはその場に座り込んでいる。

「おい、マリア立て、帰るぞ」

八城はマリアの腕を掴み無理矢理に立たせようとする。だがマリアはその腕を不快だと振り払った。

「私は…あなたを許さない…」

「どうぞ好きにすればいい」

マリアが撤退を了承するのであればそれでいい。

それだけをしてくれるのであれば、八城からマリアに対して言う事は無い。

八城は全員の準備が終了したのを確認し、インカムの電源を入れる。

八城は思う。

この場所に紬を連れて来なくて本当に良かった。

「遅い、八城君。隊員を置いて何をしていた」

変わらない紬の声は、唯一八城の心を安心させる。

「悪いな、これからそっちに合流する。今八番隊は何処に居る」

こんな光景を見せれば紬はきっとこっち側に染まってしまう。

だからこそ、この場所に連れて来なくて本当に良かった。

「全員番街区西側最終バリケードに集結している。早く来て」

「了解した、こちらもすぐ向かう」

インカムの電源を切ると途端に現実に引き戻された。

この行為に嫌気が差したのはずっと昔だ。

そんな風に心の中で言い訳をする八城を一華が見透かした様にクスリ笑う。

八城が一華から視線を切ると同時に一陣の風が脇を抜け桜の木が嘲笑う様にザワリと揺れた。

舞う桜は八城を残し、その薄紅の花びらを幾重にもはためかせていた。

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