第99話 鬼影6
その様子を窓の外から見ていた紬と桜は驚きのあまり声が出なかった。
「女子同士で抱き合ってる?不可解……理解不能」
「何か見ちゃいけない物を見た気分です……」
二人は設備点検のため、各所を点々としながら、マップ場にある点検箇所を順番に回っていた。
「動作確認終了。次に行く」
その言葉を聞いた桜は肩車した紬を降ろして一息着いた。
「あの〜私思ったんですけど、この番街区遠征中とはいえ、あまりにも常駐隊の数少なすぎませんか?」
紬と桜は仮設十番隊としてこの111番街区へとやってきて、常駐隊の仕事も兼任する。
しかし桜と紬が出会った常駐隊員は三名程度だった。
「何でも他の番街区へ派遣されているらしい。今居るのは常駐隊の中でも善が信用している人間だけ」
「道理で仕事が多い筈ですよ〜」
「此れも仕事、面倒だけど、仕方ない」
桜はガックリと肩を落としながら次の場所へ向かう紬の背中を見つめる。
「そういえば紬さん、もし高校に行ったら部活とか入るんですか?」
「部活?入るとすれば陸上部のマネージャーがいい」
それは最早部活と呼べるのだろうか?
桜の部活のイメージと言えば、汗を流したり、仲間達と何かを作り上げたりするものばかりだ。それがマネージャー?しかも陸上部?
「あの、何でそんなにピンポイントなポジションに?」
「八城君が陸上部だった」
「ああ、成る程です……っていうか!何でいきなり八城さんのサポートに回ろうと考えてるんですか!」
「何か問題がある?」
「いや!問題があるかと聞かれたら問題ありませんけど!そいうのは良くないですよ!八城さんが居なかったらどうするんですか!もし八城さんが居なかったら紬さんはどんな部活に入るんですか?」
「そんな未来はない」
「ちょっとは考えてみて下さいよ!例えばですよ?例えば、八城さんが他の女子と仲良くなって……嘘です!すみません!そんな未来は無いので!抓らないで下さい!いだだだぁ」
振り返った紬に太ももを抓られその場に踞る桜に紬は冷ややかな視線を浴びせ掛けた。
「次言ったら容赦しない」
「痛かったぁ、本気だったよぅ。痛かったよぅ……」
桜は赤く腫れ上がった太ももを擦りながらも、紬に言い募った。
「でもですよ?もし八城さんが紬さんに自分のやりたい事をやって欲しいって言ったらどうするんですか?」
「ムッ確かに、それは困る」
「でしょう?今のうちに何かやりたいことを見つけた方が良いですって!何かないんですか?紬さんがやってみたかった事とか」
「やってみたかった事……」
紬は中学時代を思いだす。
友人も居て順風満帆だった学生時代。
退屈と平穏と友人達の日頃の噂話が耳に心地よかったのを覚えている。
紬は幼少の頃から剣術を習っていた。中学時代の紬は、それが嫌ではなかった。
だから没頭するでもなく淡々と、今改めて考えてみれば惰性で続けていたのかもしれない。
だがそれがやりたい事だったのかと聞かれたら、きっと違うのだろう。
紬はもう一度自身に問いかける。
自分は何がやりたかったのかと。
輝いていたのは何か?
思い返すのは中学入学と共に出来た友人の言葉。
その話を紬も興味を持って聞き返した。
友人が楽しそうに話していたあの事だ。
「がっ……しょう……?」
紬は記憶の中の言葉を思い返すべく口を動かした。
「がっしょう?ああ!合唱ですか?」
「昔私の中学の友人が話していた。その友人が合唱部だった」
今大声で歌えば奴らをおびき出してしまう。それは只の迷惑でしかない。
紬が声を張り上げるのは戦闘の時ぐらいだ。
「良いじゃないですか!合唱部!そうだ!時雨さんはアイドルでしたからきっと歌の心得もありますよ!今度一緒に聞いてみましょうよ!」
「自信がない……私は下手かもしれない。やったことがないから」
「いいじゃないですか!誰でも最初は初めてなんですから!!」
「平和になったら、それもいいかもしれない」
「約束ですよ!」
「分かった、その時は、桜も一緒に行く」
無表情の中にも感情を滲ませながら次の確認箇所へ向かって行く。
紬の足音はいつもより少しだけ跳ねる様に軽やかだった。
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