第97話 鬼影4

八城は見るからに体調の悪そうな……というか、腹を抑えて調子が悪そうに呻く篝火雛を見つめていた。

「美月そいつどうしたんだ?」

「えーっと、その……どうしたんでしょうか……」

全体の集合地点に現れた美月は後ろに雛を背負って現れたのだ。

「雛あんた何でおんぶされてんのよ」

桃も気になってか、雛の様子を確かめている。

「お腹痛い……でずぅ……」

「生水でも飲んだのか?」

尋ねる八城に雛はフルフルと首だけを動かし否定する。

「美月、替わる。桃と美月はそっちの物資を持ってくれ」

美月達は殆ど見つける事が出来なかったが、八城と桃は規定通りに必要な物をかき集めていたため、一人で持つにはいささか重い。

二人は物資を二つに分け、袋を固定し背中に回し後ろから背負う。

八城も、雛を背負い、111番街区へ向かって行く。

「あんまりぃ……揺らさないでぐだざぃ……出ちゃうぅ……」

「マジでやめろよ……てか、お前本当に何したんだよ!」

何故かボロボロになっている雛は八城の背中にしっかりと掴まり

しっとりと汗ばんだその背中に顔を埋めたのだった。




三郷善は夢を見ていた。

左目と左腕の感覚を失ったときの夢。

まだリンと呼ばれる少女が生きていた頃の夢。

まだ僕が八番隊だった頃の夢。

叶う筈が無く、敵う筈が無かった夢。

本当にこの世界ではよくある出来事の一つ。

珍しかったのは僕が生き残った事の方だろう。

リンまでの距離は目と鼻の先だった。

腕も指の先まで伸ばし切った僕は、それ以上の距離に近づく事が出来なかった。

だから、こんなにも近くて、果てしなく遠いこの距離を、僕は一生恨む事になる。

僕が初めて恋をして、結ばれて、散って行った恋の顛末。

彼女は最愛で、僕の全てだった。

欠落した穴を埋める手段も、今の僕には無かった。

失った片腕と失った左目は、喪失した物としては、随分と皮肉が利いているじゃないか。

もう伸ばせる腕は半分しか無い。

見える視界も半分しか無い。

だからその事実を知った時僕はどう思った?

野火止一華

名前でしか知らないその人物を見たとき僕は歓喜した。

その人物がもたらした情報に僕は歓喜した。

そして僕はもう一度、片腕を手に入れた。

正真正銘の力だ。

此れなら今度こそ助けられる。

失った物は戻らない。

だから今度こそ手を伸ばそう、次は決して違えない。

そして三郷善は目を覚ます。

「八城、僕は君を絶対に諦めない」

それはよく晴れた朝の出来事だ。


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